優しくはない

不二のことを優しくて落ち着いている王子様みたいな人だと皆は言うけれど、私はそうとはあまり思わない。
もちろん他の男の子と比べれば落ち着いている方だけど、揃って騒ぎ立てるほど優しいかと言われれば多分そうではない。
否、もしかしたら本当は優しい人なのかもしれないけれど、少なくとも私の知っている不二周助という人は、優しいと言うより少し意地悪だ。

「絵の具わすれたの?」
教室に貼られた時間割を呆然と見つめていれば、不二が後ろから覗き込んでそう言った。図星である。
次の授業、今週の美術の時間には絵の具を使うから必ず持って来いと先生に散々言われ、さすがに忘れないだろうと油断してどこにもメモをしなかった結果がこれだ。
「不二は持ってきたんでしょ?」
「まあね。あれだけ言われたらさすがに忘れないよ」
その言葉の居心地の悪さに肩をすくめる私に追い打ちをかけるように、あーあ、と不二はわざとらしく声にする。大丈夫そうか、だとか、僕の知り合いに聞いてみようか、だとかそんなことを口にする気配は微塵もなかった。
「僕の絵の具を借りようとしても無駄だからね」
「まだ何も言ってないよ」
げんなりとした顔で睨みつけてやれば不二は楽しそうに笑う。これは最近気が付いたことなのだけど、どうやら不二はいつもの私の顔より機嫌の悪い顔の方が好きらしい。
私が不機嫌そうな顔をしたとき、不二は大抵おかしそうに笑うのだ。

「それでどうするの?絵の具を使い始めるのはうちのクラスが一番早いんじゃなかった?他のクラスに行ってもまだ誰も持ってないと思うけど」
「そうなんだよなあ…」
授業の日より前に道具を学校に持ってくる用意周到な友達に、私は心当たりがない。どうしたものかと小さな脳みそをこねくり回せば、唯一、微かな望みが閃いた。
「そうだ!手塚くんは?」
「手塚?君って手塚と仲良かったっけ?」
さも名案だとでもいうように顔を上げると不二は眉間に皺を寄せる。
別に特段仲のいいわけではなかったけれど、この学校で一番しっかりと前もって授業の準備をしているのは誰かと聞かれれば、間違いなく彼だろう。
「仲良くないけど…不二は仲いいでしょ?ちょっと紹介してくれないかな〜…なんて」
「あんまり乗り気はしないなあ」
「即答!」
こういう時の不二はあてにならない。まるで私が困っているのを楽しそうに眺めているだけで、手を差し伸べてくれはしないことを私は知っている。一体これのどこをどう見れば優しい、なんて答えが出るのだろうか。
「もーいいよ。直接頼む。あっ手塚くんってテニス部なんでしょ?じゃあ菊丸くんに紹介してもらうのとかでもいいな」
経験から早々に不二に見切りをつけて菊丸くんを探せば、ムッとした顔で不二が制した。
「どうしてそんなに手塚にこだわるのさ」
「他に絵の具を持ってそうな人がいないからでしょ」
当然のようにそう言うと不二は更に眉間の皺を深くさせる。
そうして少し黙って、何かを考えているようだ。
「…じゃあ僕のを貸してあげる」
「さっきと言ってること違くない?」
「そうだっけ?」
なにも悪びれることもなく不二はとぼけて、自分の机の横にかけてあった絵の具セットを私に手渡した。どうやら本当に貸してくれるらしい。
突然の優しさがあまりにも珍しくて彼の意図の裏を探るようにじっと不二の顔を見つめていたら、それに気が付いた不二が私を見て首を傾げた。

「どうしたの、人のことジロジロ見ちゃって。なんだか僕のことが好きみたい」
「ええっ?!」
そういうわけじゃない、と慌てて否定する私の声をろくに聞きもしないまま不二が心底楽しそうに笑っている。
やっぱり彼はただ優しいだけじゃない!