妄語

「爆弾……しかも組織が?なんで早く言わないのよ」
「コ、コナン君がもう伝えてるかと思って……」

京都土産をそんな手放しで喜んでくれるとは当然思っていなかったが、話の途中で触れた新幹線内での爆弾騒ぎのせいで、というよりも情報共有をしていなかったせいだとは思うが、何にせよ哀の機嫌は至極悪かった。

「工藤君ねえ……はあ」

哀のため息の理由はわからない。これが初めてのことではないということだろうか。まだ哀とコナンの関係性も十分に理解しているわけではないし、二人に今まで起きたことをすべて知っているわけでもない。なんだか少し居心地が悪くなってアイスティーを飲んだ。

「工藤君は盗聴してて顔を見られてないはずだし、あなたも席が遠かったんなら問題──」
「……」
「まさか見られたの?」

あの大男は組織の人間であったのだとコナンと平次の会話から理解している。それが間違いでないのならあのデッキで私は顔を見られているのだ、たった一瞬、たった数秒すれ違っただけとはいえ。私があの男の顔を覚えているように、あの男が私のそれを覚えていたとしてもなんらおかしくはない。

「ドアの前ですれ違っただけだし、そもそも私は哀ちゃん達と違って全く別人の顔だし、見られても問題はないんじゃない?」
「……本当にそうかしら」
「え?」
「どういう理屈かは知らないけど、無作為に人から人へ意識が移るわけないことはわかるわよね。もしそんなことが起きていたら完全にファンタジーの世界よ。あなたと今まで成り代わった人達と瀧衣理には接点があるはず」
「でも……全員日本人ってわけでもなかったし、みんな知らない人だったよ?」
「だとしたら尚のこと、何らかの形で組織に関わりがあったと考えるべきじゃない?」
「……」

考えたことがなかった。死んだら他の人の体に私の意識──スピリチュアルな表現をするなら魂とでも言えばいいのだろうか──が移動するのはあくまでもランダムなのだと思っていた。何しろ性別が同じで年齢こそ近いとは言え、国籍も人種も違ったのだから。

「組織の人間だったのか、工藤君のようにただの一般人が薬を飲まされたのかはわからないけど」

だが科学者の哀に言わせれば関連性はあって然るべきだと。つまり私自身だけでなく、この身体の持ち主だった瀧衣理は組織と繋がっていたかもしれないということだ。
自分の掌を見つめたって急に記憶が蘇るわけでもないし、どうすることもできない。ただ、あれだけ気を付けろと忠告してくれていた哀の顔を直視することはできなかった。私が彼女の安全を損ねでもしたら。

「……とはいえ、研究に関わってない人間じゃないと顔では判断できないでしょうね」
「……?」
「あなたになる前の瀧衣理に会った時もにおいはしなかったもの。組織の人間ではなかったはずよ」
「ほ、本当?」
「それに研究が成功したとは聞いてなかったし、組織の人間もこうなってるってこと気付いてないんじゃないかしら。私達の幼児化だって知られてないんだもの」
「そっか……確かにそうかも」
「どう?少しは危機意識が芽生えた?」

哀が頬杖をつきながら口元を片方だけ吊り上げた笑顔を私に向けていた。尤も笑顔というほど穏やかなものではなく、少しばかり呆れたようなものであったけれど。
哀はわかっていたのだ。この身体の持ち主だった彼女が組織の人間ではなかったことを。新幹線での出来事をすぐに話さなかったからそのお返しとして脅かした、ということなのだろう。

「はい……気をつけます」

組織の人間と米花町で遭遇するとは思わないが、もし少しでもそうかもしれないと思った時は二人に、せめて哀だけにでも伝えなければ。
私がいるせいで哀に危険を及ぼすことだけはしたくない。学生時代から社会人までどれだけ彼女に助けられ、救われたことか。死ぬ間際のことを思い出せないだけで本来の記憶はちゃんとある。今度こそ彼女の力にならなくては。

「……本当に、わかってる?」
「え?」

哀の表情がいやに神妙なもので、突然の変化に戸惑った声しか上げられなかった。どこか悲しそうなそんな声だったから。何でそんな瞳で私を見るのか、何でそんな声で私に話しかけるのかわからなかったから。

「哀君、新一の事情聴取終わったそうじゃぞ」
「あらそう。長くかかったわね」
「事情聴取?新幹線の件で?」
「いやいや。あれは京都府警が捜査してるそうじゃ。実は新一が誘拐されてのう……」
「ゆ、誘拐?!」

京都から戻ってまだ一週間も経っていないというのにまた事件に巻き込まれているのか。巻き込まれるどころか、誘拐だなんて当事者そのものだ。博士も哀も随分落ち着いた様子で話しているし事情聴取というからには誘拐事件は解決しているのだろうが、それにしても二人は明らかに普通すぎる。

「そうよ。工藤君のせいで今日のキャンプは延期。迷惑な話よね」
「えっ……いや、キャンプって、え?」

今日は日曜日で天気も良かった。さぞキャンプ日和だったことだろう。とはいえ、どれだけ哀がキャンプを心待ちにしていたにしても誘拐事件とキャンプを天秤にかけるとは思い難いのだが、哀は腕を組んで苛立ちを隠そうともしていなかった。

「コナン君誘拐されたんでしょ?」
「されたわよ。されたけど、自分の意思で着いて行ったのよ」
「自分から誘拐された……ってこと?」
「本人は誘拐されてるつもりもなかったんじゃない?犯人探しについて行ったとか言ってたわね。まったく毎回毎回人騒がせなんだから」
「ああ、それで……」

その件があったから、私がコナンの名前を出した時に呆れたようにため息を吐いていたのか。京都に着くまでの一件を話しもせずに次の事件へと首を突っ込んでいたから。哀の口ぶりから察するに、これが初めてのことではないのだろう。いくら私でもここまで言われればそれくらいはわかる。
コナンという名は仮初のもので、本当は工藤新一という高校生探偵だそうだ。身体こそ今は小学生であるものの、中身は何一つ変わっていない。行く先々で事件が起こる中それらに関わっていくコナンと、それを見守る哀を思うと、曖昧に笑って同調する他なかった。

「今事情聴取ってことは無事だったんだ」
「ええ。ポアロの店員達が助けてたわ」
「ポアロの……」

まさか梓なわけはない。新幹線といい誘拐事件といい、相も変わらぬご活躍というわけだ。きっと彼は今回のことも、またいつか人助けをした時も決して驕ることなく『自分にできることをしただけ』とでも言うのだろう。




top