12

 昨日の大波から一転、今日の航海は順調だった。
 ナミによれば、大波はシーモンキーのいたずらであって、海自体はそう荒れた海ではないのだと言う。

「もう次の島の気候海域に入ったんじゃないかしら」

 そう付け加えたナミは、肌で空気や気候の変化を感じ取る天賦の才があるのだと、昨日サンジから聞いていた。
 まったく、ルフィはものすごい人たちを着々と仲間にしていたらしい。これもルフィの底知れぬ力なのかもしれない。

「さすが、未来の海賊王。航海士の腕も美しさも天下一」
「いや〜よせってヨウ〜」
「照れるじゃな〜い」

 鼻の下を伸ばしながらくねくねするルフィと頬を両手でおさえるナミを可愛いなあと思いながら、見張り台から様子を伺っているロビンに目を向けた。

「おいロビン、なんか見えるか?」
「島がずっと見えてるわ」
「「おいーっ!言えよそういうことは!」」
「わりと霧が深いわ」

 ロビンの報告を受け、彼女に島を見つけた時の醍醐味について注意するルフィとウソップをマストの下に残し、わたしは船首の横まで移動した。

「どんな島かなあ」

 わたしにとって、この先にあるはずの島が、この一味に加わってからの初上陸島となる。これまで一人でいた時には味わったことのない、わくわくとした気持ちが心を踊らせる。

「ヨウ!見えたか?」
「んーん。ロビンが言ってた通り、霧が深いみたいだよ」

 ナミから前方確認を任されたのだと胸を張る、その姿すら愛らしいチョッパーが隣にやってきたので、一緒に島の方を眺めた。

「なんかいるかなァ」
「んー、この付近は大丈夫だとは思うけど、島はまだわからないなあ」

 わたし達の後ろで、昨日シーモンキーに襲われた時に見かけたおかしな船について話しているみんなの声にも少しだけ耳を傾けながら、チョッパーのこぼした声に返答した。

「なァ、ヨウは気配ってのがわかるんだよな?それってどんな感じなんだ?」
「うーん、なんだろう…。存在感、みたいな感じかな」
「へェ、すげェな〜」

 それにありがとうと返したところで、ルフィとサンジもこちらにやってきた。話にひと段落ついたのだろう。
 わくわくとした気持ちを抑えきれていないルフィにナミが忠告をいれているけれど、たぶんルフィは聞いてないに違いない。
 後ろではウソップが島に入ってはいけない病なるものを発症していて、初めて聞いた病名にくすくす笑っていると、ルフィが隣に並んだ。

「楽しみだな、ヨウ!一緒に行こうな」
「もちろん」

 拳を軽く打ち付けて、ルフィの声に応える。
 ちょっとヨウ!っとナミの声がするけれど、今回ばかりはナミには従えない。なんせ初上陸、初冒険なのだ。ルフィと一緒に行かないという選択肢など、初めからなかった。
 ごめんね、と口パクでナミに伝えると、ため息だけ帰ってきた。


「なんじゃここは!すげー!見渡す限り草原だ…」

 島を取り巻く霧を抜け、眼前に見えた島は、本当に見渡す限りの草原で、何かがあるようには見えなかった。

「あァ、何つう色気のねェ場所だよ」
「人は住んでいるのかしら…」
「動物の気配はあるけど、人はどうかな」

 うおー!大草原だー!と、ルフィとチョッパー、それからさっきまでおもしろい病にかかっていたウソップも、すごい勢いで船を飛び出していくものだから、その様子に思わず吹き出した。

「もーあいつらは…。得体の知れない土地にずかずかと」
「これだけ見えすいてりゃ、危険も何もねェだろ」
「確かに。それじゃ、わたしも行ってくるね」
「ヨウ、あいつらの監督頼むわよ!」

 あんただけが頼りなの!と心からそう言っているだろうナミと、気をつけてね〜と手を振るサンジに了解の意を表明してから、だーっと走って行ってしまった三人の気配がある方へ、ゆったりと足を向けた。

 島には、縦に横にと伸びに伸びきった動物たちが歩いており、それがおもしろくて観察していると、合流に少し時間がかかってしまった。
 ルフィたちは向こうに見える民家らしき建物の辺りにいるようだ。
 というか、上の方に人の気配があるんだけど、どういうことかな?高い位置に、立っている?

「うわあ!ルフィが竹に襲われた!」

 近づくにつれ、なんだか騒いでいる声が聞こえてくる。ウソップの声に従って高い竹のような何かに目を向けると、確かにそれは動いていた。おそらく、それの上には人が乗っている。

「おれが竹に負けるか!」
「あ、ちょっとルフィ」
「“ゴムゴムの……鞭”っ!!」

 まずい、そう思って声をかけたが間に合わなかった。ルフィの足が竹に炸裂して、その長い竹は折れかかっている。

「おーい!」
「よっしゃー!って、ヨウ?!」
「おーヨウ!竹、割ってやった!」
「割ってやったじゃないって!そこどいて」
「「え?」」

 急いで落下地点に到着したわたしは、落下速度を落とすため、垂直に跳ぶ。
 跳んだ先には、やはり人がおり、絶賛、背中から落とされる最中だった。

「大丈夫ですか?」
「え、」
「ちょっとじっとしてて下さいね。それから口を閉じておいて下さい。着地します」

 そのおじいさんに急いで声をかけ、体勢を支えた。頭から落ちてしまったりしたら大変だ。
 まずお互いに反する力が働いたおかげで少しスピードを落とすことに成功したが、あとは落ちる衝撃をどうにかしなければ。
 おじいさんが口をつぐんだことを確認しつつ、足の裏にチャクラを集めた。両手はふさがっているから術は使えない。地面に着く直前、チャクラを放出して着地の衝撃を和らげた。

「ふう」
「ヨウ!大丈夫か?」
「どうしたんだ?!」
「わっ!ヨウが精霊抱えて降りてきた」
「いや、どう考えても精霊じゃないでしょ」
「ということは、妖精か!」
「違う、っていうか精霊と妖精って違うの?」

 竹が割れたのに気づいて駆けつけてきたところで、よく状況がわかっていないチョッパーと、ずっといたのによくわかっていないルフィとウソップ。わたしもなぜこの人があんなことになっていたのかはさっぱりわからないし、それは本人から聞くしかないだろう。
 とりあえず、抱えたままだったおじいさんを、足先からゆっくり降ろした。

「立てますか?」
「あァ、大丈夫じゃ」
「それで、あなたは、」
「勿論覚えているとも、久しぶりだな。元気だったかお前ら」

 なぜあんなところに?というわたしの言葉を遮ったおじいさんの発した言葉に、全員が一時的に停止した。

「え?…誰か知り合いか?」
「おれ知らねェ!」
「おれも」
「わたしも」
「ああ、道理で見た事ねェツラだと思った」
「テキトーだなおい!何者だおっさん!」

 おじいさん、トンジットさんの家に招待されて聞いた話によれば、彼はこの島、ロングリングロングランドに生息する長い竹を使った、世界一長い竹馬に乗っていたのだという。そして乗ったはいいが、怖くて降りられなくなってしまい、なんと十年もの間竹馬の上に居続けたのだとか。なんというか、途方もない話だ。
 このロングリングロングランドという島は、丸い陸が長いリング状に繋がっているの島なのだが、普段は海によって十の島に区切られているのだという。ただ、年に一度だけ、潮が大きく引く日があり、その日の数時間だけ陸続きの本来の姿を取り戻す。トンジットさんが暮らしていた遊牧民族の村は、その日を狙って三年に一度、移住を繰り返していて、トンジットさんはそれに取り残されてしまったというのだ。だからこの家の周りには、人の気配がなかったというわけだ。
 もともとひと続きの島であるため、ログが溜まっても隣の島へ船で移動するのは難しい。彼が竹馬に乗っていた十年を引いたとしても、このままではあと二十年、ずっと一人で待ち続けなければいけない。なんと気の遠くなる話なのだろう。
 せめて荷を引くことができるウ〜〜〜マという大きな、とても美しい馬がいれば、もう少し早く合流できるらしいが。

「あれ?もしかしてウ〜〜〜マって馬か?」
「ん?あ、そうか!馬か。馬ならいたな!」
「え?そうなの?」

 家の裏手にいたシェリーという馬は、話の通り美しい馬だった。彼らは、本当に、心の底から再会を喜んでいるように見えた。
 彼女はトンジットさんの帰りを、村が移動してからも、来る日も来る日も、ずっと待ち続けていたらしい。竹馬の上に十年もいなければならなかったトンジットさんも寂しかったろうが、どこに行ったのかもわからない主人を、自分だけで待ち続けた彼女も、それはそれは寂しかったろう。

「とっても幸せそう」
「きっと竹馬のおっさんが大好きなんだ」
「そうだね」

 おれも乗りてェと言いながら笑うルフィに、わたしも乗せてもらおうかなと返しながら、本当に楽しそうな二人の様子をみんなで眺める。
 そんな中、麦わらの一味とは違う、人の気配がこちらに近づいているのに気付き、そちらに目を向けた。

「ん?」
「なんだ?ヨウ」

 パアーン!
 響いた銃声に立ち上がる。
 人の気配がある方からの発砲だ。どう考えたって、そいつらの仕業に違いない。
 チョッパーとウソップは、倒れたシェリーの元へと向かっている。そちらは彼らに任せ、わたしとルフィは耳障りな笑い声の元凶に目を向けた。

「フェッフェッフェッ!その馬はおれが仕留めたんだ!おれのもんだ!さわるんじゃねェ!」
「そーよそーよ!その馬はオヤビンのものよ!」

 今すぐにどうにかしてやりたい衝動を抑え、すっと目を細める。隣でルフィが我慢してるのに、わたしが先に手を出すわけにはいかない。

「……!お前ら誰だァ!!」

 怒りに震えるルフィに対し、あんなことをしておいて飄々とした態度をとっていることに腹が立つ。ああいうの、本当に嫌いだ。

「このおれが誰かって?この顔を知らねェとは言わせねェ!」
「お前の顔なんか知るか!ぶっ飛ばしてやる!」
「とりあえずその気持ち悪い笑い方やめてください。気持ち悪いから」

 そんなわたしたちの声に、変な笑い声の主は明らさまに落ち込んだ。知るか。
 が、落ち込んだ割に、隣の美人に慰められて早々と復活している。やはり美人の力は偉大か。
 ただ、ナミやロビンとは違って、内面の美しさは足りないようだが。

「おれの名はフォクシー!欲しい物は全て手に入れる男!
バカ者共め!馬の一頭くらい放っておけ。動物狩りなど余興にすぎん」

 こいつ!

 思わず短刀に手を伸ばしかけたが、技のモーションを始めていたルフィに気付き手を止めた。

「待て!麦わらのルフィ!」

 が、ルフィも名指しで呼ばれたことに驚いて攻撃をやめる。なんなんだ、この割れ頭。

「え?!ーー何でおれの名前!」
「知っているとも!調べはついついる!」
「懸賞金一億ベリー“モンキー・D・ルフィ”。六千万ベリー“ロロノア・ゾロ”。たった七人の少数一味でトータルバウンディ一億六千万とはちょっとしたものね!」

 ロビンの懸賞金も入ってないところを見るに調べは甘そうだが、確かに何もなくて話しかけてきたわけではなさそうだ。
 とにかく嫌いだから、できればこれ以上関わりたくはないけれど、そうもいかないだろう。

「七人じゃねえ!八人だ!」
「ん?まァ、人数なんかどーでもいい。我々フォクシー海賊団、麦わらの一味に対し!オーソドックスルールによる“スリーコイン”『デービーバックファイト』を申し入れる!」

 デービーバックファイト、その単語にピンと来た。昨日見かけた船の件もある。きっと、あれもそうだったんだろう。
 …もうここまで来てしまったら、もう受ける他ない、か。今さらルフィも引くような人じゃない。

「何をゴチャゴチャ言ってんだ!さっさとかかって来い!勝負なら受けてやる!」
「おいルフィ!そのゲーム…ダメだ!仲間を失うぞ!」

 ウソップも、このゲームのことに気づいたのだろう。ウソップの言いたいこともわかるけど、きっと、もう。

「何だよ、ウソップ!」
「ウソップ、もう遅いと思うよ」
「な、ヨウ!お前もわかってんだったら、」
「もう、引くに引けないでしょう。男が、一度受けると言ったんだから」
「無駄に男前かよ!」
「フェッフェッフェッ!その女の言う通りだ。それともなにか…?男に二言があるのかい」
「ねェ〜〜〜っ!」

 乗せられてんじゃねェ!とツッコミを入れるウソップの肩に手を置いて、頭を軽く左右に振った。

「ほらウソップ、もう無理だって。だからトンジットさんも、その銃は降ろして、わたし達に任せて」
「え?!」
「確か開戦の合図は、船長同士が銃を撃つこと、だったかな。だからそれをルフィに貸して。あなたが手を汚す必要はない」

 彼の気持ちはわかる。わかるが、ダメだ。
 ゆっくり近づいて、銃を震える手から引き抜いた。

「娘さん…」
「フェーッフェッフェッ!お前が何者かは知らねェが、おれァお前みたいなやつ好きだぜ?」
「わたしはとても嫌いなので話しかけないでください」
「がーん」

 また落ち込んでいる名前も覚える気が出ない向こうの船長は華麗に無視し、我が船長に銃を手渡した。

「ルフィ」
「あァ」

 向こうの立ち直りの早い船長も、気づけば銃を構えていて、二つの発砲音が空に響いた。
 ついに頭を抱えてしまったウソップを慰めつつ、事の行方を見守る。もう後は、先へ進むだけだ。

「――これで正式に勝負を受けた事になるぜ!」
「ああ!お前ぶっ飛ばしてやるからな」
「フェフェ!できるといいな!」
「やるさ。この割れ頭!」

 相変わらず落ち込む相手船長を尻目に、トンジットさんとシェリーの元へ向かった。

「チョッパー、シェリーは大丈夫?」
「あァ、弾は取れたから、あとはきちんと手当すれば大丈夫だ」
「そっか。さすがチョッパー、腕が良い」
「別に、嬉しくねェぞ!コノヤロ〜」
「ふふ」

 やはりこんな時でもチョッパーは可愛い。
 そんなことを考えていると、トンジットさんの視線に気づき顔を向けた。

「娘さん、本当にすまないな…」
「いいえ。あとはルフィに任せておけば、万事オーケーですから。海賊のことは海賊に任せて、しっかりシェリーと休んでいてください。なんだかんだ言って、あなたも疲れているでしょう」
「ありがとう」

 トンジットさんに笑って返事をすると、最後の足掻きでウソップがルフィに言い募っているのが聞こえた。

「ルフィ!確かに馬やおっさんの気持ちを考えると腹は立つが…」
「その気持ちをぶつけてやれ!」
「ヒヒン」
「お前ら立ち直り早すぎだぞ!」
「任せろ!」
「ははっ」

 そう素晴らしい内容ではないだろう決して負けられぬ戦いが、こうして始まった。

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