13

 ゲーム慣れしているフォクシー海賊団は、あっという間に会場の準備を整え、まるで祭でも行われているかのような、いや、彼らにとっては祭のようなものなのかもしれないけど、盛り上がりを見せている。
 まさか屋台まで出るとは思わなかったけど、せっかくならわたしも何かしら食べたいところだ。

「ねェ!ちょっとヨウ!あんた話聞いてんの?!」
「うん、聞いてるよ」
「もう!何でルフィを止めてくれなかったのよ〜」

 頭を抱えてしまったナミにごめんねと返すと、素直に謝られると文句言いにくいじゃないと余計に落ち込ませてしまった。シェリーのことがなければ、わたしもそれなりには助言できたと思うんだけどね。
 向こうは向こうで、オープニングセレモニーのようなことまでやっており、今は敗戦の三ヶ条なるものを声高々に述べている。

 一つ、“デービーバックファイトによって奪われた仲間・印、全てのものは、デービーバックファイトによる奪回の他認められない”
 一つ、“勝者に選ばれ引き渡された者は、速やかに敵船の船長に忠誠を誓うものとする”
 一つ、“奪われた印は二度とかかげる事を許されない”

 海賊のゲームなのだから仕方ない。そう言ってしまえばそうなのだろうが、とは言えわたしがやっと合流できた麦わらの一味の像とは少しも一致するところはないように思えて、あまり良い気はしなかった。

「ヨウがいれば大丈夫だって信じてたのに〜」
「おめェまだウジウジ言ってんのか」
「先手打たれちゃったからなあ。それで引いたら男が廃るでしょ?」
「ヨウは女でしょー!」
「お前ェ、案外良い心意気してるよな」
「ナミさんわたあめ売ってたよ♥」
「あ、サンジ、たこ焼きは売ってなかった?」
「あ〜たぶんあったんじゃねェかな。買ってくるよ!」
「あ、大丈夫大丈夫、自分で行くから。みんなのもなにか買ってこようか?」
「じゃあ酒」
「何か飲み物があればお願いしようかしら」
「オーケー」
「あんた達、なんで平然としてられるわけ?」

 舞台の上で、ルフィが焼きそばを食べながら宣誓しているのに少し笑いながら、まだ落ち込んだ様子のナミにも飲み物買ってくるねと言い残して屋台に向かった。


 少し多めのたこ焼きと、見繕った飲み物を持って戻ると、もう選手登録が終わっていた。
 第一回戦のドーナツレースはウソップ・ナミ・ロビン、第二回戦のグロッキーリングはゾロ・サンジ・わたし、第三回戦のコンバットはルフィ。
 出場人数に制限がある関係で、今回の出場は医者であるチョッパーが見合わせとなったらしい。まあ、概ねロビンの一存だということだけど。
 とは言えさすが頭脳派のロビンだけあって、なんだかんだで適材適所な感じもする。
 もう第一回戦が始まるため、出場の三人はもう海上にいた。

「ルフィ、たこ焼き食べるでしょ?ゾロにはお酒。つまみが欲しかったら、多めに買ってきたからたこ焼きつまんでいいよ」
「サンキュー!」
「あァ、もらう」
「サンジとチョッパーもどう?たこ焼き」
「いいのか?」
「ヨウの優しさにクラクラだ〜」

 女性陣の飲み物と、ウソップにも買っておいたたこ焼きは渡せなかったから、あとで渡すことにしよう。
 盛り上がる割れ頭御一行。きっちり実況までつけているあたり、このゲームの盛り上げに関する徹底ぶりは、ある意味すごいと言える。
 たこ焼きをつまみながら海上を見ると、向こうの船員は割れ頭の横にいた美人と、魚人にサメ。ってか、サメはいいのか?それから視線をずらすと、我らが麦わらの一味の三人が乗る船に目が行った。

「あの船、というか樽、ウソップが作ったの?」
「ああ。あいつ、おれは船大工じゃねェってボヤいてたぜ」
「大丈夫かな〜、あの船。おれ心配だ…」
「大丈夫だって。おれも初めての航海の時、樽で大渦にのまれたけど平気だったしな」
「それで大丈夫なの、ルフィくらいだと思うよ…」
「まァ、ルフィのことはともかく、航海士のナミさんもいるし、頭切れるロビンちゃんも一緒だ。どうにかなるさ」
「勝てよ〜おめェら〜!」

 まあ、サンジの言う通りだろう。あの三人なら、何もなければ大丈夫。
 何はともあれ、そろそろ始まりそうだ。

『ここで一発、ルール説明!この海に浮かぶロングリングロングランドを一周せよ!
 なお、銃・大砲・爆薬・カトラス、凶器は何でもオーケーだァ!卑怯だ何だと抜かした奴ァ――海賊の恥と知れ!』

 思わず溜め息が出た。どこからどこまでも、ザ・海賊だ。
 というか、わたしにはそんな勝ち方をして何が嬉しいのかわからない。一体何の誇りが守れるというのか。
 …まあ、彼らには彼らなりの美学があるのだろう。わかりたくもないけど。

「恥、ねえ」
「レースになるのか?」
「おうコラウソップ!レディ達に何かあったら、てめェオロすぞ!」
「負けんな〜〜!ウソップ、ナミ、ロビン〜!」
「わくわくしてきたぞ……!」

 実況が迷子防止だと投げ渡した永久指針エターナルポースのことを考えても、始まると同時に、陸側からも妨害行為が始まるということなのだろう。
 これはのんびりたこ焼きをつついている場合でもないか、と残りを口に放り込んだ。

『位置について!レディ〜〜〜〜〜イっ、ドーーナツ!』

 レースの開始を告げる声が空に響くや否や、相手方の銃や大砲での邪魔も始まって、船が動く前にナミ達が飛ばされてしまった。向こうはゲームに慣れている辺り、こちらの方が少し不利。妨害行為などやりたくはないけど、こちらも何かした方がいいのかも。
 と、そこまで考えたところで彼らの頭上に大きな影が浮いているのを見て、軽く舌打ちをした。あれを手漕ぎで避けるのは厳しい、か。

「うわっ!あれなんだ?!」
「なんだって、ありゃ岩だろ」
「おーいお前ら!急いで逃げろっ!」
「岩ァ?!」

 間に合わないなら吹き飛ばすまで!
 練り合わせたチャクラを風に変え、胸の前で合わせた両手を岩に向かって突き出す。

「“風遁ふうとん烈風掌れっぷうしょう"…!」

 突き出した両手のひらから勢いよく放出された突風が、岩を遠ざけるように押し出し、彼女達の船の向こう側に沈没した。
 岩を粉砕して女性陣の顔に傷を作ることにならないようにチャクラの量を調整したのだけど、成功のようだ。

「すげェ!今のヨウがやったのか?!かっこいいな〜」
「うっほ〜!さすがヨウだな」
「ほう。今のが忍術か」

 その声に振り返ると、三人の向こう側でサンジが相手方に全力で報復している姿が見えた。さすが、レディのための力は惜しまない彼らしい。向こうはこのままサンジに任せておけばよさそうだ。
 それはともかく、足技が得意だということは昨日なんとなく聞いていたが、あの力を自身の脚力だけでまかなっているというのが驚きだ。
 海上でも、ウソップの狙撃とロビンの能力が相手方に決まっており、相手方に引けは取らない戦況に見えた。

「ナミ達、とりあえずは大丈夫そうかな」
「だな!よっしゃ、行けーおめェら!」
「がんばれよーっ!」

 あとは、あの気持ち悪い笑顔が引っ込まない、向こうの船長の様子だけ伺っておけばいいだろう。
 周りが海に釘づけの内にと、“影分身の術”で実体のある分身を作り、かつ本体のわたしは“変化の術”で姿を適当に変えた。

「じゃあ、こっちはよろしく」
「うん」

 この場を影に任せて気配を消し、仲間の背に乗ってこの場を離れようとする割れ頭を静かに追った。

 割れ頭はナミ達の先回りをし、妨害をしようと企んでいた。
 やつは煙幕を放ったり、嘘の指示板を出したり、妙な演技で気を引こうとしたり、嘘のゴールを置いたりと、実に下らない邪魔を繰り出していた。確かに文字通り、邪魔は邪魔だろうが、わたしが何かするほどのことでもなかった。というか、元々のコースを越えて行く方が余程難しい。

 レースは終盤に差し掛かり、このまま何もなければナミ達の勝ちだ、というところまで来ていた。もうゴールも、仲間達の姿も目視で確認できる距離まできている。
 ただ、この割れ頭、本当にもう何もしないのだろうか。最初がどれだけの人数だったのかは知らないが、結果的にあれだけの船員を集めるだけの手練にも関わらず、このまま簡単に勝ちを渡すのだろうか。
 ただのバカならいいけれど、何か、秘策のようなものがあるのだとするならタチが悪い。

「奴らの横につけろ!このままじゃウチが負けちまうぞ!」
「ヘエ、オヤビン!」

 横につけろ?横につけて何する気なんだ。
 一抹の不安が拭えず、わたしは割れ頭との距離を気持ち詰めた。

「おい!おめェら!てこずらせてくれたな!」
「…ヤバイっ!」

 ナミ達の船の横に近づいてそう叫ぶ割れ頭が、手をナミ達の方に向けるのを見た。

「“ノロノロビー”っぶぼばっ!」

 とにかく、“何か”を阻止しなければならない。でもこの場から、何が起きるかもわからない何かを阻止して海上のナミ達を守る方法は限られる。それは、術者を攻撃して技を阻止すること。
 そう判断し、最大限の力で割れ頭の胴体に蹴りを叩き込んだ。
 乗っていた仲間の背からは吹き飛んだけど、間に合った、か?

「オヤビーーん?!」
「うわ、何があったんだ?!」
「誰だあいつ?!」

 ナミ達の方に急いで目を向けると、見た目には攻撃を受けたようには見えなかった。ただ、その違和感は確かにそこに存在した。

「…くっ、間に合わなかった!」

 周りは、突然湧いて出たわたしにざわついているようだったが、海上のレース展開に影響を与えることは、できなかった。

『勝者!キューティワゴン号!!
 オヤビンは蹴り飛ばされたものの、デービーバックファイト一回戦“ドーナツレース”を制したのは!我らがアイドルポルチェちゃ〜〜〜ん!』
「いやん♥ありがとうみんな!」

 実況の言葉通り、勝者は相手方だった。
 ナミ達の船はゴール間近で、まるでそこだけ切り取ったかのようにゆっくりとした動きになってしまい、その横を相手の船が抜いていったのだ。
 十中八九、あの割れ頭があの時に何かしたのだ。もう一瞬先に動けていれば防げた事態に、イライラが募る。

「オヤビンが蹴り飛ばされた時はどうなるかと思ったけど、これでまずは船員一人いただきだぜェ!」
「…な……」
「おいお前ら〜〜!」

 とにかく、もう終わってしまったことなのだ。もうやり直せない。
 イライラを吐き出すように溜め息をつき、仲間の元で変化も影分身も、術を解いた。

「あ?ヨウ?今あの割れ頭蹴ったのお前か?」
「うん。…ごめん、せっかくあいつ見張ってたのに、重要なとこで間に合わなかった」
「ヨウは悪くないさ。今、一体何があったんだい?寸前までナミさん達が勝ってたのに…」
「いや、わたしにも何が起きたのかはさっぱりわからなくって。ただ、あいつが何がしようとしてるって思ったから、技を出すのを止められる可能性に賭けて蹴り飛ばしたんだけど、一瞬間に合わなかったみたい」

 そうして、船の上で呆然としている三人に視線が向く。彼らは止まっていた時間が動き出したかのように、顔をこちらに向けた。

「おい…!おれ達負けたのか?!」
「勝ったと思ったらお前ら急にノロくなって…!抜かれちまったぞ?!」
「――ええ、勝ったと思った瞬間…あの男の手から光を浴びて…、私達とその周りの全ての動きが遅くなった。船も、波も…」
「全て元通りになった時にはもう…敵はゴールに…」

 三人を陸に引き上げながら、話を聞く。やはり、あいつの手から出た何かが原因だ。
 その何かによるケガがないことを確認して、あいつの方を向いた。
 割と強めに蹴り飛ばしてやったというのに、勝った余韻もあってか、もうピンピンとしていたのが余計に癇に障った。

「あいつ何したんだ?!」
「フェ〜〜ッフェッフェッ…何も不思議がる事ァねェよ。その原因は“ノロマ光子”!」
「おいてめェ、ナミさん達に何しやがったんだ!」
「“ノロマ光子”だと…?」

 端的に言うと、その光子に触れたすべてのものがノロくなる、ということだった。それは生物だろうと気体だろうとその状態は問わず、それが持っていたエネルギーもそのままに、約三十秒間、速度だけを失う。
 つまり、わたしが蹴り飛ばす前にすでに放出されていたその光子が、ナミ達を海や空気ごと動けなくさせた原因だった。

「あんなのでレースを妨害されたら…!」
「こいつらのこのゲームへの妙な自信の根源はコレか…!」
「さすが悪魔の実。わたしが言うのもなんだけど、おかしな能力があるものだね」
「とにかくお前達!わかったでしょ?お前達は負けたのよ!」
「第一回戦“ドーナツレース”!おれ達の勝ちだ!」

 その割れ頭の声に、改めて周囲が歓喜に沸いた。が、わたしにはその声は少しも届かず、ただただ、腹の底が冷えていくようだった。
 わたし達はこのゲームに負けた。つまり、誰か、仲間を欠くことになる。それが例え一時的にせよ、だ。
 ゲームを受けた時点でそれなりの覚悟はしていたとしても、どうしたって良い気分になどなれるはずもない。
 そんなこちらの気持ちなどにあちらが構うことはもちろんあるはずもなく、実況担当が嬉々として進行を続けた。

『さァさァ!では待望の戦利品!相手方の船員一名、指名してもらうよ!
 オヤビン!どうぞ〜〜〜〜〜っ!』

 見定めるような視線が、わたし達を確認するように移動し、そして止まった。

「まずは一人目…おれが欲しいのは……」

 目は、逸らさなかった。

「お前だ、ヨウ!」

 ああ、次の試合には、出られないらしい。
 仲間達が息を飲む中、もう何度目かもわからないため息をついた。

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