彼女の話

「不二先輩がどういう人と付き合うのかあんまり想像できなかったんだけど」
思ったより普通の人だね、と越前リョーマは呟いた。

夕暮れの午後五時、駅前のファーストフード店でたまたま不二と鉢合わせたリョーマは、不二のその巧みな話術によって見事に上手く店内のカウンター席に誘導されていた。
「越前がそんなこと言うなんてびっくりしちゃった」
「そんなことって?」
「てっきり君は人の恋愛沙汰とかに興味ないと思っていたから」
「まあそこまであるわけじゃないけど、相手が不二先輩だからね」
「僕が相手だと何かあるの?」
「不二先輩みたいな掴みどころがない人が好きになった人ってどんな人なんだろうって」
不二の奢りのバニラシェイクを啜りながらリョーマが言う。
不二も不二で決してこんな話をしたくて彼を誘ったのではない。三年生が部活を引退した今、可愛い後輩の様子が気になってただそれだけの理由で声をかけたはずが大きなしっぺ返しを食らったようだ。
「彼女は実は普通に見えてそうじゃないんだよ、って僕は答えればいいのかな?」
「そうなの?」
「どうだろう、多分普通の人だと思うよ。君から見てどう思うかは知らないけど。そうだな、裕太とも仲良くしてくれてるし優しくていい子だよ」
「ふうん」
優しくていい子なら今までも不二先輩の周りに沢山いたじゃん、とリョーマは言いかけてやめた。不二先輩の言う普通は多分普通じゃないのだ。少なくともリョーマはバニラ味のマックシェイクにタバスコをかけて美味しいと言う人間を、普通だとは到底思いたくなかった。
「不二先輩は彼女さんのどこが好きなの?」
「今日はやけにその話を引っ張るね」
「いいじゃん、教えてよ」
「ふふ、君みたいに食い下がらないところは結構好きかも」
「それ本当?」
「どうだろう」

のらりくらりとはぐらかすように不二は言って窓の外を眺める。外は相変わらずの土砂降りだ。誰かを待っているのか、不二の手には先ほどから傘が二本あった。
「桃先輩も驚いてたよ。不二先輩にそういう気配がなかったのにって」
「それは桃城の思い込みだよね。僕たちは自分の目で見たものが全てだと思い込んじゃう節があるけど、少なくとも誰かの目を通した以上そこにはその人の偏見が入ってるんだ」
「つまり不二先輩にはずっと前から彼女がいたのに、俺たちはいないものだと思い込んでいた、ってこと?」
「その可能性も大いにあるよね」
「…不二先輩を好きな人って相当変わってるね」
もはやこれ以上不二から何かを聞き出そうとするつもりもなくなって、リョーマは残っていたシェイクを啜り上げた。
そこのタイミングよく不二の携帯電話が鳴る。画面を確認した不二が少しだけこちらをみたので、おそらく解散の合図だろう。
「越前、最近の調子はどう?」
ここにきてようやく本来の話題を思い出した不二が席を立ちながら聞いた。
「どうって…別に普通っすよ。不二先輩ヒマなら今度テニス付き合ってくださいよ」
「いいね、僕も久しぶりに君と打ちたいと思っていたんだ」
不二は素振りをするように手をぶんぶんと回す。トレーを返却して外に出るが雨の勢いはまだ弱まっていなかった。辺りを見回した不二がリョーマの手元を見て首を傾げる。
「越前、傘は?」
「……ないっす」
「じゃあ僕の貸してあげるよ。二本あるし」
「いいの?」
「僕もちょうど一本だけ持ってくればよかったと思っていたところなんだ」

今度学校で返してくれればいいから、と不二はリョーマに傘を手渡して、残った一本の傘を差しながら道路を渡った。学校で返せばいい、と口では言うけれど高校生と中学生とでは校舎が違うと不二が去ってからリョーマは思い出す。
ああでもこれはこれでまた一緒にテニスをする口実になるのだろうか。
「あっ」
そんなことを考えながら思わず口から声がこぼれたリョーマの目線は、横断歩道を渡った不二に釘付けになっていた。
一本しかない傘に入っているのは不二と、青春学園の制服を着た知らない女の人だ。
「にゃろう…」
今度会ったらとことん不二を問い詰めてやろう。そのために明日この傘を返しに行くのも悪くない。
テニスはやっていないのになんだか負けた気分になってリョーマは頬を膨らませながら家路に着いたのだ。