「ね、夜更かしをしようか」
夜の痺れるような空気を軽やかに舌の上で転がした不二の声が、いつまでも頭の奥に残っていた。
「今日は金曜日なんだ。明日のお昼に起きたって僕らを叱る大人は誰もいないよ」
深夜二時、蝉ですらどうやら寝静まっているようだ。汗が引くほど涼しくはないが、昼間より遥かに冷めた風が頬を撫でた。
点滅する街灯が不二の真っ白なシャツをオレンジに染め上げている。見当たる車もないのに私たちは律義に信号が変わるのを待っていた。
「アイスでも食べよう」
そう言って不二がコンビニへ入っていったとき、急激に冷やされた人工的な冷気が私を囲んでいた夏の温度を一瞬にして剥ぎ取ったことが、少し寂しいと思ってしまったのは内緒だ。
いつも食べているフレーバーを齧りながら私たちは当てもなく散歩をした。
知っている道の知らない時間は、まるで初めて訪れた全く別の世界のようだ。ここでは私たちは新参者である。食べ飽きたはずのアイスがなぜかいつもより美味しく感じられた。
そっと脇道にそれれば、街灯の明かりは届かなくなって一切が夜の帳の向こうに消えていく。けれど少しして目が慣れてくれば案外、足元の小石すらはっきりと見えてしまうのは、きっと今夜の月が明るいからだ。
隣から規則正しく刻まれる足音がなんだか急に愛おしくなって振り向けば、ずっとこちらをみていた不二と目が合った。
「なんだか世界に私たち二人しかいないみたいだね」
ふと思い立ったことをそのまま口に出すと、不二はそっと私の手を掬いあげるように握る。
「世界に二人きりなら君とがいいな」
そう言いながら小さく笑う不二に、彼はもうずっと前から夜の世界を知っていたのだと私は直感した。それってなんだか、すごく大人ってかんじだ。
「じゃあ私が一緒に夜更かしをしてあげるまで、不二はずっと一人だったってわけだ」
「厳しいことを言うね」
ふと落とした視界の端に私よりずっと長い不二の脚が見える。私の歩幅に合わせたその歩調は、随分と穏やかだった。
アスファルトに落とされた影の境界線が次第に淡くなって、顔を上げれば私は夜の終わりを知る。随分と永い散歩をしていたものだ。
段々と青く染め上げられていく世界に、漸く私は知らない場所まで来てしまったのだと気が付いた。名残惜しいけれど、夜ってやつはあっという間らしい。
「僕もう眠いや」
まるで社会の時間とは真っ向から反抗するみたいに、不二がふてぶてしく呟く。蝉の声より先に雀の鳴き声が聞こえてきた。もうすぐ人も世界も眠りから覚めて動き出す。その前に私たちは家に帰らなければいけないのだ。
「不二」
「うん?」
「夜更かし、楽しかったな」
まるで世界に黙って悪いことをしていたみたいだ。
それはよかった、と不二が笑って、私たちは帰路に着いた。家に帰ったら夜までぐっすり眠れそうだ。それで夜、また眠れなくなってしまったらまた夜更かしをすればいい。だって今日はまだ土曜日なのだからね。