それはちょっと彼氏の周りにいたら嫌なタイプ

「わ、赤い」
苗字が隣で短くそう声を漏らすのが聞こえた。
夜が来てもなお暑さが肌を蒸す八月、屋台の先に付けられた色とりどりの明かりが、太陽の代わりに道行く人を照らしている。
夏祭りの夜に外へ出るのはなんだか、ただの夜遊びとは違う雰囲気がしてちょっと特別だ。
オレンジ色の電球の下に広げられた浅いビニールプールの中で所せましと金魚が泳いでいるのを見つけたのは、そんな夜遊びも終盤に差し掛かってきた頃である。

「お祭りに来たって感じがするね」
そう言う苗字に、ちょっと掬ってみようかと提案したのは意外にも不二の方だった。
「不二、金魚すくい得意なの?」
「うーん、別に普通かな」
どれがいいと思う、といつの間にか店主からポイを受け取った不二が聞く。すっかりその気の不二を横目に、苗字もつられて腰を下ろした。
赤いものに黒いもの、大きいものから小さいものまで、電球の光を反射しながら水面に無数の小さな波を立たせるその姿は、さながら泳ぐ宝石といったところだろう。
隣で父親と一緒にやってきた小学生の男の子が、あれがいいと一番大きくて黒い金魚を指さしている。生憎、苗字には宝石の良し悪しなど分かるはずもなかった。

大きければ大きいほどいいのだろうか、でもそれって取りづらくはないだろうか。色にしたって赤か黒かくらいの見分けしかつかないというのに、隣の不二は苗字がどの金魚を指さすのか律義に待っているようだ。
プールの中をあちこちに動き回る苗字の目が止まったのはその時である。
「わ、赤い」
言葉通り、苗字の目線を奪ったのは一匹の金魚だった。気に留めるほどの大きさでもない、珍しい模様をしているわけでもない、ただそれは純粋に赤かった。
広げられた薄い尾ひれは電球の光を透かし、橙色の影をプールの底に投げかけている。水の中で屈折した光を反射して、その身体は燃える炎のように輝いていた。
彼女がふいっと泳ぐ方向を変えるたび、周りの魚が道を開けていく姿はさながらこのビニールテープの中の女王様のようだ。
女王様はプールの中を少しだけ旋回した後、ゆっくりと不二の元へ泳いでくる。真っ黒で真ん丸な、艶のある両目にぼんやりと見とれていると不二の声が苗字を現実に引き戻した。
「これにする?」
指さすように不二がポイを女王様に近付ければ、彼女は餌を求めるように近付いていく。
この小さな王国の中で誰よりも美しく揺蕩う彼女を苗字は少し眺めて、そして首を振った。
「あれにする」
「これ?」
「それ」
苗字が指さしたものに不二は手首の方向を変えて慎重に水面へポイを滑らせる。始めは中々掛からなかったその金魚は、天才不二周助の数回の試みの後、ポイが敗れる直前になって見事に彼の手の中の皿に収まった。

「本当にこれでよかったの?」
「どうして?」
「てっきり君は赤い金魚の方が好きだと思っていたから」
破れたポイと引き換えに店主からビニール袋を受け取った不二に、苗字は小さく首を竦めた。
「私、色目を使う人ってあんまり好きじゃないんだよね」
そう言う苗字に不思議そうな顔をする不二の手を引いて、果たして二人は透明なビニール袋の中に真っ黒な金魚だけを入れて帰路に着いたのである。