ジッと鈍い音をたてて消えた火種がお前の輪郭を照らさなくなるまで、夏が終わった、とは気付かなかった。
穏やかに打ち寄せる波はまるで静かな鐘のようだ。もう誰もが寝静まったというのに蝉が鳴き止む気配はない。満月の眩しさに星は霞んで、ただ足元の砂だけがその輪郭を浮き立たせていた。
「あ、最後の一本だ」
がさごそとコンビニの袋を漁って幸村が呟く。誰もいない海岸に幸村の声が響いて、私はそれを少しでも逃さまいと黙って耳を澄ましている。
「やる?」
「…いいよ、幸村がやって」
そう言えば彼は遠慮することなく線香花火に火をつけた。八月三十一日。退院したばかりの元クラスメイトを連れ出して私は一体何をしたいのだろう。
身体の具合は大丈夫か、だとか、関東大会は残念だったね、だとか、気にかけるべきことは沢山あったのだけど、どれも今言うべきことではないと思って、けれど他に言うべき言葉も見つからずに私はただぼんやりと幸村の手元を眺める。家族用の安い線香花火の火種は大きさが安定しなくて、時折暗くなったかと思えばまたすぐに幸村の指を照らした。
「幸村さあ、こんなところにいていいの?」
「お前が誘ったんだろ」
「冗談のつもりだったのに」
今夜夏が終わるのを見にいこう、なんて、冗談でも口にできない台詞だ。
「最後だからね」
じんわりと幸村の声が頭の中を反響する。蝉の声は相変わらずである。昼間よりはいくらか涼しいが、それでも湿った空気が頬を撫でて海の向こうへ消えていく。ふと、目の前が暗くなったかと思えば幸村が立ち上がって言った。
「終わっちゃった」
「ああ」
本当だ。どうりで火薬の匂いばかりが鼻を掠めると思った。最後の火種はとうに砂浜の上に落ちていて、私は思わず幸村を見失った。穏やかに打ち寄せる波。当分鳴りやむことはない蝉の声。冷めきらぬ熱を纏った風が肌を撫でるが、夏の気配はもうどこにもなかった。
「ごめんね」
コンビニのライターを丁寧に仕舞いながら幸村は言う。
「なにが?」
憎たらしいくらいに今夜の月は綺麗だ。だけどそれよりももっと、こちらを振り向いた幸村が綺麗だった。
「俺、線香花火へたくそなんだよね」
そう幸村は笑って、もう帰ろうと呟く。半歩先を行く幸村に、きっともう彼と花火をすることはない、となんの根拠もなく思った。けれど何か大切なものを彼から貰った、ということだけはずっと覚えているのだろう。
あらゆるものを置き去りにして季節は移ろいゆく。今年の夏が過ぎて、来年も知らない見慣れた夏が来る。
そうして夏が来るたび、また同じことを思い出すのだ。大切なものがあったということを、ただそれだけを忘れてしまわぬように。それだけはずっと大事に抱えたまま、大人になれますように。
蝉の鳴き声が一層大きく、空気を揺らす。午前零時。三分前の世界と何一つ変わったところはないのに確かに死に絶える夏に、綺麗だったものの全てを置き去る。
願わくば、どうかこの恋の息の根を止めてくれ。