妄語

別々に用事があって京都まで来ているというのに、彼と食事をとっているというのも不思議なものだ。町屋を改装したという風情のある店内でそれぞれ定食を頼み、話を切り出す前にお茶で喉を潤した。

「表情が暗いですね。何か僕に話でも?」
「話というか、バタバタしててちゃんとお礼も謝罪もしてなかったなと思って……」

新幹線の中で起きた爆弾騒ぎに組織が関わっていると知っていながら一般人の安室の力を借り、死の危険と隣り合わせの爆弾解体作業まで押し付けてしまった。
助けを求めるべきではなかった。確かにあの時組織の人間は新幹線から降りていたけれど、他に関与している人間がいなかったかどうかの確認を怠った。もし誰かが安室が爆弾を解体するところを見ていて、今後彼が狙われる羽目にでもなっていたら。彼の人生が脅かされるようになりでもしていたら、私は責任を取れるのか。
だが、安室の力なしでは大惨事になっていたことだろう。あの場でどうすることが正解だったのか、今でもわからない。

「本当にごめんなさい。あんなことに巻き込んでしまって」
「衣理さんが謝ることでは──」
「犯人探しまでならともかく、最後まで押し付けてしまったのは私ですから。安室さんの安全よりも解体が大事だったとか、そういうわけではないんですけど……」

どちらも確保できるのなら言うまでもなくその選択肢をとっただろう。私が爆弾を解体できたなら喜んでそうした。けれどそんな選択肢などは存在しなくて、そもそも新幹線全十五車両の中に安室と同じことができる人間がいたかすらわからない。
安室の指示を受けながら私が解体することも考えた。しかし残り数分では困難だと判断し、安室に託した。もしもの時はせめて私が盾になれないかと。

「衣理さんにはできなかったことが偶々僕にはできた」
「……?」
「それだけのことじゃないですか?気に病むことなんてありませんよ。幸いなことに結果として問題ありませんでしたしね」

背が高いから棚の上に置いてあるものが取れた、それだけのことだ。安室の言い方はまさにそんな日常的な話をしているかのようで面食らってしまった。

「それに衣理さんが近くにいてくださって心強かったですよ。次からは避難して頂きたいですが」

余程安室が自身の生死に無頓着でない限り私を気遣ってくれているのだ。爆弾騒ぎでも助けてもらったのに、心の負担まで軽くしようとしてくれるなんて。それが情けないやら嬉しいやらで、目も胸の奥もじんわりと熱くなる。

「さ、いただきましょうか」
「……はい」

切り替えよう。いつまでも情けない顔を見せ続けていては安室にも失礼だ。
気持ちを入れ替るためにも深く呼吸した。運ばれてきたお膳から感じるのは炊き立てのお米の香り、焼き魚の脂の跳ねる音、お味噌汁の湯気と共に伝わる芳しさ。そのどれもが食欲を刺激する。

「いい香り……」

安室とほぼ同時に「いただきます」と呟いてお味噌汁を口にした。じんわりと広がる味噌の味、ほのかに香るのは昆布だろうか、いわゆる上品な味わいがする。ご飯もお米ならではの甘い味がして、焼き魚がなくとも例えば海苔で巻いておにぎりだけでお金を取れると思う。しかし焼き魚のふんわりとした身と一緒に食べると一気に主役がお米から焼き魚に交代する上に、お互いが主張しすぎない味わいに変化しているかのようだ。

「……食べないんですか?」

目の前の安室からやけに視線を感じた。ご飯を食べながら自分の目線の先にいる私を見るのはおかしなことではないだろうが、彼の食事の手はお椀を持ったまま止まっているのだ。

「前も思いましたが美味しそうに食べますよね、衣理さん」
「す、すみません食い意地はってて」

普通に食べていたつもりだったが、指摘された途端に恥ずかしくなってしまう。そんなに顔に出ていただろうか。長年一人暮らしをしている割に自炊はしないし、外に出ないとまともな食事はあまりとらないせいかもしれない。

「ああいや、そういう意味ではないんです。いいと思いますよ、その方が作っている方も嬉しいでしょうから」
「ありがとう……ございます?」

褒められているのか馬鹿にされているのかはわからない。とりあえず安室は楽しそうに笑っているので何よりだと深く考えるのはやめた。彼に多大な借りがある以上、別に不快でもないし、こんな些細なことで何を言える立場でもない。

「ありがとうございます、ご馳走になってしまって」
「誘ったのは私ですから。それにお詫びというかお礼というか、今度何か菓子折でも持っていきます」
「そんなに気にされるなら……そうですね、いつか困っている人がいたら衣理さんにできることをしてあげてください」

安室は往来を真っ直ぐ見ながら柔らかな表情でそう言った。命を救われたのだ。私だけじゃない、新幹線に乗車していた何百人もの命を救ったというのに、安室は落とし物でも拾ったかのような物言い。あまりの器の大きさに言葉を失った。
いつもポアロで見せている人の良さそうな笑顔でもなく、かっこいいと周りに騒がれているような凛とした雰囲気でもない。隣を歩く彼から目を離すことができなかったのは、きっと初めて見る横顔だったからに違いない。他に理由などないはずだ。

「……は、はい」
「なんでしょう?」

目が合った。食事中もその前も散々したその行為が急に気恥ずかしく感じて安室から視線を外し、道に並ぶ店々を眺めた。

「安室さんが……その、すごく大人だなあと」
「はは、ありがとうございます。褒めて頂きましたが情けは人の為ならずとも言いますし、案外僕は計算高いかもしれませんよ?」
「本当に計算高い人はそんなこと言わないと思いますけどね。少なくとも──安室さんは違う気がします」

いつか周りの人が、安室透が助けを求めてきたら私も同じように行動しよう。安室が私の手を借りたい事態になるかどうかはまた別の話として。




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