めんどくさい女でしょ

彼がどうして私を好きになったのか、実は今だによく分かっていない。
不二周助という男はその性格と外見からして、誰かに好意を寄せられる才能があるのだけど、一体どこで間違えたのだろう。あろうことか彼が恋人として選んだのは、彼と比べて特別述べられる才能もない私だった。

私は彼が好きだったし、これといった不満もない。けれど不二の方はどうだろうか。時々、私よりもっと可愛くて才能のある女の子と話している姿を見ては思うのだ。彼にはもっとお似合いの相手がいるのではないかと。
可愛い女の子と話すたび、本人にそんなことを言うのはさすがに重い気がして、考えあぐねた末に相談相手として選んだのが彼の親友である菊丸英二だ。
しかし悲しいかな、本人に言えないから違う誰かに相談したというのに、こういうとき菊丸の口は軽すぎる。日曜日の朝十時、穏やかに流れ出した店内の音楽も頭に入らなくて、私はそっと目線を逸らした。

「それで、僕になにかダメなところがあったかな?」
こてん、と首を傾げた不二の前のアイスコーヒーは手を付けられていない。もちろん私の前にあるカフェオレもだ。
静かなカフェに回るファンの音がやけに大きく聞こえて、私は余計に言葉を詰まらせる。凡そ、菊丸からなにか言われたのだろう。
今日は部活がない折角の休みの日だというのに、わざわざ私と向き合ってくれた不二のことを好きだと思うのと同時に、申し訳なさが胸に広がった。
「不二はなにもダメじゃないよ」
なにか問題があるとすれば私の方だろう。でもそれだって仕方のないことじゃないか。どれだけ相手が本気で私を好きだと言っても、その言葉をなんの疑問もなく額面通り受け取れるはずがない。それが、相手が不二ならなおさらである。
友達同士であったならばいともたやすく解決するこの問題を、私たちは揃って低いハードルの前で足踏みしている。
カランとグラスの中で氷の溶けていく音だけが耳に届いた。不二は何も言わない。ただ私の言葉の続きを優しくじっと待っているだけだ。
「…不二が本当に私を好きなのかな、って思って」
めんどくさい、自分でもそう思った。けれど他に続ける言葉も見つからなくて素直に言えば、不二は困ったような顔をした。
「最近部活で忙しかったからかな…、構ってあげられなくてごめんね」
謝る不二に私は慌てて首を振る。そうじゃない、私は彼の好きなテニスを責めたいわけじゃない。
「違うの、そうじゃなくて…不二が他の女の子と話してるのを見ると、本当に彼女が私でいいのかなって思うの」
「うーん、僕は君しか見てないんだけど…どうしたら伝わるのかな」
そんなものは私が聞きたい。好きな人が自分をどれくらい好きなのか目に見えるものさしがあったらいいのに。
人の心はどうしたって本人にしか分からないのだ。そんなことは分かっているのに不二を困らせてしまう私を、彼は本当にまだ好きなんだろうか。
困ったような顔をしているのも、私に呆れてしまったらからではないかと不安が不意に頭をよぎる。

「別に不二を疑ってるわけじゃないの。ただ、不二が私を好きだっていうのにまだ実感が湧かなくて…。私よりも不二にお似合いで、不二のことを好きな人はたくさんいるでしょ?」
「そうだとしても僕が好きになったのは君だけだよ」
「不二だって私のこと、ずっと好きではいられないよ」
「でもきっと明日の僕は君のことを好きなままだよ」
薄いガラスを包み込むように不二は私の言葉を一つ一つ、ゆっくり返していく。それは彼の気持ちを確かめる作業のようで、私の不安を丁寧に拭い去る治療のようだ。
そこまでして、やっと口に運んだカフェオレの氷がようやく溶けた。水で薄められたカフェオレが温く私の喉を通ったけれど、私はなぜかそれを嫌だと思うことはなかった。

「ごめんね、私めんどくさいでしょ」
「ふふ、確かにそうかも」
言いながら、不二はテーブルの上の私の手を取る。そうしてそっと指を撫でて、手を握って、身を乗り出した。それはまるでおとぎ話の中から出てきた王子様そのものだ。息を飲むほど静かなキスが一つ、手の甲に落ちてくる。
「でも、そんな君も好きだよ」

もうどうしようもないな、と思う。
もうどうにもらなくなった時、私を救ってくれるのは慰めの言葉でも激励の言葉でもなく、そんな君も好きだよという無責任な一言かもしれない。
なんだかさっきまで悩んでいたのが馬鹿みたいに思えて、飲み終えたグラスを端に寄せ伝票を手に取ろうとすれば、不二に手を制された。もう少し君とこうして話していたいのだと不二が言うので、私は阿呆みたいに頷くしかない。
そうしてとりとめもないくだらない話をする不二を眺めながら、こんな意味のない話を彼はきっと私以外の女の子とはしないのだろうと気が付いて、思わず苦笑してしまうのだ。