09

 やっと、やっとこの日が来たんだ。
 いつの日も、どんな時も、わたしはこの時をいつだって待っていた。
 目の前のとても可愛らしいキャラベルに、自然と顔は緩んだ。

「あなたがゴーイングメリー号だね。よろしく」

 ゆっくりと風を受けて進むキャラベルの真横を歩きながら、船首の可愛らしい羊さんに挨拶をした。
 本当に可愛らしい船だと思うけど、なんだかとても、彼には似合っている気がする。

 海面を蹴って船首に着地すると、爽やかな風が吹いてきた。

「この場所はとっても気持ちがいい。あなたの頭の上は、ルフィの特等席かな」

 ルフィがメリーの頭の上に乗って海の向こうを眺めている光景が目に浮かぶようで、自然と笑みがこぼれた。

 今は、どうやらそろって食事か何かしているようなので、とりあえずそれが終わるのを待つことにする。食事中に押しかけるのは気がひけるから。
 さ、コーヒーでも淹れながらゆっくり待つことにしよう。もう急ぐ必要はない。だってやっと、やっと会えるんだから。


 淹れたコーヒーを片手に、メリーの横で海を見つめていると、背後のドアから人が出てくる気配がした。しかも、わたしも知っている気配。

「よーし、次は船大工だ!あと音楽家も!」

 一番に出てきたルフィの声は、少し低くなったような気もするけど、あの時と変わらぬ明るさで。ああ、やっと会えたんだ、そう感じてなんとも言い表せない感情が心を占めて目を閉じた。

「ヨウ?」

 呟くような、とても小さな声が風に乗って聞こえ、わたしはゆっくりと振り返った。

「って違う!誰だおめェ!」
「…敵か?」
「なんか知らねェやつが勝手にくつろいでるー!ってコラナミっ、おれの後ろに隠れるんじゃねェよ!」
「うるさいわね!言わないでよ、バレちゃうじゃない!」
「ナミさんとロビンちゃんはどうぞおれの後ろに〜♥」
「サンジっ!おれも、おれも守ってくれ〜」
「あら、いい香りだわ」

 途端に溢れた声に、なんだかすごくにぎやかだなぁと、思わず笑ってしまった。
 まったく、本当にルフィの仲間らしいというか、なんというか。とにかく、とっても楽しそうだった。

「どうも、初めまして」
「あ、いやご丁寧にどうも、……ってなるか!」

 長いお鼻の人が鋭いツッコミをくれるので、余計におもしろくなってしまう。というか彼、何となく見覚えがあるような、ないような。
 そんな中、黒髪の美女と目があった。

「あなた、それ」
「あ、コーヒーです。良ければお淹れしましょうか?」
「あら、じゃあお願いしようかしら」
「ってなにお願いしちゃってんのよ!」
「とても良い香りだったものだから、つい」

 ふふふと笑う美女に眼福だな〜などと思いながら、出しっ放しにしてあったミルに豆を入れようと手に取った。

「ってお前もなにコーヒー入れようとしてんだよ!」
「え、だって美女の頼みなので」
「お、話し合いそうだな」
「おい!」
「あっはっはっ!アイツ、おもしれェな〜」
「ちょっとルフィ!」

 何もかもが、楽しくてしょうがない。ずっと、ずっとこの時を楽しみに、ひとりでこの海を渡ってきたんだから。
 ただ、まあ確かに十年ぶりだけど、わたしはそんなに顔が変わってしまったのかな。ルフィが全然わたしに気づいてくれないので、ちょっと心配になってしまう。最初は気づいてくれたんだと思ったんだけど…。
 まあ、今更別に焦ることでもないかと、とりあえず豆を挽こうとしたところ、鋭い眼光がこちらを見ていることに気づいて手を止めた。

「おいてめェ、この船になんの用だ」

 彼はたぶん、海賊狩りの異名を持つ、ロロノア・ゾロだろう。
 三刀流の剣士だと噂に聞いていたが、さすがに強そうだ。ルフィにはこれくらい厳しい人がそばにいるくらいでちょうど良い気がする。

「えっと、なんて言えばいいのかな」
「…用もなくこの船に乗り込んだってわけじゃねェだろうが。それにこの海の真ん中で、お前はどうやってこの船に乗り込んだんだ」
「そう言われりゃ、そうだよな。船が近づいてきた様子はなかったし…」

 ルフィがわたしのことを彼らに話しているのかわからなくて、なんて言えば伝わるのかと言い淀んでいると、ゾロさんはさらに疑問を投げかけてきた。
 まあ、当たり前の質問だろう。

「途中までは送ってもらったんですけど、そのあとは歩いて」
「…歩いて?」
「歩いてって、どこをどう歩くんだ。ここは海のど真ん中だぞ」
「その、海の上を、です」

 嘘を言っているつもりは微塵もないけど、普通の感覚の人からすると異常な発言であることは自分でもわかっているせいで、苦笑いを浮かべてしまった。
 それがどうやらバカにしているように思われてしまったらしい。ああ、どうしようかな。

「海の上を歩く、だと?」
「おい、お前いい加減にしろよ。バカにしてんのか?」
「いや、そうではなくて…」

 ゾロさんと、くわえタバコの金髪の人が、仲間をかばうように前に出た。そろそろ、誤解を解かなければマズイけど、なんて言えばいいのか…。
 そう悩んでいた時、声を出したのはルフィだった。

「ちょっと待て」

 そう言ったルフィは、なんとも言えない表情だった。
 何かがわからない、そんな微妙な表情で頭を傾けていた。

「海の上を歩く?そりゃ、いや、でもだって顔が違う?」
「ルフィ、お前、何言ってんだ?」
「…なァお前、男、だよな?」

 はっ、として顔を触った。
 そうだそうだ、そうだった。最近はずっとこの姿でいるのが当たり前だったし、この姿でいると馴染んでしまって、変化していたことをすっかり忘れてしまう。

「あ、そうだ、すっかり忘れてて」

 印を結び、解、とつぶやいた。
 突然煙が出て姿が変わったわたしに、各々違う反応を見せている。ただ、ルフィだけは目を見開いていた。

「ルフィ、やっと会えた」

 そう言ったわたしに、ルフィだけが表情を変えた。

「ヨウ!」

 伸びてきた手に、あっという間に引き寄せられ、気づけばルフィの腕の中にいた。

「ずーっと、ずっと待ってたぞ!」
「うん」

 わたしも、いつも、いつだって、この時を待っていた。
 わははと笑いながらぐいぐい締め付けてくるルフィの腕も、そんなに苦しく感じないほどには、わたしも感動で心がいっぱいだった。

「え、ちょっとルフィ!何が起こったのか説明しなさいよ!」
「ヨウって、あのヨウか?」
「クソ野郎が美しいレディになった、だと?!どっちだ!どっちが本当の姿がなんだ?!どうかレディの方であってくれ!」
「というかこいつには危険がないということをまず説明しろ〜!」
「すげェ!今のなんだ?!もっかいやってくれ!」
「ふふ、本当におもしろそうね」

 各々混乱のような声が聞こえてくるので、ちゃんと挨拶せねばと、ルフィの腕を片方だけ外して、一味の皆さんに向き直った。
 ただ、肩をがっしりとルフィに組まれたままな上、腕が二重に巻かれていて、若干首がしまっているのだけど。

「改めまして、初めまして。ヨウと申します」
「みんな、ヨウだぞ!前から言ってたおれ達の仲間だ!」

 前からルフィが説明してくれていたというのは、思いがけずうれしいことだったけど、一体ルフィがわたしのことをどんな風に説明していたのか気になるところだ。

「えっと、どんな風に説明して良いのやらという感じなんですが、ルフィとは十年ほど前から仲間でして、お互いの修行も兼ねて一度別れていました。少し合流が遅くなってしまいましたが、本日からみなさんと一緒に冒険させてください」

 ポカン顔の皆さんに、よろしくお願いしますと頭を軽く下げる。
 ルフィはいや〜久しぶりだな〜!元気だったか?あ、エースと会ったんだって?と一人で騒いでいて、相変わらず人の話を聞かないなあと、変わらぬ姿に笑みをこぼした。

「ってすごい常識的に挨拶された!」
「ルフィが昔っから仲間にしてるっていうから、もっとすごいヤバいやつなんだとばっかり…」
「なんだ!失敬なやつらだな!」

 はは、と笑って、確かに一般的にはおかしな話だよなあと思った。
 ただ、そのおかしな話を寸分の疑いもなくお互い信じていたというのが、わたしにはとても嬉しく感じた。

「最近まで仕事をしていて、そのまま移動してたので元に戻すのをすっかり忘れてしまっていたんですが、これが本来のわたしの姿です」

 少し複雑な状況なので、詳しくは後で説明しますので、そう付け加えてから、

「とりあえず、船尾の方に見えるのがシーモンキーだとすると、今は逃げた方がいいかな〜と」
「「「「早く言え!」」」」
「いやあ、ホント久しぶりだ!ヨウ髪伸びたなー」
「ルフィ!昔話はあとにして!」
「あとでそのコーヒー、淹れてもらえるかしら?」
「はい、喜んで」
「そこの二人もあとにしなさい!」

 わたしの楽しい冒険の旅は、こうして慌ただしくも幕を開けた。

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