08

 今わたしは、港にいる。

 わたしを家族に誘ってくれた親子には、意思を固めてすぐに報告に行ったので、もう話はついている。まあ、私の意志をくんでくれたのはお父さんの方で、息子の彼はしばらく口もきいてくれなくて困ったんだけど。
 それに、マキノさんにも。彼女にはこの村に来てからずっと、本当に、本当にお世話になってしまった。ちょこっとお手伝いをしたくらいじゃ全然恩を返せるはずもなかったのに、彼女は妹ができたみたいで楽しかったと言ってくれた。いつの日か、マキノさんにはなにかお礼をしよう。

「マキノさん、着いたらお手紙書いてもいいですか?」
「もちろんよ!私もお返事書くわね。また、いつか必ず会いましょう」
「はい、必ず。ありがとう、ございました」

 もうこうやって、あたたかい彼女の笑顔にふれることはもうしばらくはないのだと思うと、少しだけ泣きそうになったけど、奥歯をかみしめてガマンした。

 そして、こちらを見てもくれず、マキノさんに無理矢理連れて来られた様子のルフィに近づく。

「ルフィ」
「…なんでだよヨウ!仲間なんだから、これからも一緒にいればいいじゃねェか。一緒に強くなろうって、おれは言ったぞ!」

 問題は、ルフィだった。
 わたしが自分の街に帰ることを決めたのは、ルフィの仲間になることを決めてすぐだった。

 なんで帰ることにしたかというと、いくつか理由はある。
 まず一つ。それは、街にはわたしたち家族が暮らした家とお店がある。家は旅行に出たままいろいろと散らかしっぱなしだし、これから片付けもしなければならない。わたしはあの家が、好きだ。もうわたし以外に誰もいないとはいえ、あの家には想い出があふれてる。そんな家を投げ出すことは、わたしにはできなかった。
 それとお店のこと。お父さんの喫茶店には、常連さんがたくさんいた。詳しくは知らないけれど、 それこそ毎日のように来てくれる人もいれば、年に一度くらいの頻度で顔を出してくれる人も。そんなお父さんのお店を、お父さんのコーヒーを愛してくれたお客さんに、わたしはきちんと事の次第を伝えるべきだと思った。きっとお客さんは知らずに店を訪ねてくると思う。そんな人たちに、わたしはきちんとお礼を伝えたい。
 あと、街の知り合いにも事情を話したい。優しい人が多いから、きっと心配しているはずだ。

 それからもう一つ。それは修行のこと。
 わたしはまず、体力つけ、精神を鍛えなければならない。なぜなら、術を使うにはチャクラが必要で、それを練るために必要なのは、わたし自身の体力と気力なんだ。
 わたしの前世だった彼は、忍の里に生まれ、忍であった家族と共にとても幼い頃から修行を積んだり実戦についたりしていた。生まれ持った素質も関係あるのだろうけど、とにかく多くのチャクラを練れたし、それを媒体に術を使って戦っていた。
 術を使うコツや印の結び方は、この身体がすでに知っている。だから簡単なものはすでに扱うことができるけど、それ以上のものを使うには、彼のようにたくさんのチャクラを練れるように修行しなければ意味がない。ただの宝の持ち腐れだ。これでは、ルフィを守ることなどできやしない。
 もしルフィが一緒なら、わたしはきっとルフィに甘えてしまう。そんな弱いわたしのままで海に出ようものなら、わたしはただの足手まといにしかならない。
 だから、今は一人でなければダメなんだ。
 それに、勉強も。わたしは彼の知識のおかげでいろいろなことを知ることになったけど、それは彼の世界でのことであって、こちらの世界とは勝手が違うことも多い。だからわたしは、ちゃんと自分の世界のことについて、きちんと知らなければいけない。
 その勉強をするにも、街へ帰った方がいい。あの街には図書館もある。

 とにかくわたしは、わたしの育った街に帰ることを決めた。そうルフィにも伝えたのだけど、やっぱりというかなんというか、ルフィはあまり聞いてくれず、ここ数日説得を続けていたけど、結局今日になってしまった。

「ねえ聞いて、ルフィ」
「やだ!だってヨウ、家に帰ったって一人なんだろ?一人はさみしいぞ!だから一緒にいりゃあいいじゃねェか!」

 なんだかその様子が、友達と離れたくないとぐずる子供と同じように見えた。…もしかすると、ルフィも一人になるのが、こわいのだろうか。
 なんて言えばわかってくれるのか、今の今までずっと考えてきたけど、なら、わたしが思ったことをすべてルフィに伝えればいい。
 それで、きっとルフィにも伝わるはずだ。

「どうしても家に帰らなきゃなんねェんなら、一回帰って、そのあとフーシャ村にもどってこいよ!な、それがイイ!」
「…ルフィ、確かに一人はさみしいよ。これから一人でやっていけるか、少し不安にも思ってる」
「じゃあ!」
「でも、わたしにはルフィがいる」

 しっかりと目をあわせて、そう言った。

「え?」
「ルフィ、わたしはあなたの仲間だよね?」
「そうだ!」
「だから、大丈夫。わたしはルフィの仲間。何があったってそれは絶対に揺らがない。ルフィが旅に出たことがわかったら、わたしはどこへだって、必ずかけつけるよ、絶対。その代わり、ルフィもわたしのことが仲間であることを、いつも忘れないで。
 確かにしばらく、そばにはいられない。でも、その間だって、心はいつもルフィのそばにある。近くにいなくたって、お互いにいつも想ってる。必ず行くっていう約束がある。だから大丈夫」

 そばにはいなくても、すぐには会えなくても、確かにわたしたちは仲間だ。これは、お互いがお互いを認め、想っている限り、なにがあっても絶対に揺らがない。
 だから、わたしは大丈夫。わたしたちは、大丈夫。

「いつかルフィとわたしは、この大きな海を、誰よりも自由に冒険できる。その事実があれば、大丈夫」

 もう、ルフィも目をそらさなかった。
 そしてわたしは、もういつからなのか正確にはわからないほど前からつけている、右耳のピアスをとった。

「その証に、これを。わたしがルフィにもう一度会えるまで、これをルフィに預けておくね。これは、とても大切なものなの。だから必ず、その麦わら帽子と一緒にいつも身につけていて」

 このピアスは、お母さんの形見。わたしはこれを、ずっと身につけてきた。そしてこれからもつけ続ける。その一つをルフィに託す。これを見て、ルフィはわたしを思い出して欲しいし、ピアスのない右耳を確認しては、わたしもルフィを思い出す。
 ルフィがこの間シャンクスさんにたくされた麦わら帽子、そのリボンのところに、ピアスをつけた。

「これは、わたしだよ。わたしがそばを離れている間は、これがわたしの代わり。わたしがルフィと再会できた時まで、ルフィが持ってて」
「…わかった」

 そしてあの日、わたしがルフィの仲間になって以来かもしれない、ルフィと笑い合った。

「今はそばにいなくても、わたしたちは仲間。ちょっと離れたからって、そんなことわたしたちには関係ない」
「あァ、関係ねェ!」
「うん」

 離れる期間のことを考えると、さみしくなってしまう。だから次会う時の、楽しい冒険を思い浮かべて、笑う。

「じゃあ、次会う時は、いっぱい、一緒に冒険しよう!」
「あァ!…またなっ、ヨウ!」
「うん、また!」

 浮かんだ涙をかみ殺し、わたしは振り返らずに船に乗り込んだ。


 ねえ、ルフィ。本当にありがとう。あの時、ルフィに見つけてもらえて、本当に良かった。
 唯一の家族だったお父さんを失って、わたしは救難船の上でずっと考えてた。お父さんは生きろと言ったけど、どうして生きなければならないのかと。もうわたしは生きる意味がわからなくなってた。だって、何のために生きるのか、それがわからなかったから。自分のために生きるということは、簡単なようで、一番難しい。きっとあのままだったら、今わたしは生きているかわからない。
 でも、わたしは悪魔の実を食べた。そして忍として生きた彼の知識や経験を継いで、守った人の気持ちを知った。守って死んだ人が何を願っていたのかを知った。だから生きなければいけないと、そう思った。守った人は、お父さんは、ただただ、わたしが生きることを、笑っていることを願ったはず。だから死ねない、可能性のある限り、生きなければいけない。お父さんが守った全ての命を消させはしない。そのためにわたしは選んだ。
 そして生きることに絶望はしなくなった。でも、生きる目的はない。そんなわたしに、冒険という目的を与えてくれたのは、ルフィ、あなただよ。すごい強引だったけどね。でも、嫌じゃなかった。
 いくつもの偶然が重なって、今がある。
 きっと、強くなってみせるよ、ルフィ。右腕でも左腕でもなくていい。ただ、あなたの背中はわたしが守る。


 ねえ、お父さん、お母さん。わたしは親孝行な娘ではないかもしれないね。冒険と危険は隣り合わせ。だから冒険をするわたしは、きっと危険にも首をつっこむことになると思う。でも、それでも、わたしはルフィと一緒に冒険がしたいと思った。
 だから誓います。わたしは後悔なく生きることを。自分のやりたいことを精一杯やって、たくさん笑って生きることを。いつかそちらで会うことがあれば、楽しかったことをたくさん報告できるように生きることを。
 親不孝者の娘を、それで許してくれますか?


「ヨウーっ!」

 叫びにも似た呼び声に、わたしは急いで船尾に向かった。もう船は進み出している。

「おれは強くなるぞ!すっげェ強くなる!」
「うん!わたしも!」
「だけど、ヨウがいないとシャンクスたちの一味は越えられねェんだ!」

 シャンクスさんたちと別れた時、ルフィはシャンクスさんたちを越える仲間を集めて海賊王になるんだと言っていた。
 もう、涙はガマンできなかった。

「だから、待ってるぞ!」
「…うんっ!」

 ルフィが突き出した拳に合わせるように、わたしも拳を突き出した。
 わたしたち二人の顔は涙でぐちゃぐちゃだったけど、最高に笑っていた。

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