妄語

「梓さんこんばんは、三人大丈夫ですか?」
「どうぞどうぞ、お客さんいないし好きな席座って」

京都から戻ってきた翌日。出発する前に冷蔵庫の中身を綺麗にしたおかげで作れそうな夕食はなく、父は二日酔いで潰れているし、園子にお土産を渡したいしということで階下のポアロへやってきた。閉店まであと一時間で明日からは平日だからだろう、店内は梓一人しかいなかった。

「これ京都のお土産。試食したら美味しかったんだ」
「へえー、あ、このメーカー」
「知ってるの?」
「結構美味しいお菓子出すって有名なのよ。ありがと蘭」

普段は同じ制服を着て、似たような曲を聴いてカラオケで一緒に盛り上がるような一高校生だというのに社名を見てピンとくるあたり、やはり園子は御令嬢なのだと実感する。

「京都どうだったの?おじ様が幸せそうに潰れてるってことは事件とか起きなかったってことよね?」
「うーん、それがね?」

一年前まではそうでもなかったのだが、ここ最近はどこかへ出掛けるたびに何かしら事件に遭遇している。毎回殺人事件が起きているわけではなく、人探しや犯罪性のない事件ももちろんあるのだが。
車内で見つかった遺体は殺人の被害者だとわかり、その前に現場にいたと見られる父が疑われたこと、コナンの機転で冤罪だと判明したことを告げると園子はジュースのストローから口を離してため息を吐いた。

「はあ……蘭も大変ね、毎回毎回」
「でもコナン君のおかげでお父さんは無関係だってわかってもらえたから」
「あんたもたまには役に立つわね」
「あはは……ありがと園子姉ちゃん」

園子がコナンに話を振ると突然のことに驚いたらしいコナンが照れくさそうに笑った。小学一年生だというのに──だからこそ大人とは違う視点で物事を見ることができるのかもしれないが──時にハッとするような指摘をくれる。今回はそのおかげで父が助かったのだ。あれから京都府警から連絡はないし、事件が解決したのかはわからないけれど。

「そうそう、その新幹線ね、衣理さんと一緒だったの」
「え?衣理さんも結婚式に出てたの?」
「ううんお仕事だって。たまたま同じ時間の新幹線で、しかも行先は京都で」
「何それ、世間狭すぎじゃない?」

園子の一言に思わず笑ってしまう。まさにその通りだ。近所に住んでいる人と同じ行先、同じ新幹線に乗り合わせる偶然などそうそう起こりはしない。

「おじ様も蘭もそうだけど、衣理さんもよく事件に遭うわよねえ……小説のネタとかになるのかしら」
「あ、でも衣理さんは結構遠い席だったから。京都で会った時も何も言ってなかったし、あんまり詳しくは知らないんじゃないかな?」
「ふうん。ま、警察でも探偵でもないんだし、知らない方が幸せよね」

お待たせしました、と梓が料理を持ってきてくれた。作り立てのようで湯気が見える。京都では日本人で生まれたことが誇らしくなるような和食の味を楽しんだけれど、ポアロのこの味もまた、慣れ親しんだ故郷の味に近いものがある。

「衣理さんって言えばさ、なんか雰囲気変わったと思わない?」
「園子も?それ私も思ってた」

ゴホン、と隣のコナンが咳き込んだ。むせてしまったようで胸の辺りを軽く叩いて水を飲んでいる。「大丈夫?」顔を覗き込んだけれど大きく頷いてくれたので安心した。

「衣理お姉さんが変わったって……どんな感じに?」
「少し前はなんていうか……普通に話しててもなんか距離を感じてたっていうか、あんまり自分から話すタイプでもなかったし」

園子が顎に手を当てて考えだした。米花町に越してきたのは一年ほど前、確かコナンとそう変わらない時期にやってきたような覚えがある。あの頃はコナンの親に連絡を取ろうとしたり、父が急に知名度を上げたりと忙しかったせいで詳細は覚えていないのだけど。
締め切りがあるからとよくこのポアロで仕事をしていたのは記憶に残っている。大きな事件が起きた後はよく父に話を聞きに来ていたことも。

「それにいつも顔色良くなかったのに大男相手に立ち回りでしょ?体調も良くなったみたいじゃない?」
「衣理さんのことですか?そういえば薬飲んでるの最近見ないなあ」

梓が水のおかわりを注ぎながらそう呟いた。大男云々の話もポアロに強盗が入ってきた時のことも、私や園子は直接見たわけではない。コナンや周りの人からそんなことがあったのだと聞いているだけだ。

「梓お姉さん薬って何?」
「前はね、いっつも飲んでたの。でも最近は全然……ってあんまりこういう話よくないね」
「でも元気になってるならいいことですよね。衣理さんも色々あったんだし」
「色々って──」
「大人には色々あんのよ。ガキンチョは知らなくていいの」

思えばこの一年、周りで事件に巻き込まれなかった人の方が少ないのだが、彼女は平均よりも多くの事件に遭遇していた気がする。父が探偵を生業にしている私ほどではないのかもしれないが、彼女も所謂巻き込まれ体質という奴なのだろう。せっかく同じ新幹線だったのに席が遠かったのは残念ではあったけれど、後々のことを思えば彼女が巻き込まれずに済んで何よりだ。

「ま、細かいことは知らないけど、衣理さん彼氏でもできたのかしらね」
「か、かれし?」
「何で梓さんが驚くのよ?女が変わる理由は男って相場は決まってるじゃない。彼氏じゃなくても好きな人ができたとか……」
「えっ、そ、そうなの?」
「いや、園子の勝手な想像ですよ?でも本当、なんで梓さんがそんなに気にしてるんですか?」

梓の目があちらこちらへと泳いでいる。確かに彼女達は仲が良いように見えていたが恋愛事情について何か聞いていたから驚いているのか、それとも何も知らなかったから驚いているのか。

「えっ……安室さんも同じ日に京都に行くって言うから二人には内緒で会うように仕向けたんだよね、だから衣理さんに彼氏とかいたなら迷惑なことしちゃったなって……あはは……」

水差しで申し訳程度に顔を隠した梓が消え入りそうな声で乾いた笑みを零した。

「あははって、なんでまた?」
「ははーん?さては梓さん、この前ネットで安室さんのファンにあれこれ書かれたから身代わり立てようとしてるとか?」
「身代わりなんてそんな!ただほら、他の女の人と一緒のところも見たら、安室さんは別に誰かとだけ仲良くしてるわけじゃないってわかって荒れないかなって……」

そういえば少し前、安室に言い寄っているだなんだと梓の悪口がインターネットに書き込まれていると噂になっていた。無論そんなものは事実無根であり、本当に梓の人となりを知れば余程のことがない限り皆に分け隔てなく笑いかけてくれる優しい女性だとわかるのに。

「ポアロで働くのも大変そうねえ」
「いつもお疲れ様です」
「衣理さんには内緒にしてもらえる……?」
「もちろん。この後きっとポアロの美味しいケーキが出てくるんでしょ?」
「もう、園子!」
「うう……いいの蘭ちゃん悪いのは私だから……」

悪いと言っても私達に気を使う必要などなく、その相手は衣理になるべきなのだが。満足そうに笑う園子の前では苦笑するしかなかった。




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