白昼夢の子守唄

(※女の子の日ネタです)


しまった、と気が付いた頃にはもう遅かった。
時計を確認して私はすぐさまに身支度に取り掛かる。痛いのは嫌だけれど、なにより彼を映画館の前で待たせるわけにはいかなかった。
生理用の痛み止めを急いで飲んで待ち合わせ場所に向かえば、不二は嬉しそうに私を見つけるので、多少は我慢をして家を出たかいがあったと思う。
そうして心なしかもう既に鈍い痛みを感じるお腹をなんとか見て見ぬフリをして薄暗いシアターの座席につけば、あろうことか映画が始まるまさにその直前で不二は私の手を取って立ち上ったのだ。
「やっぱり今日はお家デートにしよう。いいね?」
暗がりで不二が宥めるように、語尾に頑固な決意を持って言うものだから、私はただ首を縦に振る。映画は前から見たかったものだけど、このお腹の痛みではストーリーも碌に頭に入らない。不二がそう言うなら願ったりかなったりだ。
かくして私は彼氏とのデートのために家を出たのに、一時間もしないでまた戻ってきたのである。


再び帰ってきた我が家は静かだった。今日は家族が出払っているということを、私はそこでようやく思い出す。
「ソファに座ってていいよ。キッチン借りるね」
家に着いて誰もいないと分かるなり、不二がまるで自分の家のように上がっていくので私は慌ててそれを止めた。
「私がやるよ」
「そう?でも横になっておいたほうがいいんじゃない?」
「なんで?」
そう聞けば不二はちょっと言いにくそうに僅かに眉尻を下げる。そうして、さっきよりは少し抑えた声で言うのだ。
「今、生理なんじゃないのかな、って思ったんだけど」
どうして分かったのだろう、そこまであからさまに苦しそうな顔はしていないはずなのに。
不二はびっくりして黙ってしまった私の手を引きソファに座らせて、ポットでお湯を沸かした。自分の家なのになんだか変な気分だ。
「どうして分かったの?」
「ん?」
一人分のマグカップとタオルケットを渡されながら私は聞いた。
「僕にも姉さんがいるからね。君とおんなじ表情をしているのをよく見るんだよ」
だから君が気にかけることはないよ、とでも言いたげな声である。
喉を通った温かいお湯がお腹に染み渡るのを感じて、私は思わず肩の力を抜いた。遠くから子供たちの遊ぶ声が聞こえて、そういえばこんな昼間から彼と二人きりなんて珍しいなあ、と気を紛らわせるように考える。
そうしてぼうっと息をつく私の手の中から空になったカップを取って、半分膝からずり落ちていたブランケットを不二は掛けなおした。
「おなか痛い?」
覗き込むように、真っ直ぐに合ってしまった目線に、私は素直に頷く他ない。正直言って痛いものの比ではない、私のお腹の中だけ世紀末がきているのかと疑いたくなるくらいの激痛である。
それでも不二の手前だからなんとかなんでもないようなフリをしたくて、大丈夫か、と彼が聞いてくれれば私は、大丈夫、と応えるつもりだったのに、彼はそんなことを許してくれなかった。
小さく、痛い、と答えて私は目線を逸らした。
「すごく痛い?」
「……すごく痛い」

観念して白状すれば不二はゆっくりと私をソファに横たわらせる。私が横になって、座るところがなくなってしまったソファの前に彼はしゃがんで、ゆったりと私の腰のあたりを撫でていった。
じんわりと温かくなっていく身体と、規則正しい不二の手の動きに、小さな声の鼻歌が混じっていく。その最中で、ふと不二と目が合った。
「…子守唄のつもり?」
「ふふ、嫌だった?」
嫌だと言えば彼がそれをやめてくれることを、私は知っている。
穏やかに笑う彼に、私のお腹はまだずっと痛かったけれど、つくづく好きだと思わされている。
「ううん、私、不二の声が好きだよ」
朝飲んだ薬が今になって効いてきたのだろうか。段々と重くなっていく瞼にもはや抗う気も起きなくて、私は目を閉じる。
そうして、お世辞にも上手とはいえない鼻歌を聞きながら、私はゆっくりと眠りへついていくのだ。