東京タワー
赤い鉄塔が好きだ。でも彼は僕の恋人じゃないらしい。心臓と、受け取り口から転がり出てきたばかりのコーヒー缶に触れる指先以外、凍死寸前の身体を捩ってズルズルとベンチに座り直す。僕が初めて彼を見たのはクリスマスイブ、初恋の女の子にこっぴどく振られたその晩だった。真っ黒な空で、もう何百年も昔から夜空で輝いていたのは自分だという顔で、その日も彼は東京を見下ろしていた。次に見たのは浪人が決まった日。その次はようやく採用されたバイト先でやらかして、店長に怒鳴られながらクビになった日である。思うに、彼の元には東京中のありとあらゆる不幸がやって来る。今こうして僕が恨めし気に彼を見上げる視線もその一つだ。しかし悲しいかな、彼はおそらく、東京で最も盤石な存在である。彼は足元で這いずり回る魑魅魍魎たちを一蹴して、自分がそうしたことでさえ忘れてしまったように、毅然と東京の真ん中に立つ。一方、僕は律義に終電を逃したことを確認し、もうとっくに凍えてしまった身体に鞭を打って立ち上がるのだ。僕は初恋の女の子に振られて以降、彼の誕生日には日付が変わるまで必ずこうして顔を見に来ていた。このご時世にこれほど一途な男子を彼は一体なぜ放っておくのか、僕には分からない。ベンチから立ち上がれば彼は僕を赤い光で鮮やかに照らしだす。その光の強さに未練がましく振り返ってみたけれど、東京タワーはやはり僕を見ていなかった。