妄語

店内のざわつきがなくなる前に警察はやってきた。日本の警察は優秀だな、とこの状況には似つかわしくないのに考えてしまう。
救急車が本来の目的ではなく、遺体の搬送となってしまったのは悲しいけれど。あの女の人も店員への態度が悪かったとはいえ、あんなに若くして死ななければいけないなんてことないはずなのに。

「目暮警部!」
「コナン君。また君かね……毛利君は?」

私の隣にいるコナンが刑事らしい恰幅のいい男性に声をかけるとこれみよがしに男性はため息を吐いた。事件の解決によく協力してると蘭も言っていたし、刑事と顔馴染みなのだろう。そんな小学生には見えなかったけれど、人は見かけによらないな。

「今日は僕一人だよ。あと衣理お姉さん」
「ああ瀧さん。先日はご協力頂きありがとうございました」
「いえ……」

警察に何か協力するようなことをしていたのか。当然ながら全く身に覚えがないが、受け流すことで目暮警部とやらの視線は私から逸れていった。現場検証をするのだろう。
第一発見者である畜生男やコナンは呼ばれるだろうが、私は何か言われるまでじっとしておいた方がよさそうだ。

「……」

結局注文した夜ご飯が出される前にこんなことになってしまったせいで、あの昼過ぎのサンドイッチから何も固形物を取っていない。
ぐう、と鳴り出したお腹を抑えるために残り少ない水をあおり、違うことを考えようと手帳を取り出した時、警察官にトイレへ来るよう指示を受けた。

「あなた、この子の保護者?」

私を呼び出したのは警察官ではなく、先程の綺麗な女性だった。見せてくれた笑顔は消え去り、腕を組んで眉根を寄せている。胸元にはキラリと光る弁護士を示すバッジ。そして隣には少し萎縮した様子のコナンが。

「え?いえ知り合い……まあそうですね。お家に返すまでは」
「どういう関係かは分からないけど、しっかり見張っていてくれる?この子、警察の捜査に入りたがって危ないのよ」
「す、すみません」
「ごめんなさあい……」

死体を一番初めに見たからきっと警察に協力できることもあるのだろうと思い、コナンの行動に口は出さなかったけれど、聞かれること以上に動き回っていたらしい。
軽く息を吐いた綺麗な女性はよろしくね、と言い残すとトイレの壁に背を預けた。

「でも僕、気付いちゃった!」
「え?」

コナンが大変賢いということは蘭から聞いていた。けれど次々に証拠を提示し、うまく大人達を結論に導いていく彼はとても小学生だなんて思えなかった。この世界は一体どうなっているんだ。

「おじさん、お店に来た時は薬指に包帯巻いてたよね?もしかして──トイレの中で、結び直したのかなあ?」

物的証拠も状況証拠も全て彼を犯人だと断定し、ここにいる警察官もそうであると既に信じている。
追い込まれた犯人が取る行動は三つある。あくまでも自分は犯人でないと否定し続けるか、大人しく罪を認めるか、さもなくば、この場からの逃走だ。

「くっ……くそっ!どけ!女ぁ!」
「!」
「衣理お姉さん!危ない!」

大柄な男がこちらに向かって来る。私の左隣にあるドアに目掛けて。それならば悠長に待っていることもない、迎え撃ってやる。
三歩前に踏み出して、ドアノブを握ろうとする男の手首をねじり上げる。男の手首は太くて、平均的な女性の手では掴むのが大変だったけれど、それ以外特に問題はなかった。ふらつく膝裏に踵を打ち込むとあっという間に崩れゆく巨大。筋肉ばかりあってもバランスさえ崩してしまえばこちらのものだ。
これで終わり。確保完了。しかし、制圧すべく腰に手をやったが空を掴むばかりで何もない。

「……!」

銃もナイフもましてや警棒も手錠もない。様々な機関に所属していた経験が裏目に出た。一瞬の隙をついて起き上がろうとする男の背中を踏みつけようとした時、私ではない誰かの靴がその背に乗った。

「ぐっ……」
「お見事です」
「あ……安室さん」
「か、確保!」

呆気にとられる私をよそに、警察は瞬く間に彼を捕まえ、手錠をかけ、法の裁きを受けさせるべく連れ出していった。

「瀧さん。先ほどはありがとうございました」
「いえ、すみません、あんな真似を……」
「正当防衛ですから。しかしですな、瀧さんが格闘術に長けていたとは。そんな線の細い身体で驚きましたよ」
「あ、あはは……」

小説家だった彼女は、確かに文系の頭脳労働者らしい肉体だった。腕も足も人並み以下程度の筋肉しかない。さっき男を捻り上げたのだって向こうが走ってきたからその力を借りただけで、私自身のものではないのだから。

「本当ですよね。衣理さん、まるで訓練を受けた警察か軍人のようでしたよ」
「えっ」

微笑んでいたかと思えば安室から真っ直ぐな視線が飛んでくる。瀧衣理のことをよく知っていて、さっきの私の動きが腑に落ちなかったとか、そういうものなのか。にしては、後ずさりしたくなるほど強い視線であるのだけど。

「そう思いませんか、目暮警部」
「うーむ、こんな大人しい女性にそこまでは思わんがね。しかし安室君、君は一体いつ現場に?」
「ちょうど通りがかったんですよ。以前お会いした刑事さんが入れてくださって。高木さんと言いましたっけ」
「まーた高木君か……君も関係のない事件には首を突っ込まないように。いいね?」
「はい、なるべくそうします」
「それじゃあ、私はこれで」

さっきコナンは本当の保護者の蘭と合流していたし、先ほどの行為が正当防衛と認められれば私が何かする必要もないだろう。平和な世界の一日目にしてはあまりにも疲れてしまった。




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