“戦利品”の発表を聞いてドッと沸いた自らの船員達の声を背に、割れ頭はにやにやとした笑みを浮かべてこちらを見ていて、それに少し眉をひそめた。 仲間を奪うというこの瞬間すら、彼らにとってはゲームの一環なんだろう。正直気分は悪かった。 「でも、何であいつなんですか?オヤビン」 「そうよねェ。私としてはあのぬいぐるみちゃんの方がいいわ♥」 雰囲気による盛り上がりから一転、少し冷静になったらしい船員が選考理由を問う。 まあ確かに、わたしは特に航海に必要な人材でもない。 実際、ナミならキュート美女で航海士としての腕も一流だし、ロビンはクール美人で考古学者としての知識は素晴らしい。ルフィは船長だから初戦では選ばないのかもしれないけれど、ゾロは懸賞金もかかっていて戦闘の腕は折り紙付きだし、サンジはコックとしても超一流な上に強い。チョッパーはもふもふで可愛い上に医者で、ウソップだって狙撃とツッコミの腕前は最高だ。神がかっている。 にも関わらず、辛勝してつかんた権利で選んだのが、懸賞金もかかっていない、そもそも初めは人数にも数えられていなかった一戦闘員のわたしでは、彼らが不思議に思うのもうなずける。 そんな疑問に答えるため、まるでパフォーマンスかのように指をわたしに向けた。 「フェ〜〜ッフェッフェッ!なんであいつなのかって?!そりゃァあいつが、このおれを蹴り飛ばしたからだ!」 「え?あいつが?」 「そうなのか?」 「おれは知らん」 「蹴ったのって、男じゃなかったか?」 「おめェらは気づかなかったかもしれねェが、あれはあいつの変装だぜ?」 正しくは“変化”だが。とにかく、あの状況で変化を解いたのは迂闊だったかな。 「あいつはおれが何をするかわかってなかったのにも関わらず、ノロノロビームが危険だと察知して、どこからともなく現れてこのおれを蹴り飛ばしやがったんだ。そんな危険なやつ、敵に置いとくバカがどこにいる!」 「うお〜、さすがオヤビン!すげェ策略巡らしてた!」 「なら仕方ないわねェ」 おや?ああいうやつは能力に胡座をかいていると踏んでいたんだけど、案外ゲームの行方を見ているのかも…。顔に似合わず、ただのバカ、というわけではなかったか。 思いの外きちんとした選考理由を述べて、底辺だった株をすこーしだけ上げた相手方の船長は、まだ終わっていないとばかりにちっちっと指を振った。 「それに、」 「それに?」 「ヨウのおれを見る冷たい目、嫌いじゃねェぜ?」 「「「ドエム〜?!」」」 …やっぱり、ただの気持ち悪いバカだった。最早株は根から腐ったわクソが。 そんなわたし達の冷えた視線をもろともせず、また変な笑い声を上げながら両手を広げてこちらを見た。 「よーしおめェら!ヨウを連れてこい!」 「おー!」 「早くこっちへ来い〜っ!」 「そんな…!ヨウーーー!!」 自分達の中で話がまとまった途端、こちらのことなどお構いなしにわたしを連れて行こうとする彼ら。これも海賊かゲームの決まりだとでも言うのか。海賊なら従えと? …そんなこと、知るか。関係ない。海賊だろうとなんだろうと、わたしはわたしだ。わたしを動かすのはわたしと仲間達の意思のみ。 「ヨウー!」 「おい!クソ汚い手でヨウに触るな!」 「あいつドエムだったなんて、気持ち悪いのは顔だけじゃないのね!」 「そうね、本当に気持ちが悪いわ」 「言ってる場合かおめェら!こりゃシャレじゃねェんだぞ!仲間取られたんだ!」 「…まあ、まだ行ってないんだけどさ」 そうみんなの背後から声をかけたわたしを振り返ったのは、仲間だけではなかった。 「あれ〜?!なんで木になってんだ?!」 「ちゃんと連れてきたはずだったのに!」 「おいヨウ!お前はもうおれのものになったんだ!大人しくこちらに来て忠誠を誓え!」 さっき、腕を掴まれる直前に近くに落ちていた枯れ木と“変わり身の術”ですりかわっておいたのだ。あれだけごちゃごちゃとしていれば、それに紛れて入れ替わるのはそう難しいことではない。 おいもう一回だ!連れて来い!と騒ぐ声を黙らせるため、割れ頭の目を見据えて口を開く。 「わかってます。手出しは必要ない、ということです」 「ほう?」 わたしの言葉におかしそうに口の端を持ち上げた割れ頭は、なら別れの挨拶は短めにな、と偉そうにのたまって自分の船員達を静かにさせて傍観の態勢をとった。 何かと勘にさわるが、わたしが仲間達と言葉を交わすための時間はもらえたらしい。 「まったく、自分勝手な人達だな…。あ、そうだ、ナミとロビンの分の飲み物と、ウソップのたこ焼き、あそこに置いてあるからね」 「ヨウ…」 「氷溶けちゃってるかも」 「…ごめん!ごめんヨウ!おれ達が負けたばっかりに…っ」 何かを耐え切れなくなったように、ウソップがそう叫んだ。でも断じて、ウソップが悪いわけではない。そう伝えたくて、できるだけ優しく笑って肩に手を置いた。 「ウソップ、それは違うよ。確かにゲームには負けたかもしれないけど、これはチーム戦だよ?だからこれは、一味全員で負けたっていうこと。ほら、わたしも妨害失敗したしね?ウソップ達は全力でレースに臨んでくれたんだから、そんな風に責任を感じることなんか少しもないよ」 「でも、」 「大丈夫大丈夫。ほら、チョッパーも、泣かないで」 「だって…だってヨウは!ずっと昔からルフィと一緒に海賊やるの楽しみにしてたんだろ?メリーに来てからずーっと、ヨウは本当に楽しそうに笑ってたのに!こんなのって…、こんなのはダメだ!」 そう言いながら駆け寄ってきたチョッパーの頭を優しくなでた。わたしの気持ちをとても大切に想ってくれている彼に、胸が少し熱くなる。 「ありがとう、チョッパー」 「おれだって、おれだって…っ!」 「チョッパー、もうやめろ」 一人、仲間の輪から離れて酒瓶を煽っていたゾロが、チョッパーの言葉を制した。その声は決して大きくはなかったけれど芯のある通る声で、ざわついていたその周りも水を打ったように静かになった。 「誰だって覚悟決めて海に出てんだ。その海でどうなろうとてめェの責任。…その覚悟を、ヨウの覚悟をお前が汚すんじゃねェ」 「……!」 「お前も男だろ。フンドシ締めて、勝負を黙って見届けろ!」 男らしいその言葉に、心打たれるものがあったのだろう。チョッパーも、その様子を見ていたウソップも、共に凛々しい表情になった。 よし、と頷いた彼は、その男気で敵をも沸かせた声援を背に、次のゲームコートへと進んでいった。 「男らしいなあ、ゾロは」 遠回しだけど、このゲームは獲ってくるから黙って見てろ、ということなのだと思う。ふふ、っと少し笑ってその背中を見送った。 「…まァ、囚われのプリンセスを助けるなんて、おれのために与えられたような役目だな」 「サンジくん…」 「すーぐ終わらせてくるから、待っててねヨウ♥」 「うん、ありがとう」 タバコに火をつけながら、ウインクも忘れずにコートへ歩き出した騎士さんに、わたしも笑顔を返す。あの二人に任せておけば、もう何も心配することはなさそうだ。 さあ、さっさと試合を始めてもらうためにも、わたしはそろそろ向こうに行くか。 「ねえ、チョッパー」 「ヨウ?」 「ゾロが思ってるほどわたしは男気溢れる人間でもないみたいで、あの人達と海を渡る覚悟はこれっぽっちもできてないんだよねえ。だからわたしは、これからもみんなと航海を続けられるって思ってるから」 「…うん!うんっ、そうだなっ!」 「ふふ。じゃあルフィ、みんな、ちょっと行ってくるね」 そう笑ってから仲間達に背を向け、踏み出そうとしたところに声が掛かった。 それは他でもない、わたしが海に出た理由の人。 「ヨウ」 「ん?」 「大丈夫だぞ」 「…うん」 その言葉に、静かに、穏やかに頷いた。 何が大丈夫なのかとかそういうことじゃなくて、ただただ、少しだけ揺れていた心はその一言で凪いだ。 今度こそ振り返らず、まっすぐ壇上へと進むと、そこにいた彼は今やっと気づいたかのような大げさな振る舞いでわたしに向き直ってきた。 「おう、やっと来たか!我が仲間のヨウよ!」 「はい、ルールですので」 「フェーッフェッフェ!違いねェ!さァ、おれのことはオヤビンと呼べ」 「おそろいのマスクもね〜、ヨウ♥」 「…わかりました」 変なマスクをつけると、相手方の、ああ、今はわたしはこちら側になってしまったのか、まあ、その人達がよろしくな〜と声をかけてきたので苦笑いを返しておいた。 ゲームで出入りが激しいせいか、無駄にフレンドリーというか、軽いというか。 「さあ、“オヤビン”さん。さっさと初めてください、次の試合」 「進行は実況のイトミミズに一任してる。そう焦らずともすぐに始まるさ、フェフェフェッ」 「…そうですか」 そちらに目を向けると、確かに、ずっと空からゲームを実況していた彼がそのまま進行役もこなしているとわかった。彼は今、わたしが抜けてしまっても選手補充は認められないため、ゾロとサンジは二人で次の試合に出場しなければならない、という旨を話していた。 もしやこの“オヤビン”は、それも加味してわたしを選んだのだろうか。だとすれば、徹底した嫌がらせの姿勢である。 「おいヨウ、おれ達はゲームの観戦に行くが、」 「わたしはここで結構です」 最後まで言ってないのにと落ち込む“オヤビン”を横目に、それを慰めようとする女性、確か名前はポルチェさんだったかな、の頬にできた、真新しい傷が目に付いた。 最早驚きもしないが、すでに落ち込みから回復してコートへと足を向けていた“オヤビン”に気づかれないように、彼に続こうとしていた彼女の手を引き止める。 「ヨウ?」 「ここの傷、どうしたの?」 「あら、ホントねェ。たぶんさっきの試合の時に着いちゃったのかしら?」 放っておけばそのうち治るわと、彼女は笑う。 まあ確かに、そう言ってしまえばその通りだ。命に関わるわけでもないし、彼女もわたしも海賊で、今さら傷の一つや二つ、痕が残ったところでそれは仕方のないことだろう。それが顔であったとしたって。 …それにこの術は万能でもないし、得意分野でもないのに、心も許していない相手にそうやすやすと使うべきではない。そう、それはそうだ。わかってはいる。 でも…だからって、目の前に治せる傷があるのに、気づいてしまったのに、それを無視するなんてことわたしにはできなかった。 指先に慎重にチャクラをため、動かないように言ってからその指を彼女の頬の傷にのせて、ゆっくりとなぞる。と、傷はキレイに塞がっていた。うん、成功してよかった。 「これ、内緒にしてくれる?」 「え?あれ?なんで…」 彼女は自分では見えていないはずだけど、傷が塞がったことはわかったらしく、目を白黒させてわたしを見た。 その表情が今までよりも幼い印象で、かわいいなと少し笑う。 「ふふ。これのことは詳しくは教えられないけど、わたしは小さな傷を塞ぐくらいならできるんだ」 医療忍術の一種で、チャクラで細胞分裂を活性化させて傷の治りを極端に向上させる術だ。彼は医療忍者ではなかったし、わたしも医療忍術はそう得意分野ではないようだったからあまり鍛えることもしなかった。だから大きな怪我には役に立たないけど、これくらいの小さな切り傷を治すことくらいならできなくはない。 「海賊にとっては顔の傷も勲章なのかもしれないけど、でもあなたは女性だから。せっかくキレイなのに、傷はないに越したことはないと思ったんだけど……ええっと、余計だった、かな?」 そう言えば、彼女の意思も確認せず勝手にやってしまったということを思い出して、急に言葉に詰まってしまう。 そんなわたしの様子をぽかんと見つめていた彼女は、楽しそうに口元を緩めた。 「いいえ、そんなことないわ♥」 「そう?なら良かった」 「ふふふっ、おもしろい人ねヨウって。ありがとっ」 そう言いながら笑う彼女の表情はとても自然で優しく、今まで見た中で一番美しい気がした。 こんな状況じゃなければもっと楽しい付き合いができたかもしれないのにと、そんな意味もないことを口には出さずに考えた。 |