妄語

私を殺したのは長髪の大柄な男性。銃を構えたその男が何かを言っているが聞こえない。聞こえたのは数発の銃声と、「手間かけさせやがって」という氷のような冷たい言葉。不思議なものだ、要人警護で銃を扱っていた時は思い出せなかったことが、平次の手の音をきっかけにフラッシュバックするなんて。

「先生寝不足ですか?」
「ええまあ……すみません」
「いやいや。京都は昼も夜も楽しめますからね」

高校生三人と小学生一人と過ごした京都初めての夜は割と早く切り上げたのだが、いかんせん寝付けなかった。いいホテルを手配してもらったおかげでベッドや部屋に不満があるわけではない、単に昔のことを考えていたせいだ。

「そしたら次はキャスティング詰めていきましょか。先生はイメージありますか?こういう俳優がええみたいな」
「あまり詳しくないので……原作と乖離してなければ」

しかし、何故私は殺されたのだろう。危ない組織だということも就職時はおろか、勤めていた時もほとんど知らなかった。機密事項を扱った覚えもない。それなのに今の私はあの組織がテロ組織の一派だと認識している。ということは、死ぬ前に何か情報を掴んだのだ。あんな男に殺されるほどの何かを。

「次は顔合わせということで」

その一言で打ち合わせは終わった。結局組織のことを考えてばかりであまり身が入っていなかったが、そもそも本来の原作者でもない私があれやこれやと口を出すべきではない。
打ち合わせも無事に終わったので携帯電話を確認した。仕事用、プライベート用共に連絡はなかった。京都府警は私の事情聴取は不要と考えたのだろう。

「お土産に一ついかがですかー」

観光客が出歩いているこの時間帯は稼ぎどきらしくどのお店も活気が溢れていた。後で出版社用にも何か買っておこう。この出張は出版社のお金で来れているわけだし。
梓からはどれが一番欲しいと直接言われたわけではないが、複数ある店舗の内、下線が引いてあったのは梅はらという店だけ。きっとこれが一番欲しいのだと思う。昨日新商品が出るとも聞いたし、新商品が発売する旨までメモに書いてある。

「……?」

あたりをつけてお店にやってきたものの、お店は他と比べてやけに静かだった。新商品発売日ならより呼び込みをしていそうなものなのに誰も外に出ていないし、土産屋によくあるのぼりすらない。不思議に思いながら店の敷居を跨ぐと見知った顔がいた。

「よくお会いしますね」
「衣理さん。お仕事中ですか?取材とか?」
「仕事はさっき終わったのでお土産買いに来たんですけど……何かあったんですか?」

安室の格好を見るに恐らく彼も仕事中ではないのだろう。五分丈の白いニットにデニム。探偵が京都まで来てなんの仕事をしているのかは知らないが、仕事中の格好ではないはずだ。
その安室は店で土産を物色するでもなく、店員達が話しているのをただ見ているだけだった。

「いえ……買いに来たのは新商品のチョコレート味だったり?」
「ええまあ」
「実は僕もそれで来たんですよ。どうやら発売日が一日ずれていたようで、本当は明日だそうです」
「えっそうなんですか?勘違いしちゃったな」

梓からのメモに目を落とすと、確かに『新発売のチョコレート味!』と書かれているだけで今日が発売日だなんて情報はどこにもない。仕事相手から先代の命日が今日で、その命日に新商品を出すと聞いていただけだ。京都のことには詳しいとあの人は言っていたけれどそうでもなかったということなのか。

「他に何か買われますか?」
「うーん……梓さんはチョコレート味が欲しかったみたいだし……」
「やはり梓さんにでしたか。僕も同じです」
「安室さんも?梓さん用意周到だなあ……あ、でもそれなら私が明日買って帰りますね」

梓がそんなにこのお菓子を欲しているとは思わなかった。私だけでなく安室にまで頼んでいるとは。明日の新幹線までにここへ寄る時間は作れそうだし、普段のお礼も兼ねて二箱買っていってあげよう。

「ご来店ありがとうございました」
「……?」

買い物をしないのなら出た方がいいのだろうと思い退店すると、男性が小走りで店頭まで来て頭を下げた。一つも商品を買わず店にとって何の得ももたらさなかった客を見送るために急いで店頭に出てきて頭を下げるのには違和感を覚えるし、表情は見えないけれど彼は涙声だった。私が店に着いた時の異様な雰囲気といい、これといい、何かあったのだろうか。

「どうかしましたか?」
「……いえ」

隣を歩く安室がにこりと笑った。長い付き合いではないがなんとなく感じるものがある。店で何かが起きていて、安室がそれをうまく取り計らったのかもしれないと。安室透という男がいよいよ私の中で完全無欠になっていく。私の勝手な想像に過ぎないけれど店員のおかしな雰囲気もさらりと受け流しているあたり、そう間違いでもないと思う。

「あの」
「?」

安室は事件の後も何一つ変わらない態度で私に接してくれる。それに乗ってしまうことは簡単だ。いつもと同じように話し、お茶を濁しながら笑っていればつつがなく時間が経っていくのだろう。
でもそれでは彼の優しさにつけ込んでいることになる。大人として、一人の人間として、頭を下げて向き合わねばならない。よしんば私を許すつもりがなくともだ。

「安室さんってこの後お時間ありますか?」
「ありますが……?」
「お昼ご飯行きませんか?」

お互い仕事で来ているのだし、東京で時間をとってもらおうと思ったが早いに越したことはないはずだ。せっかく築けた友好的な関係が終わるかもしれない。そう思うと不思議そうに首を傾げる安室とは対照的に、私は息苦しさを覚えていた。




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