恋の話

そう言えば俺その子と同じ班になったんだよね、と英二が言ったのが始まりだった。
その子、っていうのは僕と英二と同じクラスの女の子だ。背丈は中くらい、成績もそこそこ、良くも悪くも目立つことはない。だけど、交友関係も先生からの印象も恐らく悪くはないその子のことが僕は何故か苦手であった。

「…それをどうして僕に言うのかな」
脱いだジャージをゆっくりと畳む。英二は少し固まった後、こちらの様子を伺うように口を開いた。
「え〜てっきり不二と仲良い子だと思ってたんだけど、違った…かにゃ?」
「別に普通だよ」
どちらかと言えばむしろ良くない方だろう。あの子はそうとは思っていないかもしれないけれど、僕はそう思っている。あの子と話していると、否、見ているだけでも僕はお腹の奥のあたりがもやもやしてなんだか変な気持ちになってしまうのだ。
何より僕がいくら不思議に思ってあの子のことをよく見ても、あの子が誰かの気に障るようなことを言っているわけではないから僕は一体全体、わけが分からなくなってしまうというわけである。
「でも不二、最近あの子とよく話すじゃん」
「そうかな」
「そうだよ〜っていうか一部じゃ、不二があの子と付き合ってるんじゃないかって噂まで流れてるくらいなんだから!」
僕はそれを聞いてすっかり固まってしまった。
そんなはずがあるわけがない。噂をしている子たちには悪いけれど、それは大きな見当違いだと言ってあげたいくらいだ。
「まさか、付き合ってないよ」
「やっぱり?でもああいう子ほど彼氏とかいそうだにゃ〜」
「どういうこと?」
手を止めてそう返せば英二は鞄を漁る手を止めずに言った。
「彼氏がいなさそうな子ほど実は彼氏がいる、みたいな」
「あの子に恋人はいないと思うんだけど」
「だからそう思う人ほど実はいることがあるんだって」
「でも、いないよ」
そもそも人のプライベートを無理に詮索するのもよくないんじゃないかな、なんて思ったのだけど、そんな僕をよそに英二は少し言い淀んで、そして怪訝そうな顔で僕をまじまじと眺めている。

「まあ不二がどうしてもそう言うんなら別にそれでもいいけどさ」
なにそれ、それってなんだか僕が駄々をこねているみたいじゃないか。
そもそもあの子には恋人なんていないんだから、僕の言い分は間違っていないと思うのだけど、それでももし、もしも英二の言う通り、あの子に誰も知らない恋人がいるとしたらどうだろう。
「というか不二がそんなこと言うのって」
英二が何かを言っているのを、僕はぼんやりと聞きながら考える。もしもあの子に恋人がいたら、それこそ英二の言い分が正しかったことになるのだろうか。
でもどっちが正しいとか間違っているとかそんなことより、僕の頭に真っ先に浮かんできたことは全く別のことだったのだ。
あの子に恋人がいたとして、それがどうして僕じゃないんだろう。
「そんなのってまるで恋してるみたいだにゃ」
底抜けに明るい声で英二がそう言うのを、僕はただ初めて見る何かを前にするみたいにただ呆然と固まってしまうばかりだ。
恋ってもっと軽くて綺麗なものだと思っていたのに。