妄語

「本当にいいんですか?」
「ええ。そもそもの話を聞いたのはコナン君ですし、犯人と話したり爆弾の処理をしたのは僕ですから」
「それはそうですけど……安室さんもお仕事で来てるんですよね?私だけ先に行かせてもらうのは申し訳なくて……」

景色が田園風景から都会に変わってきた頃、安室は違う車両から私だけ先に降りるよう提案してくれた。確かに今日はこの後打ち合わせがあったからその申し出は大変ありがたい。ありがたいけれど、死ぬかもしれない目に遭わせておきながら事後処理まで押し付けるのは非常に気が引ける。

「大丈夫ですよ。でももし警察から話を聞きたいと言われたら連絡先を伝えても?」
「ええ勿論……ならこっちの番号を伝えてください。仕事用のはあまり見ないので」

スマートフォンから安室の携帯にワンコール掛けて、切った。相変わらずあまり電池はないが、警察から電話があるにしてもそんなすぐにはかかってこないだろう。

「わかりました。ではお気をつけて」
「安室さんも。本当に色々ありがとうございました」

爆弾を所持していたあの女性は警察で何を話すのだろう。結局、女性が自白していた時は乗務員を呼びに行ったり避難を手伝っていたために何があったのかはほぼ聞けなかった。安室によると会社からの指示で取引をしたそうで、それが真実ならば組織につながる情報は少なそうだ。一つでもいい、組織への手掛かりが見つかるといいのだけど。
安室に頭を下げ、京都到着のアナウンスと同時に前方車両へ移ってホームへ降り、タクシー乗り場へと足を進めた。

「ではそのような流れで。先生は東京から移動されててお疲れでしょうから続きは明日にしましょう」
「ありがとうございます」

以前に出した本をもとにミニドラマを製作したいという提案があり、遥々京都までやってきた。そう、組織のことや爆弾騒ぎですっかり目的を見失っていたけれど、私がここにいる本来の理由はこの打ち合わせにある。
企画書を受け取り、脚本家が出してきた叩き台を読み込んだ。大筋に相違は特になく、とんとん拍子に打ち合わせは進んでいった。ここから先はテレビ会社の領分であって、私が関わる余地は少ない。明日もう少し細かいところを詰めれば終わりだそうだ。

「京都いらしたことあるんですか?」
「初めてです。綺麗な街ですよね」
「明日多分午前中で終わりですけど観光されます?一人じゃ回りきれんでしょう、よければ案内しますよ。先生相手なら接待みたいなもんですし」

隣を歩くこの男性はなんというか、距離が近い。はんなりした言葉遣いのわりに勢いよく踏み入ってくる。これが関西人というものなのだろうか。

「ありがとうございます。でももう行きたいところは決めてるんですよ、頼まれごともあるので。京都限定だから明日まずはそれを確保しに行こうって思ってます」
「お土産ですか?」
「ええ。えーと……梅はらさんってお店の京のとり、だそうです」

手帳に挟んである梓からもらった紙には『新発売のチョコレート味!』と可愛い文字が追記されている。調べたところ京都市内にいくつか店舗があるそうだから、午後に買いに行ってもどこかには残っていることだろう。

「あー、梅はらさん。関東の人らに人気ありますよねえ」
「へえ、そうなんですか」
「それに明日は確か先代が亡くなった日ちゃうかったかなあ……命日に新製品出すんやて雑誌に書いてた気します」
「詳しいですね」
「京土産とかご飯のお勧めないかとかよく聞かれるんですわ」
「現地の人に聞いた方が本当に良いところ教えてくれそうですもんね」
「そらもう。ガイドブックに載ったら行列必至ですから、そういうのに載ってへん穴場ですよ。よかったらこの後お勧めのご飯屋さんとかどうです?」

私とて感情の機微を一切読み取れないわけではない。多分に彼は私と接点を持ちたいのだろう、仕事ではなくプライベートの面で。こんな業界なら出会いも多いだろうに不思議なこともあるものだ。

「いえ、いいです。ありがとうございます」
「……ほな一応書いときますわ、お口に合うかわかりませんけど」

メモが二枚に増えた。無くさないようにと梓からもらったメモと一緒に手帳へ挟んだ。
タクシーでホテルまで戻ってくるとすっかり街並みは夜景に変わっていて、昼間の京都らしさは薄れているように感じる。

「お腹空いたな……」

あの焼肉弁当は京都駅で割り箸をもらって打ち合わせ前に食べてしまった。物が違うとはいえ、安室のサンドイッチの美味しさを改めて感じることになってしまったけれど。
先ほどもらったお店の情報をスマートフォンに入れてみる。そこまで距離があるわけでもないらしい。ベッドに寝転んでいるだけでは腹が膨れることはないのだ、外に出なければ。

「衣理お姉さんだ!」
ロビーを通りかかると少年の声がした。新幹線の中で聞いた張り詰めた様子はなく、外見通りの声が。




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