何もしないままの夏が終わった。
そんな八月が終わってもすることは見つからなくて、ただ無意味にベッドの上で時間を潰していたのだが、まるで絶妙なタイミングを見計らったかのようにそのメールは届いた。
「本当に来るとは思わなかった」
未だ残暑の続く外と一転して涼しい店内、少し息を切らせながらそこへ向かえば窓の外を眺めていた不二がこちらを向いて手を振る。
まだ昼前のカフェに人影は疎らだ。慌てて家を出たものだからメイクだって中途半端である。
「だって不二が呼んだんじゃん」
することもない日の午前中、君の家の近くまで来たから今すぐ会えないかな、なんてメールを意中の彼から貰ったりしたら誰だって私と同じことをするだろう。
「うん、たまたま近くを通りかかったからね。特に用はないんだけど」
「ないの?!」
この男はまさか炎天下に意味もなく私を走らせたとでも言いたいのだろうか。
用がないのならなぜ呼び出したのかと聞きたくもなるけれど、恐らく彼にとって私はただの暇つぶしで、つまり彼の気が済むまで私は多分帰れそうにないのだ。
意味がなくとも私を呼んでくれたことに喜べばいいのか、暇つぶしとして使われたことに怒ればいいのか分からなくて私は渋々席に座った。
「凄く疲れてるみたいだけどどうしたの?」
「不二に今すぐって急かされたの」
「あはは、そうだっけ」
とぼけたように笑いながら不二はグラスの中の氷をストローでかき回す。
私が店に着いた頃にはもうお昼も近くなっていて、店の前の広い遊歩道を家族連れやカップルが行き交うようになっていた。そういえば今日は日曜日だ。本当ならばどこかへ遊びに出かけていてもおかしくなかった。
「それでこれからどうしようか」
自然な流れで不二がそう言うものだから、私は思わず話を合わせてしまうように考え込んだ。言い方から察するに、私はこれから彼と二人でどこかへ行くのだろうか。
「不二は何をしたいの?」
「うーん…僕は夏休みに大体のことは裕太とやったからなあ…、君の方はどうなの?」
「…なにもやってない」
「だろうと思った」
小気味よさそうに不二がけらけらと笑うのが珍しくて、私はそれをまじまじと見つめてしまう。どうやら今日の彼は、すこぶる機嫌がいいらしい。
機嫌がいいと不二はちょっぴり意地悪になるようで、私はそのことをつい最近になってから知ったのだ。
「つまり君は僕と違ってまるまる一夏を無駄にしたんだね」
「もしかしなくても私のこと嫌いでしょ」
「心外だなあ」
上機嫌な不二を前に私はなす術をなくしてため息をつく。ちらりと不二を見るとほんの少しだけ半袖のシャツから覗く腕に日焼けの跡を見つけるので、彼の話は本当なのだと思うのだ。
「そうだ、映画でも見ない?」
ふと思い出したように不二が言う。そういえばこのカフェの近くにあるショッピングモールには、映画館も入っていたはずだ。
「いいね、何見るの?」
「僕あれみたいな、先週公開されたらしいんだよね。赤い風船を持ったピエロが現れると人が死ぬやつ」
「待って私ホラー映画はちょっとダメなんだけど」
最近の映画なら今人気の俳優が主演の学園ものがあったよね、とホラーでなければ何でもいい一心で慌てて代案を出すけれど、それを聞く不二の表情はちっとも変わる気配がない。
そうして私が一通り提案し終えたのを聞いているようで聞いていない顔をして、何やら鞄の中を漁りだすのだ。
「でももうチケットがあるんだ」
「はあ?!」
だから今日はこの映画を見るしかなんだよね。飄々とそう言ってのける不二の手には、確かに映画のチケットがちゃっかり人数分の二枚、握られているではないか。
つまり最初から私に選ばせるつもりなんてなかったのである。
さすがに既に買われてしまったチケットを前に今さら帰るなんて言えるはずもなく、私は降参の意も含めて黙り込む。
それを見た不二が気をよくしたのか、あとで映画のパンフレットを買ってあげるから、なんて言うけれどそんなものは余計に怖くなるだけだ。
「…今日の不二さあ、なんか意地が悪いよね」
せめてもの抵抗で下からキッと不二を睨めば、不二は不思議そうな顔をして首を傾げながら言った。
「あれ、僕って好きな子はいじめるタイプなんだけど、言わなかったっけ?」
つまりなんだ、と不二は言わなかったけれど、言わずとも意味を理解するには十分すぎる言葉で、私は開いた口が塞がらなくなってしまう。
そうやって阿呆みたいに呆然としている私を、変な顔だと不二が言って笑うので、多分今日はもう諦めて彼の言うとおりに振り回されるしかないのだ。