仮の姿

「ねェ、ヨウ」
「ん?」

 膝に可愛い可愛いチョッパーを乗せ、わたしの右側にはキュート美女ナミ、左側にはクール美女ロビンが座り、なんだこれは天国か状態のわたしに、ナミが話しかけてきた。
 チョッパーをなでながらナミの方を見ると、彼女はわたしが淹れたアイスカフェラテをマドラーでかき回しながら、こちらを見ている。ちなみにロビンはアイスコーヒーで、チョッパーはオレンジジュースだ。

「なんとなく気になってたんだけど、ヨウが男の人の姿になる時の姿って、ヨウの知り合いなの?」
「なんで?」
「ん〜、なんでって聞かれると難しいけど、なんか、ヨウが考えただけの姿にしては、ひとりの人間として完成されてる気がするのよねェ」
「うーん、そう言われてみれば、ヨウとは全然タイプが違う感じの見た目だし、違和感もないもんな〜」

 それはそうだろう。彼とわたしは髪の色も目の色も、言葉遣いも性格だって、何もかも違う、別の人物なんだから。

「まあ、知り合いと言えば知り合いだし、違うと言えば違うというか」
「?なによ、それ」
「ん〜と、まあ簡単にいうと、わたしの前世の姿を使わせてもらってるんだよ」
「え、ごめん。変なこと聞いちゃった?」
「あ、全然大丈夫。気にしないで」

 少し顔色を変えたナミに、本当に気にしていないからと、念を押した。まだあまり長くは一緒にいないけど、優しく、繊細な人だと思う、彼女は。
 彼女はきっと、前世がどうだったかっていう話はナイーブなことで触れにくい話だと思ったんだろうけど、わたしは本当に、気にしてないのだ。わたしは彼の記憶は継いだけど、わたしは彼が自分だと思ったことは一度もない。わたしはわたしだし、彼は彼。ただ、一番近い存在ではあるけど。

「わたしの前世は別の世界の人だから、おそらくこの世界には彼のことを知ってる人はいない。だから都合が良くて」

 話の雰囲気を暗くしたくなくて、わたしはそのまま話を続けた。
 すると、チョッパーが話に乗ってきてくれた。まあ、ただ単に疑問に思ったのかもしれないけど。

「ん?都合が良い、っていうのはどういうことだ?」
「うーんと、変化の術っていうのは、例えば"知らない男の人に変ーわれ"みたいな感じで適当に念じれば変化できるわけじゃなくて、変わるためのイメージが必要なのね」

 できるだけわかりやすく。なら、実演が一番手っ取り早いかな。

「だから、一番簡単なのが、実際にいる人に変化すること。たとえば、こんな風に」

 印を結んで顔だけを変えた。

「わ!すごい!」
「ウソップだっ!」
「本当にそっくりね」

 その声が聞こえたのか、残りのクルーたちも集まってきた。

「ぎゃー!ウソップが二人いるー!」
「ぎゃー!ドッペル!し、死ぬー!」
「ぎゃー!麗しのヨウの身体にクソ鼻の顔が〜!」

 ただし、ゾロはまだ大好きな昼寝に興じていたいのか、ちらりとこちらを見ただけでまた目をつぶっている。
 もしかすると、耳だけはこちらの話を聞いているのかもしれないけど。

「ほら、それそれ」
「それ?」
「今、ウソップが二人いる、ドッペルゲンガーだ〜ってなったでしょ?もし、わたしが実際にいる人の顔を借りて街をうろついてる最中に、その借りてる顔の人か、その知り合いに会ったら面倒なことになるでしょ?だから一時的になら使うこともあるけど、仕事で常用するには向かなかったの」
「なるほどな〜」
「ちなみに、髪がルフィ、眉毛と目がサンジ、鼻ウソップ、口がゾロ、それから、輪郭チョッパーみたいに部分的にもらって変えたりすると…」

 と、自分で言った通りに変えてみると、

「「「「「「ぶっ!」」」」」」

 ロビンを除く、全員が噴き出した。
 なんだかんだでゾロも見ていたようだ。

「前衛的なお顔ね」
「ね、案外こんな風にバランスが取れない顔になることが多いんだ。適当に変化してるつもりでも、結局知ってる人の顔にすごく似ちゃったりするし」

 言いながら顔を元に戻す。
 ルフィとウソップ、チョッパーはさっきの顔に夢中で、もう話は聞いていなかった。

「だから結局彼の顔が一番都合が良かった、ってことなんだ」
「なるほどね〜、納得したわ」

 まあ、なんとなく、やっぱり彼の顔が一番違和感なく変えてられるっていうのもあるんだけどね。

「お話にひと段落したところで、お飲み物のおかわりはいかがですか、レディ達」
「ありがとう。じゃあ、せっかくだからいただこうかな」
「私もいただくわ」
「私もね、サンジくん」

 はーいと、語尾にハートでも見えんばかりに返事をして、キッチンへと戻るサンジを見送ってから、ロビンが何かを思い出したようにこちらを見た。

「でも、平行世界ではよく似た人間が、まったく違う人間として生きている、というのを何かの本で読んだことがあるわ」
「面白い解釈だよね。まあ、そうなったらそうなったで仕方ないから、ドッペルゲンガーということにでもするよ」
「ふふ、それは素敵ね」
「え?それって素敵なの?」

 そんな風に話に花を咲かせていると、ふと、ナミがおもしろいことを言い出した。

「……まあでも、そういう能力を持ったのが、ヨウみたいにしっかりした人で良かったわ。だって、もしルフィみたいに頭軽いやつが使ったら、いろいろと問題起きそう」
「はは、確かにね。術を変なことに使おうとすれば、できなくはないからな〜。例えば男が女に変化して女湯のぞいたりとかして…」

 言ってから、キッチンから出てきたばかりだった、ピシリと固まる一人の気配に気づいた。

「え?」

 わたしの視線で事態に気づいたナミとロビンは、可哀想なものを見るような表情でわたしを見ている。
 なに、どういうこと?
 しかし、光の速さでわたしの目の前まで移動してきたサンジの目は、どうしようもなく燃えたぎっていて、なんだかどうしようもなくマズイことをわたしが言ってしまったということだけはわかった。

「お願いだ、ヨウ……いや、ヨウ様っ!おれに、その技の使い方を教えてくれ!」
「いや、無理だよ。使えないって」
「そこをなんとか!なんでもするから!!」
「え、ちょっと土下座はやめて!」

 しばらく諦めようとしないサンジから逃げ回るには、この船は少々狭すぎた。

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