風邪ひき × 花巻貴大


思い返してみると、朝から多少のだるさはあったかもしれない。ピピっという音と共に体温計取り出して、38.1と表示された数字を見た。熱を認識するとドッとだるさが押し寄せてきた気がする。閉め切っていたカーテンが開いて顔を出した保健室の先生がどうだった?と声をかけてきた。


「結構高いわね」
「…はい……」
「みょうじさん、お家の人は?」
「あー…今日は遅いです」
「あら、そうなの?まぁもう少し楽になるまで寝てていいわよ。酷くなる様なら先生が送って行くから」
「ありがとうございます…」


体温計を受け取った先生は他に用事があるらしく、ちゃんと寝ておくのよ、と言い残してパタパタと出て行った。
ふぅ、と熱い息を吐き、貰ったマスクをつけて寝返りを打つ。襲ってきた眠気に逆らえず、ゆっくりと目を閉じた。





遠くで聞こえるチャイムの音で目が覚め、起き上がって時計を確認すると6限目の終了のチャイムだったようだ。もう放課後か、と思い軽く伸びをすると眠りにつく前より体が楽になっていた気がした。そばに置いてあったミネラルウォーターを飲むと、体の内側から少しずつ冷えて行く感覚だった。

楽になったもののだるさは残っている。ベッドの上で少しボーッとしているとガラガラと保健室のドアが開く音が聞こえ、カーテン越しではあるがこちらに向かって来るのがわかった。

「先生?ちょっと寝たら少し楽になったから1人でも帰れそうです」

カーテンの向こうにいる人物に声をかけ、カーテンを開けようとすると私が開けるより先に相手がシャッとカーテンを開けた。そこにいた人物に少し目を丸くする。

「残念。先生じゃないんだな」
「え、は、花巻…?なんでいるの?部活は?」
「今日は月曜日だからオフ」

カーテンを開けて入ってきたのは私の彼氏でもある、花巻だった。

「どうしたの?怪我?」
「いんや。なまえが保健室で寝てるっつーから様子見に来た」

大丈夫か?と私のおでこに手を当てた彼に頷いて見せる。ひんやりとした彼の手の冷たさが気持ち良くて目を閉じた。

「ちょっとなまえチャン?」
「ん、なに?」
「そんなに可愛く目閉じられたらちゅーしたくなっちゃうデショ」
「は!?そ、そんなつもりじゃないし!てか移っちゃうからダメだよ!」

何を言ってるんだ!と慌てた否定するとちぇ、と拗ねた素振りを見せた花巻は、私の鞄を持ってハンガーにかかっていたブレザーを手渡してくれる。

「今日も親御さん遅いんだろ?送ってく」
「え、いいよ…移しても悪いし」
「いーから。俺が心配なの」
「でも…」
「熱あるんだから、素直に甘えとけって」
「……わかった、ありがとう」
「お礼はこれでいいから」


そう言ってにや、と笑った花巻がベッドに手をついて顔を近づけてきた。あ、と思ったときにはもう遅く。マスク越しに柔らかくて暖かい唇が一瞬重なってすぐに離れて行く。目を開けていた私は離れて行く花巻の顔が見えた。

「こういう時は目、閉じろよな」
「え、ちょ、移ったらどうするのよ…!」
「俺が風邪引いたらなまえが看病してくれるんじゃないの?」
「…もう、ほんと、ばかじゃないの……」

いたずらが成功した子どもみたいな笑顔を見せる花巻に、風邪とは別に体温が上がった気がする。顔が真っ赤になるのがわかる。顔赤くなってるヨ、なんて白々しい事を言う花巻の肩をバシッと叩いた。誰のせいだと思ってるんだ。
いてぇよ、なんて笑いながら差し出してくれた彼の手をまじまじと見つめる。もしも、風邪が移ったら少しくらいは優しくしてあげよう。そう心に決めて花巻の手を取った。