もう少し、もう少しだけ、答えを待ってほしい。わたしがルフィに出したひとまずの回答はこれだった。 正直、かなり心はルフィの仲間になることに傾いた。でも、やっぱり今すぐ海賊になると答えられるほど単純でもなかった。 優柔不断だというのはわかってはいる。答えを先延ばしにしてどうするのか、自分でもわからない。 でもどうしても、もう一つ、踏ん切りがつかなかった。 「ヨウ、おれは待つぞ!おれは男だからな!」 そんなルフィの言葉に、オレンジジュースをもらうためにカウンターに戻ってきたわたしは首を傾けた。経緯が不明である。 今、わたしたちはマキノさんのお店でご飯をいただいているところだった。実は海辺で騒いでいるのをシャンクスさんたちに見つかって、流れで一緒にお店までやってきていた。 ついさっきまで早く決めろとプリプリ怒っていたルフィが、手のひらを返したような発言をしたことに、わたしは疑問符を浮かべたというわけだ。 ただ、たぶん、シャンクスさんがルフィに何か言ったに違いない。そういうのを待てるのが男だぞ、とか、海賊ならドンと構えて待てる男になれ、とか。だって、ルフィの後ろに見えるシャンクスさんが、わたしに向かってニヤリと笑ってピースしているし。 さらにシャンクスさんより向こうにいる副船長、ベンさんも苦笑いだ。 「えっと、ありがとうルフィ」 「いいぞ!おれは心が広い男だからな!」 そう言って、ルフィはご飯を食べるのを再開した。よく食べるよな、ホント。 あ、それはそうと、さっきお肉が大好きなルウさんと長鼻の狙撃手ヤソップさんから聞いたことを確認しなきゃ。 「あの、シャンクスさん。明日フーシャ村を発つって本当ですか?」 シャンクスさんの席まで移動してそう聞いた。 「ん?あァ本当だ」 「そうなんですか…」 「お?なんだヨウ。さみしいのか?」 「はい」 「ぐわっ!ホント、ヨウは素直でカワイイな!」 そう言ってシャンクスさんはわたしの髪の毛をかき回した。周りの船員さんが「お、なんだ船長!ロリコンか?」と笑っている。 船員さんたちとはさっき初めてちゃんと会ったけど、シャンクスさんの仲間だけあって気さくで優しい人ばかりだった。 「はは。シャンクスさんたちには、本当にお世話になりました。ろくにお礼もできずに申し訳ありませんが、本当にありがとうございました」 「そんなこと気にすんな。おれらがやりたいことをした、それだけの話だ」 こんな人が船長だから、みんなこの人についていきたいって思ったんだろうな。ニッと笑ったシャンクスさんを見ながらそんなことを思った。 そのあとはルフィが手を伸ばしてシャンクスさんにからかわれたり、酔ったヤソップさんから故郷に残してきた奥さんと息子さんの話を何回か聞いたり、わたしが淹れた食後のコーヒーがおいしいとベンさんにほめられて照れたりしているうちに、あっという間に時間が過ぎた。 翌朝、ルフィと赤髪海賊団の出航を見送りに来た。やはりルフィもさみしいのだろう、口数は少なかった。 そんなわたしたちのところに、シャンクスさんはわざわざ足を運んでくれた。 「シャンクスさん、どうぞお気をつけて」 「なんだよヨウ。今生の別れみたいな顔して。おれたちは負けねェぞ、何にも、誰にもな」 「そう、ですね」 でも、知り合った人が海に出るのは、やっぱり少し怖かった。 そんなしけた顔をしたわたしの頭を、シャンクスさんは遠慮なくかき回した。 「うわっ」 「はは。なァヨウ、おれたちは海で繋がってるんだ。この海にいる限り、またいつか会えるだろ。それに、そう思ってた方が、」 「楽しい、ですか?」 「あァそうだ」 あの日の夜のことを思い出し、そしてようやく、わたしは笑った。 「また、いつか会いましょう。この海のどこかで」 「あァ」 そうして、握手を交わしたシャンクスさんは、ルフィに向き直った。 「随分と長い拠点だった。ついにお別れだな。悲しいだろ」 「うん、悲しいけどね。でももう連れてけなんていわねェよ。自分でなることにしたんだ、海賊には」 ルフィがシャンクスさんに命を救ってもらったっていう話はルフィがしていたけど、そのことでシャンクスさんは片腕を失ってしまったんだと、きのう、船員さんから聞いた。触れるのははばかられるからと聞かなかったけど、そういう事情があったらしい。 その事件以降、ルフィが旅に連れて行けと言わなくなったと、船員さんは言っていた。強くならなければダメだと、気づいたからなんだろう。 「どうせ連れてってやんねーよー。お前なんかが海賊になれるか!」 シャンクスさんは、いつもの様子でルフィをからかっているように見えた。 でも違う。違うのだ。ルフィは、本気だ。 「なる!!おれはいつかこの一味にも負けない仲間を集めて!世界一の財宝を見つけて!!」 そう叫ぶルフィを見ていたわたしには、まるで周りの喧騒は聞こえない。 「海賊王になってやる!!」 ただただ、ルフィの声だけが届いていた。 「ほう…!おれ達を越えるのか」 もう、シャンクスさんはからかってなどいなかった。 「……じゃあ、…この帽子をお前に預ける」 「!」 彼は確か、あの帽子をいつもいつも被って、とても大切なものなのだと言っていた。それはわたしなんかより、ルフィの方がよっぽど知っているはずで。 ルフィの大きな目からは、気づけば想いがあふれていた。 「おれの大切な帽子だ。いつかきっと返しに来い。立派な海賊になってな」 そう言ってシャンクスさんは、仲間と共にフーシャ村を去った。 わたしとルフィは、船が見えなくなるまで、それを見ていた。 いつの間にか他の人は解散していて、残ったのはわたしとルフィだけだった。マキノさんも、先に帰るわねと声をかけて 戻っていった。 ルフィはもう泣いてはいない。すっきりした顔で、海の彼方を見つめている。 「ねえ、ルフィ」 「なんだ」 「ルフィはなんで、わたしを仲間にしたいと思ったの?」 なんでこんなことを聞くのか、自分でもよくわからなかった。でも、何となく、今聞いておかなければいけない気がした。 「なんだ?急に」 「いいから、教えてよ。どうして?なんとなく?」 ルフィは真っ直ぐな子だから、直感で生きている感じがしてそう問う。 でもルフィは海を見つめたままで頭を振った。 「ちげェ。…ヨウが海歩いてたとこ、おれ見てたんだ。すげェ!おもしれェ!って思って見てたんだけど、お前浜に着いてすぐ倒れただろ?かけよったけど、お前全然動かねェから、急いで背負ってマキノたちんとこに走ったんだ。そしたら、お前ちょっとだけ動いて、おれに助けてくれって言ったんだ。最初は自分のことだと思ったんだけど、あの沖に船が、人がいるから、お願い、助けてって」 それは、マキノさんからも一通り聞いた話で。それのどこに、理由があるというのだろう。 「こいつ、自分が死にそうなのに、必死で人のこと守ろうとしてるんだって、思った。こんなに人のこと心配できるやつ、すげェいいヤツだなって思った。でも、じゃあ、お前のことは誰が守るんだ?」 「え?」 「だから、おれが守ってやろうって思った」 「!」 なんていう…。思わず手で顔をおおった。 でも、きっと全部本気で言っている。だってこんなにも真剣な顔で…。ああ、もう、これはダメだ。 ゆっくり、おおっていた手をどけた。もう、迷わない。 「じゃあ、わたしも守るよ。ルフィのこと」 「?おれは自分のことは自分で守るぞ」 「はは、うん、だからさ、ルフィが前だけ見て、振り返らずに前に前に進んで行けるようにわたしがルフィの背中を守るよ。だから、わたしの背中はルフィに預けるから、守ってくれる?」 わたしを見ていたルフィの目が、大きく大きく見開かれた。 「え?じゃあ、」 「シャンクスさんにその帽子を返す時には、わたしを仲間として紹介してね」 きっとこうなることを、シャンクスさんはわかっていたに違いない。 わたしもきっとどこかで、こうなることを望んでた。だからもう一押しが欲しくて、あんなこと聞いたのかもしれない。 「ね、未来の海賊王」 「よっしゃあああああ!まかせろ!!」 あなただけに、着いて行くよ。 「ヨウ、お前は、おれの仲間第一号に決まりだ〜っ!」 わたしの船長。 |