まあ悪くはない

怒らない人なんていない、ただちょっと他の人より心の許容範囲が広いだけだ。
積もり積もったストレスが目に見えないように、積もり積もった恋人への不満は案外、読み取れない。だから真っ暗な家に帰ってきて一番に彼の顔が飛び込んできたとき、怒らせてはいけない人を怒らせてしまったと気が付いたのだ。

「何をしてたの」
いつもより落ち着いた声で、初めて聞く重圧感のある音。怖いほど優しく手首を掴まれて、私は玄関から中へ入れない。
深夜零時。飲み会で遅くなったわけではない。同性の友達と遊んでいただけだったし、そのことは不二にも連絡していた。ただ少し、伝えていた予定の時間より帰宅が遅くなってしまっただけなのだ。
いつもならば仕方ないね、と困ったように笑って私を家に迎え入れる不二が、今日はなんだか様子がおかしい。
「十一時前には帰るって言ったのに、日を跨ぐのはこれで何回目?」
「えっと……」
目を泳がせて考えるフリをするけれど、本当のところは覚えていない。答えも知らないで口籠っていれば、不二はゆっくりと言葉を続けた。
「十五回目」
想像以上の回数である。これはさすがの私でも言い訳が思いつかない。
「…ごめんなさい」
「僕はね、怒ってるんだよ」
だから謝ったくらいでは許してあげない、まるで言外にそう言っているようだ。
ではどうすれば許してくれるのか、何一つ解決策が見つからずに私はただ玄関に立ち尽くすばかりだ。
そうした私を見かねたみたいに不二は空いていた手で、もう片方の私の手首をそっと握って、息がかかるほどの距離に顔を近付けた。

「だから今は僕の気が済むまで、君がどれだけ謝っても許したくないんだ。君を泣かせてでもね」
まさか優しい彼に限って、それは冗談だろう。けれどそれが何を示しているのか、問うまでもなく不二の瞳を見れば全てが分かってしまった。
「僕は怒らないとでも思ったかい」
手首を握っていた不二の指がそっと上へ上ってきて、輪郭を確かめるように私の頬をなぞっていく。怒っているはずなのに、いつもより柔らかいその手付きが余計に彼の怒りを露にしていた。
「僕はね、君が思うより、君のことが好きなんだ」
静かにそう言う彼がまるで全細胞で私を求めているみたいで、私は思わず生唾を飲み込んでしまう。
ああ、でもなんだか、こんな不二も嫌いじゃない。