シェアハピしたい

柳先輩は意地が悪い。
きっとこちらの考えていることなどお見通しのはずなのに、自分は何も知らないとでも言いたげな顔をして、こちらが降参するのを待っている。なんと卑怯な人だろう。
夏が一層その暑さを増す八月の終わり、私は柳先輩と学校帰りのコンビニへ来ていた。

「先輩はどれにしますか?」
アイスの入っている棚を眺めながらそう聞けば、柳先輩は軽く考えるように首を傾げる。そもそもこの人がアイスを好きなのかどうかさえあまり分からないのだけど、こんな暑い日にアイスを食べずに家まで辿り着くなんて私には到底できない。
「どれがおすすめなんだ?」
どうやら今日の先輩は選択肢を私に丸投げするつもりのようだ。
先輩の権限で丸投げされてしまったからには仕方がない。一体どんなアイスが好きなのだろうと思って棚の中を見回していると、ふと、視界の端に二つ入りのパピコが入り込んだ。
そう、いわゆる一つを二人でシェアハピ、という魂胆で作られたカップル御用達のアイスである。
「どうした、何かいいものでも見つけたか?」
「えっと、いや、その…」
見つけたと言われれば見つけている。ただそれを柳先輩に一緒に食べようと提案する勇気が見つからないだけで。
けれど一度そのことを考えてしまったら他のアイスのことなんて考えられない。視線をパピコと柳先輩との間で不自然に行きかわしていれば、先輩は不思議そうに私の視線の先を追って言った。
「パピコか」
「あっいや!違います!いや違くないけど!そういう意味ではなくてですね…」
「どっちがお前のおすすめなんだ?」
「えっ?」
そう聞かれてよく見ると陳列されるパピコの種類には二種類あるではないか。二人で分ける用のカフェオレ味と、大きな一人用のカルピス味である。一人用のパピコなんて初めて見た、そういう贅沢な食べ方もできる世の中になったのか。
なにはともあれ今日の柳先輩は本当に全部を私に任せるつもりのようで、ただじっと黙って私の答えを待っているのだ。


「悪くはないな」
かくして私が選んだのはカルピス味の、つまり一人用の方である。
本当はカフェオレの方を買ってシェアハピしましょう、なんて可愛く言うつもりが無いわけでもなかったが、そう言おうとして柳先輩の顔を見た途端、そんな台詞は場外ホームランさながらに宇宙のかなたにぶっ飛んでしまった。
あいにく私は好きな人を前にして、そんな可愛いことをなんの躊躇いもなく言えるほど器用ではないのだ。
「どうだ?美味しいか?」
コンビニを出て海沿いの道を先輩と並んで歩いていく。口の中は冷たいけれど、真昼の日差しに照り付けられた身体はまだまだ暑かった。
「先輩も同じの食べてますよね」
「冷たいことを言うな」
「むしろ暑いんですけどね」
一人用のアイスを選んだ私に、柳先輩は何も言わなかった。彼はどこまで私の気持ちを知っているんだろうか。
別に、全部知っている、と言われたって先輩のことだからもう驚きもしないけれど、アイスのせいかいつもとは違う微妙な気恥ずかしさに襲われて私は黙り込んでしまう。
「同じのを食べていても味が同じだとは限らないだろう」
黙り込む私に柳先輩は淡々と言葉を続けた。先輩の制服の袖を揺らす風だけはこの暑い視界の中で唯一、涼しそうだ。
「俺とて緊張すれば味もなくなるぞ」
前言撤回だ。そう言って意地悪そうに目を細めて私を見据えた先輩に、私の心臓は飛び跳ねるように驚いて思わず咥えていたアイスを落としてしまった。それがどんな味をしていたのか、もう思い出せない。