天気も良いみたいだし寝ているだけなのはもったいない。よし、今日から少しずつ身体を動かしていこう。 朝起きてそう決めたわたしは、朝食を食べ終えてからマキノさんに、リハビリもかねて身体を動かしたいから仕事か家事を手伝わせて欲しいと申し出た。 なかなかうなづいてくれないマキノさんに、あと一押しと、朝から調子も良いし、これ以上寝ているだけなのは逆に辛いから身体を動かしたいと言うと、 「なら村の様子でも見てくればいいわ。まだ目が覚めてからこの家から出たことがないでしょう?」 とやさしくほほえまれてしまい、彼女の笑顔に口を閉じた。昨夜のことはバレていないはずなんだけど、良心のかたまりに触れると罪悪感がうずく。 やっぱりマキノさんには勝てる気がしない。 しぶしぶ散歩に出てみたものの、フーシャ村はそれほど大きな村ではないようで散歩もすぐに終わってしまった。 結局きのうの夜と同じ海辺に来て、ゴロンと寝転がる。ああ、天気がいい。 そういえば、村の港に大きな船があったけど、あれはシャンクスさんたちの船かな。海賊旗の目のところに、シャンクスさんと同じようなキズがあったからなあ。 「おーい、ヨウー!」 しばらくぼけっとしていると、わたしを大きな声で呼ぶ声が聞こえた。身体を起こして声の方を振り返ると、太陽のような笑顔で飛ぶようにこちらに走ってくるルフィくんが見えた。 まるで元気を絵に描いたような子だなと、思わず笑顔がこぼれた。 「こんにちは、ルフィくん」 「おう!あ、ヨウ、お前ミソクサイぞ!」 「ん?味噌?」 さっきまで満面の笑みだったのに、今はぷりぷりと怒った顔をしているルフィくん。コロコロと表情が変わっておもしろい。 けど、味噌臭いってなんだ? 「冒険するならなんでおれを誘わねェんだ!」 「冒険?」 冒険すること、にルフィくんを誘わなかったことについて、彼はどうもご立腹らしい。 …なるほど、惜しい、水臭いだ。 で、冒険っていうのはなんだろ。わたしはただ、散歩に出かけてきただけのはずだけど。 「ほらっ、そんなとこ寝てねェで立てって!一緒に行こう!」 「え?ちょ、待ってルフィくん!」 「あ、それと、呼び方ルフィでいいぞ!」 「あ、うん、それはわかった」 「よーし、冒険だ〜!」 「や、そっちはまだわかってないんだけど…ちょっと待って〜!」 全然話聞いてくれない!とちょっとだけ頭を抱えた。 ただ、腕をふり払ってとめればいいんだろうけど、ルフィならいいかと苦笑いしている自分にちょっと変だなと感じながら、転ばないように自分でルフィの隣を走り始めた。 そのままルフィと村中を走り回って、とにかくいろいろなところを見て回った。 例えば登った木の上から見た海がキレイだったり、のぞいた八百屋さんがりんごをくれたり、犬小屋をのぞきこんでかまれそうになったり。ちょっとしたとこもおもしろくて、ずっと二人で笑っていた気がする。 ひとりではすぐに終わってしまった散歩も、ルフィと一緒だとまさに冒険だった。 「あ〜楽しかった!な、ヨウ!」 「うん、ホント!ひさしぶりにあんなに笑った」 わたしたちは海辺に戻ってきていた。目の前に広がる海のきらめきは、一人で見ていた時よりよっぽどかがやいて見える。 「あ、ねえルフィ。わたしが冒険に出かけたっていうの、マキノさんから聞いたの?」 冒険に夢中ですっかり忘れていたけど、そもそもわたしは散歩に出かけただけだった。ルフィがそれを聞いたとすれば、彼女だけだとは思う。 でも、なんで? 「そうだぞ。マキノの店行ったらヨウがでかけたっていうから、何しに行ったんだ?って聞いたら、マキノが冒険よって」 「なるほど」 つまり、マキノさんの遊び心か。 「それにしても、ヨウはここの海辺が好きなのか?」 「へ?」 自分の中の疑問がひとつ解消されてスッキリしていたところに質問を投げかけられて、おかしな声が出てしまった。 別にここがキライなわけではないけど、ルフィがそう思うわけは特に思い当たらなくて首をかたむけた。 「え?なんで?」 「だって、ヨウひろったのもココだからな」 なるほど、と納得して、そうだったんだと返事をした。 あの時は船から直線距離で一番近いところに向かって歩いていたはずだから、別に好きで向かっていたわけではないけれど、そう言われるとなんとなく縁深いような気もしてくるから不思議だ。 あ、じゃあここは、わたしがルフィに救ってもらった場所だったんだなあ。 「その節は本当にありがとうございました。あ、そうそう。何かお礼させてくれない?」 「おれい?」 ルフィはよくわからない、というような顔で首をかたむけた。彼にとっては、わたしを助けたことはそう大きな出来事ではなかったんだろうってことはなんとなくわかる。でも、わたしからすれば、彼は命を救ってくれた一番の恩人で。 マキノさんからルフィについて聞いてから、ずっとなにかお礼ができないかと考えていたのだ。 きのう会った時はタイミングがなくて伝えられずにいたけど、逆に今を逃せば、村を出るまでにタイミングがあるかどうかはわからない。 「うん。ルフィはわたしの恩人だから」 「ふーん、そういうもんなのか?」 「そういうもん!わたし、なにか特別なものをもってるわけじゃないから…わたしにできることとかで、えっと忍術とかでもいいし、なにかして欲しいこととかない?」 我ながら難しい問いかけをしてしまったような気がしないでもないけど、今のわたしにはあげられるようなものは何もない。だから何かの手伝いとか、わたしにできることで何か、恩返しのようなことをさせてほしい。 なんだか自己満足でしかなくて申し訳ない気もするけど、このまま村を出てしまえばもう会うこともないかもしれないんだ。それではきっと後悔が残る。 「わたしにできそうなことなら、なんでもいいから」 「なんでも?」 「わたしにできることならね」 すると、ルフィがニッと笑ってわたしを見た。早いけど、決まったのかな。 「じゃあ、おれの仲間になってくれよ!」 「仲間?友だちってこと?」 「違うぞ!冒険の仲間だ!ヨウはおれのはじめての仲間に決まりだな」 「え、」 「おれと一緒に海賊やろう!」 わたしは目を見開いて、声をつまらせた。よりにもよって、わたしが簡単には了承できない内容だった。 決してルフィとの冒険がイヤなのではない。さっきまでの冒険もすっごく楽しかった、本当に。こんな時間がずっと続けばいいのにと思ってしまうほどに。 ただ…、 「ルフィわたし…海賊は、ちょっと難しい、かな」 「えー!なんでだよ〜!ヨウがなんでもいいって言ったんだぞ」 不満そうな顔のルフィ。確かになんでもいいと言ったのはわたしなんだから、きちんと理由を話して断ろう。 「あのさ、ルフィはわたしたちがどうして救難船で遭難してたか聞いた?」 「いや、知らねェぞ」 「そっか。じゃあちょっと聞いてくれる?」 わたしとお父さんは旅行の帰りで、家の近くの島まで行くはずだった商船に乗せてもらっていた。それはお父さんは街で喫茶店をやっていて、コーヒー豆の買い入れも兼ねた小旅行だった。 お母さんは、わたしが生まれて間もなく流行り病で死んでしまったし、お店はあんまりお休みもとれないから、お父さんはずっと働きづめで、二人での旅行なんてはじめてのようなものだった。本当に、本当に楽しい旅行だった。 その日は波も穏やかで天気も良くて、航海はとっても順調に進んでた。 海賊だ!叫び声が聞こえたのは、そんな航海の最中だった。すぐに商船も逃げる体制に入っていたけど、気づけばすぐそこに海賊船は迫ってた。本当に、あっという間だった。 商船の客として乗っていたわたしたちは優先して救難船に乗せてもらえた。でもわたしが乗り込んで、次はお父さんってところで、海賊が船に乗り込んできたの。 お父さんは、自分が乗っていたら間に合わないって思ったんだと思う。わたしたちが乗った救難船を、お父さんがそのまま切り離した。 お父さんは泣いて叫ぶわたしに向かって、いつもみたいに笑いながら「生きるんだ、ヨウ」って。そのあと、お父さんが崩れ落ちるのを、わたしは見た。にやにや笑う、海賊の顔も。 「わたしは、海賊を好きにはなれない」 シャンクスさんたちみたいに、ステキな人たちもいることはわかってる。でもわたしは、あの海賊の顔を、一生忘れられない。 「だから、」 「ちがう!」 ごめん。そう続くはずだったわたしの言葉をルフィがさえぎった。その声があまりにも力強くて、わたしは思わず口をつぐんだ。 「ヨウ、おまえはカンチガイしてる」 「え?」 「おれは、そういう海賊になれっていってるんじゃねェ。おれの仲間になれって言ってんだ」 ルフィの言葉と同じくらい力強い瞳がわたしを見ていた。 「…でも、ルフィは海賊になるんだよね?」 「そうだ!だから、ヨウも海賊だ!でもおれの仲間ならなんにも問題ねェ。海賊は海賊だけど、ヨウが思ってる海賊とは違うんだ!」 ルフィが言っているのは、海賊という枠でくくって中身を決めつけるな、ということだった。確かにそれはその通りで、核心をつく言葉だった。 でも、ならなぜ、ルフィは海賊になりたいのだろう。考え方を枠にはめないなら、海賊という種にこだわる必要はない気がするが。 「じゃあなんで、ルフィはどうして海賊になりたいの?ルフィの言葉は正しいと思う。でもそうなら、別に海賊じゃなくてもいいんじゃない?」 「それは違うぞ、ヨウ。海賊は、一番自由なんだ。どこにだって、行きたいところに行けるんだ。それを邪魔するやつはぶっ飛ばすからな」 とんでもないことを言っているのに、なぜか心を強くゆさぶられているような感覚を味わった。 「自由…」 それは、お父さんとの約束を果たしたいという想いを表す、適切な表現に思えた。 何にもしばられることなく、自由に世界を見て回りたい。それがわたしの願いだったんだ。 「でもおれ、この前シャンクスに危ないところを助けてもらったんだ。そん時、このままじゃダメだって気づいた。もっと、もっと強くならなきゃ、おれがなりたい海賊にはなれねェってわかった。 だからおれはたくさん修行して、今よりずーっと強くなるんだ。海賊やるのはそれからだ。だから、ヨウも誰にも負けないように一緒に強くなろう!」 もう、彼の言葉を否定するための言葉は出てこない。ただただ、ルフィの真っ直ぐな瞳を見返していた。 「海賊だから、悪いこともするかもしれねェ。でもおれが嫌だって思ったことは絶対しねェ。それは絶対に守る。だからヨウは、おれを信じて仲間になれ!」 この太陽みたいな人と共に、この海の先を見てみたいと、そう思ったことをお父さんはどう思うだろう。 そう考えて浮かんできたのは、お父さんの笑顔だった。 |