初恋は密やかに

−−雄英高校。まだ登校している生徒が少なく、いつもの賑わいがない時間帯。廊下の先に見えた黒く少し丸まった背中に、私は一呼吸置いて声をかけた。


「…あ、相澤先生!」
「…ん?あぁみょうじか、おはよう。今日も早いな」
「おはようございます!あの、今日も相澤先生に質問があって…いま、お時間大丈夫ですか?」
「あぁ、構わない。どこだ?」
「えっと…ここ、なんですけど」
「あぁ、それは…」


私が差し出したノートを覗き込み、質問に答える彼。距離が近くなって心臓が高鳴る。
もさもさとした黒髪に隠れた少しくたびれている顔をちらりと見た。あぁ、やっぱり今日もかっこいい。私の、だいすきな人。





とあるヒーローに助けられたことをきっかけに、私の初恋は始まった。


小さい頃、家族で行った旅先で私は敵に誘拐された。
怖くて怖くてガタガタ震えながら涙を流し、小さいながらにもう無理なんじゃないかと死を察したその時、夜の闇に紛れて黒い姿のヒーローが敵を即座に捕縛し、付けていたゴーグルを外しながら私の元へ駆けてきた。


「怖かったな、よく頑張った。もう大丈夫だぞ。」

「さぁ、お母さんのところへ帰ろう」


頭を撫でる暖かい手、大丈夫だと言い続けてくれる優しい声、黒く伸びた髪の隙間から見える少しの笑顔。
初めて出会ったヒーローは、ヒーローらしからぬ格好をしていたけれど、私にとって誰よりもかっこよくて、誰よりもだいすきなヒーローになった。


事件の後、私は自分を助けてくれたヒーローのことを調べられる限り調べた。調べれば調べるほどこの人のことをもっと知りたい、私もこんな風に誰かを助けられる人間になりたい。そう思った。ヒーロー名、イレイザーヘッド。雄英高校出身で個性を消す個性の人。そして、私の目標になった人。


イレイザーヘッドと同じ道を歩みたくて彼の母校でもある雄英高校ヒーロー科に入学するべく、死ぬ気で勉強して死ぬ気で個性の練習もした。
やっとの思いで雄英高校ヒーロー科に無事に入学でき、自分のクラスであるA組の教室へ向かった。ざわざわとした喧騒の中、入り口付近で寝袋から出てきたクラス担任である男の人を見たとき、私は驚いて声が出なかった。

「(…イレイザーだ……!!)」

大好きな大好きなイレイザーヘッドは私の担任の先生になった。
結ばれない、結ばれてはいけない、教師と生徒。
私の初恋は始まった時から終わりを告げていた。

「初恋は叶わない。」いつか読んだ本で書かれていた言葉。それでも私は先生への好きを諦められないし諦める気もない。ひっそりとでいい、伝わらなくてもいい。隠れて想うことを、少しでもそばにいたいと思うことを、貴方を好きでいることを、許してもらえますか。





「お前は熱心だな」
「え?」
「朝か放課後、何かしら質問にくるだろ?」
「あ、えっとそれは…私、理解するのが遅くて……せ、先生のご迷惑になるのでしたら、あの…控えます。すみません…」

質問に答え終わった先生に言われた言葉に少し体が固まる。朝か放課後の質問しているこの少しの時間だけが、私が先生を独り占めできる時間だった。大切に思っているのは私だけで、非合理的なことが嫌いな先生には迷惑だったかもしれない。本当は控えたくなんてない、でも先生に嫌われたり迷惑になるのはもっと嫌だ。そう、ついシュンとしてしまった私を見兼ねてか、先生は口を開いた。


「別に迷惑じゃないから気にするな。生徒の質問に答えるのも教師の役目だからな。……全く、芦戸や上鳴にも見習ってほしいよ」
「あ、あはは…」
「早起きして質問もいいが、今日は演習もあるんだから無理はするなよ」
「は、はい!演習も頑張ります…!」
「あぁ。もう分からないとこはないか?」
「あっ、大丈夫です、ありがとうございました…」
「また分からないとこがあれば気にせず聞きに来い」
「わっ…、」

去り際、先生の見かけによらず暖かくて優しい手が私の頭を撫でた。たったそれだけ、それだけのことで心の中は隙間がないくらい先生でいっぱいになる。

先生に頭を撫でられた嬉しさと、子ども扱いされている悲しさ、どうあがいても生徒という枠から抜け出せないもどかしさ。私は色んな感情でぐちゃぐちゃになって、黒く少し丸まった背中が見えなくなった後もその場に立ち尽くしていた。


「……先生…好きです」



口からこぼれた言葉は、登校してきた生徒たちの賑わいに掻き消されていった。






「Hey!リスナー!早く教室戻らないとチャイムが鳴るぜ?」
「ハッ!」