えげつない人間だと思った。
生半可な優しさは毒だって、むしろ酷いことだって、途中で読むのをやめた小説に書いてあったけれど、白石蔵ノ介という男はそれよりももっと、相手を底なしの地獄にずるずる引きずり込んでしまうような男だ。
生半可ではない、どこまでも相手のためを思う優しさは、相手の思考の自己決定権を奪う。
天才的なテニスの才能を持って、誰よりも努力をするその姿は、凡人の心をいともたやすく打ち砕く。それでも脇目もふらず目指す場所だけを見て進むのだから、いくら野外が彼の存在に身を焦がそうと、彼がそれに気が付くことはないのだろう。酷い話である。
それでいて彼自身に非があるかといえば、そうではないのだから、どうしようもない。
そういうやりきれない気持ちは、そのうちお飾り程度の悪意を伴って彼に向けられるのだろう。こればかりは天才を呪う自分の人間性を呪うしかない。
けれど考えようによっては、圧倒的天才に嫌悪の目を向けてしまうというのは、凡人としての健康的な生理反応ではないだろうか。そうだと思いたい。そうでなくとも、もうどうすることもできないのだけど。
「どないしたん?」
黙ったままの私を、隣を歩いていた白石が心配そうな顔で覗き込んだ。白石の指がすっ、と私の頬の淵を滑る。部活終わりだというのに、よく喋る男である。
微妙に面白くないような話を並べては、こちらの反応をうかがっていた。
全部お前が悪い、と言ってしまおうか。お前がそんなんだから私はこんな嫌な顔をしているのだよ。
そこまで考えて、そう言った私に申し訳なさそうな顔をする彼の姿が目の裏に浮かんできたので、寸でのところで思いとどまった。そういう顔を、させたいのではない。
「白石、それつまんないよ」
「えっ」
隣で慌てふためいたように白石が話を取り繕おうとして、早口になる。肩にかけたラケットのバックの紐が、緩んでいた。慌てた白石のシャツから制汗剤の香が漂ってくる。部活で汗をかいたのだろう。
「話にちゃんとオチをつけなきゃ、小説を書くにも起承転結ってあるでしょ」
「確かに」
勉強になる、というような顔で白石が頷く。申し訳なさそうな顔で、堪忍な、とぼやくのが聞こえたが、それを正面から受け取るのはなんだか、気が引けてしまった。
「苗字はそないなこと、ごっつ勉強してて凄いなあ」
何も考えていないような声で、白石がそう言うものだから、私も取り繕ったような顔をして答えた。
「でしょ。私は天才だからね!」
ああどうか、あわよくば、君が本当のことに気が付きませんように。