笑顔の似た人

「なァ、悪ィけど相席いいか?」

 その声で目の前のオムライスから顔を上げると、まあ驚いた。その人が、まさかの有名人だったからだ。

「…ああ、どうぞ」

 彼はたぶん、白ひげ海賊団二番隊隊長、火拳のエースだろう。彼の顔は手配書を見て知ってはいたけど、まさか本人を目の前にすることになるとは思わなかった。
 まあ、別に相席だからと言って話をしなければいけないわけでもない。そう思って、オムライスを食べるのを再開し、

「なァお前…」

 ようと思った最中、話しかけられて手を止めた。

「何か」
「……」
「おい、」
「……がーっ」
「って寝てるー?!」

 思わずツッコんでしまった!だってツッコまざるを得ないほど華麗に寝始めたもんだから!つい!

「はっ!寝てた!いやァ、すまんすまん」
「えー」
「ホント悪いな!たまにあるんだ」

 がははと笑う目の前の人がなんだかとても無邪気に見えて、彼が白ひげのところの隊長だということを忘れて、思わず笑ってしまった。

「ははっ。おもしろい人だなあ」
「ん?そうか?あ、おれはエース。お前は?」
「月影、そう名乗ってる」
「月影か。よろしくな!」
「ああ」

 彼は悪い人ではなさそうだ。彼の顔を見てるとそう思えた。
 ただし今は仕事中でその姿。名乗りも仕事用なのは必然だった。

「それで月影。お前の仕事は、何でも屋だな?」

 おや。そう言った彼の言葉に、少しだけ目を細めて口角を上げた。

「なんだ、知ってて声かけてきたってわけか。火拳のエースさん」
「お?お前もおれのこと知ってたのか」
「あなたは有名人だからね」

 何でも屋。確かにわたしがやっている仕事はそれに近く、気づけばそう呼ばれていた。
 初めは移動の足に選んだ船に、なんでもやる、と言って乗せてもらったのが始まりだったのだが、それ以降舞い込むようになった仕事を引き受けていたら、気づけば何でも屋と呼ばれるようになっていた。

「それで、仕事のことなのかな」
「あァそうだ」
「ならとりあえず、もう少し人が少ないところに場所を変えよう。ここじゃあ、少し話しづらいだろう」

 急いでオムライスをかきこんで、そのまま店を出る。気配で周りに注意を払いながら、人のいない路地裏に彼を誘導した。

「それで、火拳さん。仕事の件で声をかけたっていうのなら、海賊から頼まれた仕事はあまり引き受けていないことも知っているかな」
「あァ知ってる」

 わたしは引き受けた仕事は何でもやる。が、ただし依頼を受ける時には人を選ぶことにしていた。気に入らない人の仕事は引き受けない、それは唯一の条件だ。
 自分も海賊に入ることを決めた時から、もう海賊だというだけで嫌うなんていう差別的なことをするのはやめたけど、なんだかんだ言って、所謂海賊を名乗る人達には根本的に気が合わない人が多い。それで依頼を断ることが多かったのだけど、その所為か、いつの間にか何でも屋月影は海賊嫌いだと噂されるようになった。否定するのも面倒だし、仕事を選ぶ手間も省けるため撤回はせず、盾に使わせてもらっている。

「でも、本当は海賊を嫌がってるんじゃなくって、人を見て決めてるんだっていうのも聞いたぞ。なァ、おれはどうだ月影」
「……」
「お前に頼みたい仕事がある」

 そう言った彼の顔を見て、思った。ああ、この人の頼みなら引き受けたかった、と。

「…あなたとはきっと気も合うだろう」
「ホントか?じゃあ、」
「でも、悪い」
「あ?」
「実は、もう何でも屋は廃業することに決めたんだ。だから以前から引き受けていた仕事以外は、もう引き受けられない。申し訳ない」

 本当に申し訳ない、その気持ちを込めて頭を下げた。
 きっと彼がわたしに頼もうとした仕事は、かなり重要な内容だったに違いない。なんとなくだけど、そう感じた。

「そうか…そりゃ残念だ。でも随分と急だな。廃業したなんて話は聞いてなかったぞ」
「ああ、急に決めたんだ。でも前から決めていたことでもある。時期が来たら、この仕事は辞めるって。ただ、思ってたより仕事が残ってしまっていて、それを片付けるにはちょっとまだかかりそうだから、こうして今も仕事をしているんだ」

 苦笑いして、そう言った。
 そう、前から、もう十年も前から決めていたことだ。ルフィが冒険に出たことを知ったら、追いかけるのだと。

「やる事でもあんのか?」
「ああ。冒険だよ。誰よりも自由にね」

 ポカンとした顔でわたしを見ていた彼が、それを聞いて吹き出した。
 ただ、バカにしてるような感じがせず、わたしも一緒になって少し笑った。

「ホント、最高だなお前!」
「ありがとう」
「なァ月影。お前冒険って一人でか?おれらは海賊だけど良いヤツばっかだし、おれと一緒に白ひげのオヤジを海賊王に」
「ごめん、それはできないな。海賊王にしたい人がもう別にいるんだ」

 彼になら、言ってもいいか。あまり人には言わないようにしていたのだけど、何となく、笑った顔の雰囲気がルフィに似ているせいかもしれない。

「最近手配書にも載ったんだけど、ルフィって知ってるかな?麦わらのルフィ。わたしはルフィが海賊王になる時、一緒にいるって決めているんだ」
「なっ、え?おいおい、まじかよ。何なんだこの偶然は」
「偶然?」
「ルフィはおれの弟だ」

 目をまん丸にしてそう言った彼に、わたしも負けじと目を丸くした。
 それから、以前読んだマキノさんからの手紙を思い出した。

「え、は?嘘。え、じゃあ、エースさんって、名前一緒なだけじゃ……え〜?!」
「なんだ、お前おれのこと知ってたのか?」
「わたしマキノさんと手紙のやり取りしてて、その手紙に、ルフィにお兄さんが出来たのよって書いてあったから。いやいや、まさかあなたがルフィのお兄さんだったとは」
「おれだって驚いた。まさかルフィの仲間がこんなところにいるなんてなァ。マキノのこと知ってるってことは、フーシャ村で会ったのか?」

 おれが海に出てからか?と笑顔で聞いてくる彼を前に、 このままの姿で本名も名乗らず別れるのは、なんとなく違う気がする。そう考えて、姿を元に戻すことに。
 人の目の前で術を解くことは今までしたことがなかったけれど、彼の前でなら問題はないだろう。

「うおっ、なんだ?あ?」
「先ほどまでは仮の姿で失礼しました。わたしの本当の名前はヨウです。仕事用にいろいろと変えているものですから、無礼な態度で失礼しました」
「いや、それは別に気にしてねェし、てかそんなかしこまんないでくれって。あァそうか、お前がヨウだったんだな」
「え?」
「ルフィから聞いてた。ヨウっていう仲間がいるんだって」
「そっか、それは嬉しいな」
「なんか、ニンジャがどーとか、海賊が嫌いなんだとか、でも良いヤツなんだ〜とか、なんかよくわかんないこと言ってるから、ホントかよって言ってたんだけどな。なるほど、その通りだったってわけか」
「はは、まあ、そうですね」
「お前を引き抜いたって言ったらルフィに殴れちまうからやめておくことにするよ」

 明るく笑う彼に、そうして下さいと返事をした。
 でも、もしわたしがルフィの仲間になっていなかったのなら、先程の誘いは断る理由がなかったかもしれないと、そんなことを思った。

「仕事、受けられなくて本当にすみません。…あの、その仕事、大丈夫ですか?」
「ん?あァ大丈夫だ。おれ一人でもやれるさ」
「そうですか。いや、なんとなく、大きな仕事の気がしたので」
「まァな。でも、この仕事を受けちまったら、いつルフィんとこ行けるかわからなくなっちまう。それこそ、ルフィに殴られるだけじゃすまなくなりそうだ。お前のこと、たぶん今この瞬間も待ってんぞ。だから早くその溜まった仕事片づけて、ルフィんとこ行ってやってくれ」
「…はい」

 安心させるように笑ってくれたエースさんに、わたしも笑って返事をした。
 わたしが心配するなんておこがましいくらい、きっとこの方は強い。大丈夫だ。
 なぜか不安に感じてしまう気持ちに、そっと蓋をした。

「じゃァ、おれ行くわ。メシ食ってんのに悪かったな」
「いえ、お気になさらず。むしろあなたに会えて良かった」
「おれもだ。もともとヨウには会ってみてェと思ってたんだ。お前があいつの仲間だっていうの、本当に良かったぜ。あいつには手がかかると思うが、よろしく頼む」

 そう言ったエースさんからは、本当にルフィのことを想っていることが伝わってきて、なんだか少しうらやましいような気持ちになった。

「はい」
「ルフィと一緒にいれば、また会うこともあるかもしれねェな」
「そうですね。また、いつかどこかの海で」
「あァ。また会おうぜ」

 本当に素敵なお兄さんだねと、ルフィに会ったら必ずそう伝えよう。
 振り返らずに前へ前へと進むエースさんの背中を見送りながらそう決めて、彼が背負う白ひげのマークに軽く頭を下げた。

 再び姿を仕事用に変え、彼とは逆方向へと外套を翻した。さあ、仕事だ。

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