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 二回戦の“グロッキーリング”とは、簡単に言えば“球”をリングに入れるゲームらしい。コートは二つのフィールドに分かれていて、それぞれにゴールリングがあり、敵の"球"を敵陣のリングに叩き込んだ方の勝ち。まあ、ルールとしては単純なゲームだ。
 ただし、海賊のゲームなだけあってそう簡単な話でもなくて、その“球”というのはボールではなく、“球”役として出場選手の中から一人、その役目を果たさねばならない。つまり、敵の“球”役を敵陣のゴールリングに入れることが勝負を決する条件なわけだ。
 なるほど、海賊のゲームらしいと言える。スポーツの試合でなどなく、あくまでもゲームなのだ、これは。

「ウチの出場選手はハンバーグとピクルスにビッグパンよ♥あの三人はグロッキーリングでは負けなしなの。通称“グロッキーモンスターズ”」
「へえ。あのボールマンがビッグパン?彼随分大きいけど巨人族とか?」
「巨人族は巨人族なんだけど、彼は巨人と魚人のハーフで“魚巨人ウォータン”っていうのよ」
魚巨人ウォータンか。初めて聞いたなあ」
「…おめェら、いつの間にそんな馴染んだんだァ?」
「ふふふ、それはオヤビンにも内緒なのよ♥ねー、ヨウ」
「そう、女同士の秘密だからね」

 ガッチリとポルチェさんに左腕をホールドされながらそう答えると、“オヤビン”はおれが船長なのにと落ち込んだ。いや、落ち込んだ、と表現するだけ無駄な回復力だからもう何も思わない。
 ただ、ポルチェさんは律儀に少し言い過ぎたかしらと動揺してあげているので、そんなことないよと返しておいた。

「フェッフェッフェッどんなに応援してもム〜ダだぜェ。ウチのチームはグロッキーリングのエキスパートだからな!」
「何か用か割れ頭」
「また言った……」
「いやんオヤビン!ちょっと麦わらっ!やめなさいよ」

 先の件でポルチェさんとは少し仲良くなり、彼女に引き連れられる形で観戦位置についていた“オヤビン”の横に来ていた。
 ルフィ達と観戦できないのなら騒ぎの中にいてもおもしろくはないし、壇上の方が落ち着いて観戦できて良いと思っていたんだけど、彼女の腕を振り払うなんて“オヤビン”ならともかくできそうにない。
 ルフィ達ともそう離れていないこの位置で、“オヤビン”達と言い合いをしているのを黙って見ているというのは、気分としては少し微妙なのだけど。

「まァこのゲーム、妨害する必要もなさそうなんでよう、おれも観戦しようってんだ。文句あるか」
「このゲームも妨害アリなの?!」
「ばかめ!どのゲームもアリアリだ!だが…味方の選手にも何してでも勝ちてェって奴もいりゃあ、堂々と勝負にこだわる奴もいるだろ。お邪魔はノリ次第だ」

 そう言ってはいるけど、おそらくそれだけ彼ら、グロッキーモンスターズの力に自信があるということなんだろう。彼らが負けるはずはない、だから邪魔は必要ない、と。
 まあ、その見解が正しいかどうかは別として。

「だいたい何だ、おめェらのあのチーム、チームですらありゃしねェ!」
「言ってなさい。試合が始まればあいつらだってちゃんと…!」

 そう言ったナミに導かれるようにコートへ目を向けると、未だにボールマンをどちらがやるかでハードなケンカをしている二人が目に入る。
 らしいなあと思ったけれど、あまり笑う状況でもないので我慢した。

「まだ決めてないの、あいつら…」
「あのケンカの絶えない二人でも、何でも屋さんなら上手に緩衝役をこなせるだろうから最高のパフォーマンスが期待できるはずだったのだけれど、残念だわ」
「こりゃヨウを引き抜いておいて正解だったな!フェッフェッフェッ」

 “オヤビン”の言葉に腹が立ったからか、この状況に呆れてなのかはわからないけれど、ナミがした進言で快くサンジがボールマンを引き受けたことで、事態はまとまったらしい。
 いや、グロッキーモンスターズはなぜか勝手に楽しそうにしているし、愛刀を試合には持ち込めないからと気持ち軽装なゾロと頭に球印を乗せたサンジが再びケンカを始めていて、事態がまとまったというには語弊がある気もする。
 まあ本人達の状況はともかくとして、実況兼進行役は着々と話を進めているから、この調子なら間もなく始まるだろう。…というところで、ポルチェさんが組んでいたわたしの左腕を引いた。

「もうっ、こっちはうるさいわ!これじゃヨウと落ち着いて話もできないじゃない!あっちに戻りましょ」
「そうだね。そうしよう」
「オヤビン、そういうことだから、私達は壇上で観戦するわね♥」
「あァ」

 元々、今の状況ではここにいたいわけではなかった。ポルチェさんの誘いに素直に応じて、彼女の横を歩く。
 振り返る時に微妙な表情でこちらを見ていたナミ達にだけ少し微笑んで。
 …ちなみにこの間、一度も“オヤビン”とは目を合わせていないのは重要なポイントだ。

『さァこの楽しい勢いで〜〜〜!時間は無制限!一点勝負!
一回戦で奪われた船員を取り返せるのか麦わらチーム!はたまた再び船員を奪うかフォクシーチーム!
激突寸前“グロッキーリング”!今笛が鳴るよ!』

 実況の言葉に呼応して会場の盛り上がりが最高潮に達したその時、満を持して笛の音が響き渡り、ゲームは開始された。
 チーム戦とは言え、彼らがあまり協力して何かをするというタイプではないことは少ない付き合いのわたしにもわかっている。作戦がどうこういう話でもないだろう。
 先手必勝とばかりに自ら駆け出したサンジは行く手を阻もうとするピクルスを軽々飛び越え、狙いはボールマンのビッグパン。流石の身軽さだ。…ただ、その巨体を駆け上り、頭を打ちしずめようというサンジの思惑は、思わぬ形で打ち砕かれていた。

「あれは、滑ってる、のかな」
「えェ当たり前よ♥だってビッグパンは、ドジョーの魚人とのハーフ!全身滑るわよん」
「はあ、ドジョー。なるほどね」

 ドジョーの肌らしく、腕が滑って登れないサンジは、そのままビッグパンに弾き飛ばされ、攻守は逆転してしまう。ゾロもピクルスに飛ばされてしまい、いよいよサンジがゴールされる間近というところだったが、ゾロとサンジそれぞれの意地パワーでその危機は脱した。
 ピクルスとハンバーグが宙を舞う姿など想像していなかったと言わんばかりの反応は、ゾロとサンジが一筋縄で行くような柔な相手ではないことが“オヤビン”とそのご一行に伝わったらしいことを伝えている。

「いやん!何してるのハンバーグ!敗けたりしたら許さないわよ!」

 左腕に抱きつかれる力が増したことに少し苦笑いをこぼしながら、視線だけはコート上から逸らさずにいた。さて、このまま何もないまま、なんだろうか。邪魔をしなくてもいい何かが、まだ披露されているようには思えない。
 そんなことを考えたそばから、何やら言い合いをしているゾロ達に、唯一意識のあるビッグパンが攻撃を仕掛けていた。その靴には大きなトゲのような武器が仕込まれていて、思わず溜め息がもれる。

「ねえポルチェさん。武器は持ち込み禁止だったよね?」
「えェそうよ」
「じゃあアレは、反則行為ってことになるのかな?」
「その通りね。でも、審判が気づいてないんなら仕方ないわ♥」

 なるほど、なるほど。流石というか、なんというか。このゲームの審判らしき人物は、審判にも関わらずコート上から目をそらし、試合を観てはいなかった。
 もちろんその状況に当人が気づかないはずもなく、サンジが靴を投げ飛ばして猛抗議していたが、サンジにイエローカードを突きつけることで退けていた。
 まったく、スポーツマンシップもあったものではない。…いや、そもそもこれはスポーツではない。期待するだけ損だと諦める他ない。
 ただし、すこぶる気分は悪かった。

「まあ、ヨウにとっては元仲間がやられる形になるわけだものね。でもすぐ慣れるわよ」
「……そう、かな」

 今、もし口を開けば、きっと悪い言葉しか出てこない。だから少しだけ返事をするだけで済ませた。
 彼らには彼らなりの、海賊としてのやり方がある。海賊は自由だとわたしも考えている手前、誰が何をしていようと、基本的には何も言うべきではない。
 …ただ、共にいる理由としては別だ。全てが同じ考えである必要はないし、違うからおもしろいという部分もある。
 でも、それでも、わたしが海賊をしているのは、彼らのようなことをするためではないことだけは断言できる。
 フォクシー海賊団と共に海賊をやることなんか、

「わたしには無理だね」
「え?何か言った?」
「ううん、何でもないよ」

 今度はきちんと、作り笑いを浮かべてそう言った。


『立った!立ち上がったよ麦わらチーム〜〜〜!!恐ろしく頑丈な二人、剣士ロロノア!コックのサンジ!
 しかし果たしてまだ戦う力が残っているのかな〜〜?!』

 その後目覚めたピクルスとハンバーグも加わり、ゾロとサンジに攻撃を加えたグロッキーモンスターズ。個々で見れば戦闘力はゾロ達の方が上なのは明らかだとしても、グロッキーモンスターズのコンビネーションは抜群な上、反則もあっては分が悪く、痛々しく攻撃を加えられてしまった。
 仲間が理不尽に怪我をさせられる姿を見ていたいはずもないけれど、ここで目を逸らすのは、形としてはわたしを取り返すための戦いをしている彼らに失礼だと、きちんと見届けた。
 一度倒されるような形になり、フォクシー海賊団は勝利を確信したようだった。が、その攻撃から見事に立ち上がって見せた彼らに、会場は動揺と歓喜に包まれていた。
 そして一瞬わたしの方に視線をくれた彼らと目が合い、わかった。あとはもう時間の問題なんだろう。自然と口元はゆるんでいた。

「おいお前ら!ワン“モンスターバーガー”プリ〜〜〜ズ!」

 が、おもむろにコートへと向けられた“オヤビン”のその言葉に眉を寄せる。
 その言葉の意味はわからずとも、フォクシー海賊団の反応でその"モンスターバーガー"とやらがゾロ達にとって何か良からぬものらしいということは伝わってきたからだった。

「オヤビンがモンスターバーガーを注文するなんて…」
「なかなかないことなの?」
「そうねェ、強敵にしか使わない手よ。どういうものかは…まァ見てればわかるわん。とにかく、これでヨウを取られる心配もなくなったんだから良かったけど♥」

 ふふ、っと不敵でセクシーな笑みでそう言ったポルチェさんは、先程とは一転、すっかり安心したような表情でわたしに微笑みかけた。なるほど、今まで負けなしの所以となるような何かをしてくるということらしい。
 …ただ、スイッチが入った彼らにどれほど通用するのか。
 まあ、わたしも彼らが戦う姿を見るのはこの試合が初めてなのだし、今後のことを考えるときちんと見ておくべきだろうと観戦の姿勢をとった。

 “モンスターバーガー”とは、ハンバーグが金棒でミンチのように叩き潰し、ピクルスが大きな包丁のような幅のある刀でスライス、ビッグパンが大きな蓋つきフライパンのようなもので挟み潰す、という、今まで以上に明らさまに武器を使う反則技だった。もちろん審判はそれを見ているはずもなく、ブリッジなんぞしている。そのまま頭に血が上って倒れればいい。
 とは言え、本気で決めに行った彼らには効きはしない。金棒を振り回しながら突進したハンバーグに、それを上回るスピードで強烈な蹴り技を顔に決め込んだサンジは、その勢いを殺すことなくハンバーグを上空に蹴り上げた。

「“木屑型斬ブクティエールシュート”!」

 その先にはバカの一つ覚えのように大きなパンを叩きあわせるビッグパン。彼は自分の得物の間に味方が飛び込んでいることにも気づかず、そのままハンバーグをクラッシュした。アホか。
 それに激昂したピクルスが、大きな身体を高速回転させながら突進してきたところを、今度はゾロが上空に巻き上げる。

「"無刀流・龍巻き"!」

 この技、もし刀があれば斬撃も飛んでピクルスを切り刻んでいたのだろうけど、今回は残念ながらその技の真の姿を見ることはできなかった。ただ、あの巨体を筋力だけで吹き飛ばすとは、早く剣技の方も見てみたいところだ。
 ゾロに巻き上げられたピクルスの鋭利な刃物がスライスしたのも、それはビッグパンだった。自分の技が仲間を傷つけるなんて、さっきのも含め悲しいことだ。まあ、残念ながらそれ以上の感情を彼らに持つことはできそうにないけど。

「“反行儀アンチマナーキックコース”!」
『な!な…何と!倒れ込むビッグパンの巨体をキックで返した!ビッグパン、倒れられもせずグロッキー!』

 ピクルスのスライスで倒れそうになったボールマンのビッグパンを、サンジが再び立ち上がらせ、それをゾロが狙いにかかる。
 ゴールは阻止しなければとゾロに向かい合ったピクルスだが、それを背後からサンジに蹴り飛ばされる。ちなみに、ブリッジして状況が見えないクソ審判も巻き込んで。
 それが故意だと判断した審判が、おそらくレッドカードを突きつけようと思ったのだろうけど、残念ながらカードは見つからないようだ。何故だろうか。いやいや、わたしはナミが何をしたかなんて見ていないよ、本当に。

『ーーそして一人残されたビッグパンの前で、またケンカかな麦わらチーム!』

 それは違うよ、実況さん。
 サンジの蹴りを借りて大きく跳び上がったゾロは、ビッグパンの上顎をつかむ。
 ああ、今回ばかりは、言葉通りにお邪魔をしなかった“オヤビン”には感謝の意を示せそうだ。

『ゴ〜〜〜〜〜〜〜ル!!
 ゴール!ゴール!!ゴ〜〜〜〜〜〜〜ル!!!』

 響き渡る実況に歓声と悲鳴が飛び交う中で見上げた空の色は、ついさっきまで見えていたものとはまったく違う。こんなにも、立場によって見える景色は変わるものなんだ。

「え〜〜〜っ!いやん!ヨウを返すなんて!」
「ふふ、終わりみたいだね」

 とても鮮やかな色に写る空に、ホイッスルの音が鳴り響く。
 それは麦わらチームの勝利を、確かに告げていた。

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