夏を待つ僕ら

幸村はたぶん、私のことが好きなんだと思う。
ホースから放物線を描いてばら撒かれた水が、屋上に淡いプリズムを作った。湿った汗が首筋を伝う。八月の終わり、遠くの空で鎮座する入道雲をただ眺めていた。

空のど真ん中にぽつりと浮かんだ青白い新月が、空の天井から私達を見下ろしている。真昼だというのに太陽に向かってなんという反骨心だ。
「まだ終わらないの?」
「一度に大量の水をやっても意味がないんだ」
することもなくて足元の小石を転がして聞けば幸、村はこちらを振り返らずに言った。夏の終わりに咲くと言うその花はほんの少し蕾を膨らませたばかりで、花を咲かせるにはまだほど遠い。
どうにか少しでも暑くない体勢を模索しながら私は、昨日食べたカレーが辛かっただとか、最近ベランダに鳩が溜まるようになっただとか、終着点も見つからないどうでもいい話を延々と続けていた。
「本当に暑い、溶ける」
「もう少しで終わるから」
どうやら彼は私を先に帰らすつもりはないらしい。ただそこに座って彼を眺めているのが私の役割だとでも言わんばかりに、幸村は私の話を上機嫌に聞き流している。
片思いは苦しいだとか、結局片思いの時期が一番楽しいだとか、そんな決め台詞が女の子の間を飛び交うけれど、少なくとも今私が知っている恋はおよそ世の中の恋と比べて圧倒的に居心地が良いものだ。
「もうすぐ夏が終わっちゃうね」
おもむろにそう呟いてやると、幸村はカレンダーの日付を思い出すみたいに宙へ目線を投げた。
「言ってもあと一週間はあるだろ」
「一週間しかないんだよ、一週間って七日だよ」
今まで散々、夏を浪費していたというのにいざ終わるとなれば渋り出す、私の悪い癖である。なんだって終わりは好きになれない、誰だって永遠が欲しいのだ。
「じゃあ俺と何かやってみる?」
「何かって?」
「何でもいいけど、夏っぽいこと」
暑さにかまけて考えることを私に丸投げするような言い方だ。そう思ったら何だか腹が立つ、何が楽しくてこんな日差しの中で彼の水遣りが終わるのを待っているのだろう。
せめて日陰に逃げようとゆっくりと腰を上げれば、それに気が付いた幸村がホースの口をこちらに向けて軽く蛇口を捻った。軽快に飛んだ水しぶきが私のスカートの裾を濡らす。
「なにすんの!」
抗議の声を上げてツカツカと幸村へ詰め寄ってやると、それを待っていたかのように腕を掴まれる。大きな手だ、と場違いにも思ってしまった。
戸惑う私を見て何がおかしいのか幸村は口を開けて大きな声で笑って言う。よく通る声で、それはまるで純粋に夏休みを楽しみにしているただの中学三年生みたいだ。

「俺はお前とこのまま終わらせるつもりはないよ」
憎たらしいほど真っ青な八月の空を背にした幸村が、あまりにも淡々とそんなことをいうものだから、私は思わず息を飲んでしまう。
八月の終わり、どうやら私はあまりにも遅い夏の始まりに触れてしまったようだ。