妄語

和葉達に連れてきてもらったお店は雑誌で特集を組まれるような煌びやかな内装ではなかったものの、料理の一つ一つが丁寧に作られていてどれを食べても美味しかった。何度か京都に来ているのだと言う蘭も店を褒めていたので私が京都を初めて味わったから、というわけではない。

「ごちそうさまでした」
「本当に美味しかった!和葉ちゃん、服部君、ありがとうね」
「蘭ちゃんお礼はまだ早いで。この近くにめっちゃ美味しいスイーツのお店があんねん。平次は行かんらしいけど……」

和葉が横目で平次を睨んでいる。私達に話を振る前から元々行く気がなかったらしい平次がグラスのお茶を一気に飲み干して机に置いた。

「毎回毎回あれもこれもと頼むくせに残しよって……俺が腹いっぱいなるのも当たり前やろが。ボウズとその辺歩いとるから姉ちゃんらと行ってこいや」
「あ、お散歩するなら私も。流石にデザートまで食べられなさそうで……ごめんね和葉ちゃん。ご飯美味しくって食べすぎちゃった」

食べようと思えば食べられるのだが、この機を逃すとコナンや平次と話すことが難しくなる。和葉や蘭と楽しくデザートを味わうのもいいが、今はこちらが優先だ。
経緯はよくわからないがホテルでの態度からいって平次は私の事情を知っている。安室や哀が話すとは思えない。それならばきっと出所はコナンで、コナンが話したということは、コナンの事情も彼は知っているはず。

「あの、衣理さん」
「和葉ちゃん。お店いかなくていいの?」

唯一の社会人である私がお会計を済ませていると隣に和葉がやってきた。他の三人は既にお店を出ているというのにどうしたのだろうか。

「その……へ、平次のこととらんといてな?」
「……えっ?」

和葉はパッと顔を上げて私を見つめた。その表情は真に迫るものがあって、頬が照れからか赤く染まっていたのはお店の照明のせいだけではないだろう。

「あ、いや、別にアタシが気にしてるとかちゃうねん!衣理さんみたいに綺麗な大人の女の人が平次をどうこうとかそんなんおもてへんけど、でもなんや平次は衣理さんのこと気にしてる風やったし──」

彼女の言わんとすることを理解すると同時に胸の奥が暖かくなった。高校生の恋愛というものはこんなにも可愛らしいものなのか。二人の仲の良さは先程までの食事でのやり取りで十分承知している。私が彼を、そして彼が私を気にしているのは和葉が思うようなことではないのに。きっと些細なことで不安になるのだろう。

「大丈夫。和葉ちゃんの彼氏さんは私が何書いてるか知りたいだけだよ」
「かっ彼氏とちゃう!」
「あれ、そうなんだ」

顔を赤らめて眉を釣り上げるその必死さを可愛らしいと和葉に伝えたら怒られそうだからやめたけれど、こみ上げてくる笑みを抑えるのは無理だった。二人ともお互いのことが好きなことくらい私でもわかるのに、伝えていないとは。

「何がちゃうねん」
「へ、平次……」
「会計してもろた人に何言うてんのや」
「別に!平次には関係あらへん」
「ほー?ほなさっさとスイーツでもなんでも食うてこんかい」
「言われんでも行くわ!蘭ちゃん行こ!」
「う、うん……コナン君、服部君と衣理さんの言うことちゃんと聞いてね?」
「うん!いってらっしゃーい」

二人の背が見えなくなるまでコナンと私は手を振り続けていたけど、平次はといえば小さくため息を吐いていた。和葉といい平次といい、感情の起伏があまり緩やかではないらしい。

「……で?なんだよ服部」
「何っちゅうわけやないねんけどな。この姉ちゃんの話聞いとったから一回話してみたかっただけや」
「やっぱり私のこと聞いてるんだ?コナン君が?」
「悪いな衣理さん。服部には色々話してるからその流れで……」
「いいよ謝らなくて。それより新幹線の爆弾の件なんだけど──」
「ば、爆弾?何のことや工藤、聞いてへんぞ」

早速会話に矛盾が出てしまって平次の表情が変わる。何とも面白い子だ。

「来た時の新幹線で奴らと──」

コナンが数時間前を振り返った。偶然にも組織の人間と居合わせたこと、盗聴器を使って取引相手に爆弾を渡したことを聞いてその相手の特定をしようと試みたこと、そして同時に殺人事件が起きたことも。

「……お前出歩く度に事件会うてへんか?」
「はは……お前に言われたかねえよ」
「ま、特にニュースにもなってへんっちゅーことは爆発せえへんかったんやな」
「そういや詳しい話聞いてなかったな。衣理さんがやったのか?」
「ううん。安室さんが。巻き込んじゃったから今度ちゃんと謝らないと……」
「安室さんが……?」

命の危険に晒してしまったこと、安易に巻き込んでしまったこと。安室には多大な借りができてしまった。東京に戻ったら手土産を持って頭を下げにいかなければいけない。

「その取引相手からなんか聞けたんか?」
「それも全然。安室さんが問い詰めた時は会社からの指示で、って言ってたみたいだから……」
「あとは尋問でなんかわかるかどうかってとこやな。京都府警に引き渡したんやろ?なんか聞けたら連絡するわ」
「なんか聞けたらって?」
「服部の親父さんは大阪府警のお偉いさんなんだよ。こいつ自身も大阪府警には顔が広いしな」

「和葉んとこも大阪府警や」という平次の言葉に世間の狭さを感じる。東京にいた頃も随分警察が身近な存在だったがまさか関西に来てもそう変わりがないとは。
しかしそのお陰でもし何かあれば組織に繋がる情報をもらえるのだろう。有り難い限りだ。私なんかが何をできるかまだわからないけれど、哀やコナンのために少しでも力になれたら。

「でも工藤は直接見てへんねやろ?なんでそいつらが組織の人間やってわかったんや」
「季節関係なくあいつらは上下真っ黒だからな。灰原程じゃないにしてもあいつらくらいならわかるさ。あんな大男達なら尚更だよ」
「なるほどなあ。まあ気いつけや、工藤も姉ちゃんも見られただけじゃばれへんやろけど」
「ああ」
「……」

上下真っ黒。つまり身につけている衣服が全て黒いということだ。外見は子供のコナンからすれば大人はみんな大きく見えるだろうに大男という表現も、名古屋駅で降りていったという情報も、私が新幹線のデッキで見た人物と符合する。
あれは組織の人間だったのだ。それに気づいた瞬間背筋が凍ったように冷たくなった。

「姉ちゃん?聞いとるか?」

私が反応しなかったからだろう、平次が私の顔の前でパン、と手を叩いた。

「……」
「衣理さん?」
「……あっ、ごめんなんでもない。そろそろ二人迎えにいこっか?」

そしてフラッシュバックする。私自身の最後の日、最後の時間、最後に見た顔も、私の体目掛けて撃たれた銃の発砲音さえも。




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