「見ていられないな」
気のせいではない、いつもより低い不二の声を聞いて、その顔を確認するより先に肌の上を一筋の冷気が走ったような感覚がした。
珍しく眉間の間に谷を作った不二が腕を組んでこちらを見ている。私は乱暴に鼻を啜って不二の方を振り返るけれど、動く手は止めなかった。
「じゃあ見なきゃいいじゃん」
「そういうわけにはいかないんだよ」
変なの。そんなの私はちっとも悪くないじゃない。小さな反抗をするみたいに不二から目を逸らす。こういう時、不二が力ずくで無理矢理どうにかしようとすることがないからなおさら分が悪い。
ぽたぽたと無造作に私の瞳から零れる涙を拭おうと不二が手を伸ばすも、私はふいっと顔を逸らしてそれを躱す。
指と涙と、無言の攻防を暫く繰り広げたあと先に手を引いたのは不二の方だった。深くて静かなため息を一つ不二は溢した。
「僕は、君には泣いてほしくないんだけど」
どこまでも優しさを真ん中に据えた声で不二が言う。
「私は別に私が泣いているままでいいよ」
「僕は良くない」
「我儘だね」
「君のことになると、そうなるのかもしれないね」
優しさって一方通行だ。誰かを守りたい気持ちが優しさだとすれば、誰かに迷惑をかけたくないという気持ちも優しさのはずだ。大抵の場合、後者の方が分からず屋と呼ばれることが多いだけで。
どうやら不二はその優しさを一歩も譲る気がないようで、肌に刺さる不二の目線を振り払うように私は大きく包丁を振り下ろした。
「待って」
我慢できなくなったのか不二が私の手首を掴む。思わず顔を上げて不二を見た私の目から、ついに堰を切ったように大粒の涙がこぼれ出した。
「僕がやるよ」
優しさと言うよりは甘やかしに近い声で言う不二に、最後に負けたのは私の方である。
やけっぱちになって目を擦れば擦るほど涙があふれてくる私に不二は、こら、と小さく窘めて柔らかいタオルを目頭にもってきた。
「少し落ち着いた方がいいんじゃないかな。すぐに終わらせるからソファで待っててよ」
かくして不二にキッチンを追い出されてしまった私は、ふてくされた顔をして大きな音を立てながらリビングのソファに倒れ込むしかない。
白昼堂々、二人掛けのソファを独り占めした私はまるで子供が駄々をこねる声で天井に向かって一人で叫ぶのである。
「あ〜あ!これだからタマネギって嫌いなんだよ!!」
今度こそ不二のいない時に一人で全部みじん切りにしてやろう、頭の後ろで軽快な包丁さばきの音を聞きながら私は強く心に誓ったのだ。