もしも、

「なァヨウはさ、もし海賊になってなかったら、やっぱりコーヒーを淹れる仕事がしたかったのか?」

 今日も例に漏れずにコーヒーを淹れているわたしのことを横で見ていたチョッパーが、おもむろにそんなことを聞いてきた。

「ん?なんで?」
「うーん。特に理由はないんだけどさ、ヨウっていつもコーヒー飲んでるし、淹れてる時も楽しそうな顔してるから、きっとコーヒーが本当に好きなんだろうなって思ったんだ」
「うん」
「だから、もし海賊やってなかったら、ヨウはコーヒー屋さんをやりたいのかなァって」

 なるほど、質問に至った流れはなんとなくわかった。
 ただ、あんまり自分でも考えたことがないため少し考える。確かに昔、まだ小さかった頃、大きくなったらお父さんのお手伝いをしたいと思ったことはあったけど…。

「どう、かなあ。チョッパーは海賊にならなくてもお医者さんやってた?」
「あァ!」
「さすがだなあ。チョッパーは本当に医者っていう仕事に誇りを持っているんだね」
「誇り、なんてカッコいいことはよくわかんないけど、おれ、傷ついた人は助けてやりたいんだ!まだまだ、おれには治せないような難しい病気もたくさんあるけど、おれはいつかきっと、どんな病気だって治せる医者になりてェ。それは海賊をしてる今も、そうじゃなくたって変わらないんだ!」

 そう語るチョッパーの目はとても真剣で、しかしそれ以上に輝いて見えた。とても素敵だと思う。
 それに比べてわたしはどうだろう。いや、比べるだけ失礼かもしれない。やっぱりわたしのコーヒー好きは、ただの好きレベルに他ならないように思う。自分が飲みたい時に、自分の好きな豆でコーヒーを淹れて飲む。わたしがしたいことはただそれだけ。

「そっか。きっとチョッパーなら大丈夫。応援してるね」
「エッエッエッ、ありがとなヨウ!」
「それから、もしもわたしが悪魔の実を食べるような事態にならなくて、今も普通にわたし達の街で暮らしてたとして、きっと自分でコーヒーの店を出したりはしてなかったと思う。わたしはただコーヒー好きってだけだから、それをお客様に出すっていうのは、また少し違うかなって」
「そうなのか?」
「うん。それにもし、ルフィに出会ってなくて海賊に誘われなかったとしても…」

 そこで言葉を切れば、チョッパーは続きを聞きたそうな顔でこちらを見ていた。
 でもそれを言うのは少し、照れてしまいそうで、言い淀んだままポットを傾ける手を止める。コーヒーが落ちきる前にドリッパーを外してカップを手に持ち、机から離れた。

「さあ、コーヒーもできたし、外に行かない?さっきサンジが作ってくれたおやつも、まだ確かあったと思うんだ。一緒にどう?」
「ホントかァ?!やったーおやつ!」

 上手く話を反らせそうだと、心の中だけでごめんねと呟いてからラウンジの扉を開けた。


 夕日に向かって進むメリーの頭に座りながら、海の向こうの冒険に想いを馳せるルフィのそばで、わたしも甲板に寄りかかりながら前を眺めていれば、不意に昼間の昼間のチョッパーとのやり取りが頭をかすめた。

「もしも、か」

 思わず小さく口をついて出たその言葉を、ルフィの耳は拾っていたようだ。

「何が"もしも"なんだ?」
「ああ、いや、別に大したことではないんだけどね…」
 
 そこまで言ってから、もしも、という言葉はルフィにとても似合わない言葉だと思った。

「ルフィはもし海賊にならなかったらどうする?なんて聞かれても、おれは絶対海賊になるぞ、って返しそうだよね」
「?よくわかんねェけど、おれは海賊王になる男だからな!」

 そう。ルフィは海賊王になる。それ以外にもしもなんていう仮定の話、彼には必要ないだろう。
 でも、わたしも少し、聞いてみたい。もしもの話を。

「ふふ、そうだよね。でもさ、もし私があの時、フーシャ村でルフィと出会ってなかったとしてさ、しかもわたしが悪魔の実を食べてなかったとするでしょ?それでもルフィは、わたしを見つけて仲間にしてくれた?」

 もし、わたし達があの商船に乗らなければ、海賊に襲われなければ、救難船の中に悪魔の実がなければ、それを食べたのがわたしではなかったら、たどり着いた島がフーシャ村のある島でなかったら。
 その一つでも食い違いがあれば、わたしは今こうして、ルフィと共に海には出ていなかったのかもしれない。
 でもそう考えた時にわたしが思ったことは、それは嫌だなということだった。ルフィと、今の仲間達と旅をしていないなんて、それはとても寂しいことだと。
 だからもし、わたしが悪魔の実を食べていなくとも、ルフィとあの時出会っていなくとも、わたしは…。

「そんなの当たり前だろ!おれはヨウが村に来たからとか、ニンジャだからとか、そんなことでヨウを仲間にしたんじゃねェ」

 いつの間にかルフィは、身体ごとこちらを向いて、まっすぐわたしの方を見ていた。

「ヨウがヨウだから、おれは仲間にしてェって思ったんだ。だからヨウが別にニンジャじゃなくったって、フーシャ村に来てなくたって関係ねェ。どこにいたって、おれがヨウを見つけ出して仲間にするからな!」
「…うん」
「ヨウだけじゃねェぞ!ゾロが剣士じゃなくたって、ナミが航海士じゃなくたって、ウソップがウソつきじゃなくたって、サンジがコックじゃなくたって、チョッパーがトナカイじゃなくたって、ロビンが頭悪くたって、おれはみーんな仲間にするんだ。あいつら一人だって欠けたらダメだ!」
「うん、そうだよね」

 そう、わたしもそうだよ、ルフィ。
 わたしはもし、あの時海賊にならなかったとしても、わたしは今と同じように、ルフィと、そして仲間達と一緒に旅をしていたい。

「ありがとう、質問に答えてくれて」
「いいぞ!あ、でもやっぱ、ヨウはニンジャがいいけどな!ニンジャは最高にカッコイイからな!」
「はは、ありがと。わたしも今となってはこれもわたしの一部だから、ないなんていうのは考えられないかな」
「ニッシッシッ、おれもゴムじゃねェのはつまんねェ!」

 そう二人で笑っていれば、わたしにも聞こえる大きな大きな音がルフィのお腹から聞こえてきた。

「うへ〜腹減った!メシだ!メシ!」
「わたしもお腹減ったなあ」
「行こうぜ、ヨウ!」
「うん」

 ぴょんとメリーから飛び降りたルフィの背中をゆっくりと追いながら、この人の背中に着いて行くんだと決めたあの時の自分は、やっぱり間違っていなかったと、口元を緩めた。

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