今世紀最大の大発見

どうやら私は世紀の大発見をしてしまったらしい。そのことを見つけたのはある月曜の昼休みのことだった。
信じられないほど退屈な授業を見事に三時間も耐え抜いた私は、さながら戦場帰りの武士の顔でお弁当を持って学校の裏庭へ足を運んでいた。

裏庭という語感の通り、人が通らないことで名を馳せている学校のパワースポットの一つであるがどうか誤解しないでいただきたい。別にいつも一緒に昼ご飯を食べている友達が揃いも揃って課題のやり忘れで職員室に呼び出されているからボッチ飯を決め込んでいるとか、そういうわけでは全然ない。ちょっと仲間外れみたいで寂しいなとか全然思ってない。
何はともあれ両手で戦利品を抱えるみたいにぽてぽてと裏庭へ歩いていく私の耳に飛び込んできたのは、なんと白昼堂々の不純異性交遊をする声だったのだ。

「ハナちゃ〜ん」
低い男子生徒の声で、めちゃくちゃ甘い声である。どれくらい甘いかって言うともう三か月はアイスを食べなくてもいいと思うくらいの甘さである。絶対語尾にハートが付いている。
我が青春学園の生徒としてこれはいかがなものだろうか!私は息を殺して声のする方へ近付いた。腑抜けた声の主を目に焼き付けて心の中で揶揄ってやるために。
しかし見つからないようにそっと顔を出して辺りを見回した私の目線は一点に固められたまま動けなかった。
見間違いかと思って何度か目を擦ってみるがやはり見える人影に変わりはない。
呆気にとられる私の口から無意識に、何か初めてのものを見るかのように彼の名前はこぼれ出した。
「…海堂くん……」
「…あ?」
もはや隠れるつもりもないくらいはっきりと私の口から漏れてしまった声に彼が気が付かないはずもなく、同じクラスの海堂くんは何やら動かしていた手を止めて物凄い形相でこちらを振り返った。例えるならば犯行現場を見られてしまった犯人のそれである。
私と目を合わせたまま固まる犯人の海堂くんに、名探偵の私もさすがに気まずくなって誰かに助けを求めようと視線をそらす。
けれどいくら目を泳がせようと海堂くんの不純異性交遊の相手はどこにも見つからないのだ。
一体どういうことだろう。誰もいないのに海堂くん、彼はもしかしたら私には見えない相手と違う次元で話しているのかもしれない。例えそうでも私は広い心を持ってそういう多様性を認めようと思うのだけど。
人の価値観はそれぞれだからね、と言いかけた私の声を遮るように足元から可愛らしい鳴き声が聞こえてきたのはその時だった。
「ハナちゃん…!」
私の足元へ擦り寄る猫に手を伸ばしながら短く叫ぶのは海堂くんだ。
「ハナ、ちゃん…?」
それってまさかこの猫の名前だろうか。「全ての不可能を除外して最後に残ったものが如何に奇妙なことであってもそれが真実となる」とはかの名探偵、シャーロックホームズ先輩の言葉である。
驚いた顔で猫と海堂くんを交互に見比べる私に、海堂くんは耳を赤くさせてバツの悪そうに唇をとんがらせた。
「な、なんだよ、猫の名前を呼んで何が悪いんだよ?!」
「いや悪くはないけど…」
思ったよりも海堂くん可愛いんだなって。その言葉をうっかり口から滑らせてしまったかどうかはいざ知らず、海堂くんは先ほどよりも顔を赤くさせて深い息を吐いた。
「えっと、猫は私も好きだよ」
フォローみたいにそう言うと海堂くんはさっきとは一転してパッと顔を上げる。
「ほ、本当か?!」
私はテニス部でもなんでもない海堂くんの普通のクラスメイトだからこの時までちっとも知らなかったのだけど、どうやら海堂くんは私が思っていたよりずっと表情が豊からしい。
「あ、うん。可愛いよね猫。お腹とかめちゃくちゃ柔らかいし、この子みたいに他にもこの学校にいるの?」
そうやって話を広げてみれば海堂くんは少しだけ恥ずかしそうに、他にも二匹の猫がこの学校の周りに住み着いていることを教えてくれた。
猫の話をしている時の海堂くんはぎこちない笑顔だったけれど、頬の緩みを隠しきれていないなんてことは、名探偵の私にかかればいともたやすく見抜かれてしまうのだ。そして一通り話し終えた海堂くんは気まずそうに目を逸らした。
「お、俺がここにいたってことは誰にも言うなよ…」
本人から釘を刺されてしまっては仕方がない。このことはきっと誰にも言わないでおこう。
「言わないけど、明日もここに来ていい?」
「まあ…猫たちも嫌がってねえみたいだし…好きにしろよ」

好きにしろよ、と言われたら好きにしないわけにはいかない。私は自分のお弁当箱を眺めながら心の中で明日のお昼を一緒に食べられないことを、少しの優越感と共に友人各位へ謝るのだ。
「じゃあ明日は好きにするね」
私がそう言えば海堂くんはいよいよ顔を真っ赤にさせながら小さく、おう、とだけ返した。
顔が怖くて近寄りがたい彼にこんな一面があるとはこんな秘密を一体クラスの誰が知っていようか。
世紀の大発見は発見をした者にのみ、その功績が与えられるべきである。だから私は絶対に誰にも教えてやらないぞ、と固く心に誓ったのだ。