月明01

「………は?」

 思わずもれた声は、誰にも届くことなく飛散した。


 わたしは、街の近くにある山に来ていた。ここには修行や仕事、食料調達なんかで、かつてはほぼ毎日のように通っていた。今は仕事もあってたまにしか来られないけれど。
 今日は知り合いのお肉屋さんにどうしてもと頼まれて、猪を狩りに山に入ってきていた。頼まれたのは夕暮れ時で、今はもう日も暮れてしまっていたけれど、わたしにしかこんなこと頼めないと言われれば断ることもできなかった。まあ、この山はそれこそ庭のように把握していたし、別に問題はないと思っていた。

 山に入るとすぐに猪の気配を見つけて、その気配を追ってケモノ道を進んでいると、ついさっきまでもうすぐそこに迫っていた猪の気配がフッと、消えた。
 他の動物か何かに倒された、ということもあるが、それならその気配があるはず。でもそれは感じない。つまり、わたしにも読めない気配の何者かが近くにいる、ということで。わたしは警戒して木の上にのぼり、そのまま木の上を移動して、猪が消えた付近に近づいた。
 そこは木々の間にふと空いた空き地のような場所で、そこから満月の光が差し込んでいて、とても美しい光景だった。
 初めて見る光景に、惹かれるように中心に降り立ち、そのまま月を見上げた。月光がまるで道のように輝いて見える。

 くらり

 視界がゆれた。
 まずい、そう思った時にはもう遅く、わたしはそのまま気を失った。


 目を開けると、そこは昨日倒れた場所で、もうすっかり陽も昇ってしまっていた。
 身体には特に違和感もなく、難なく起き上がることもできた。なんだったんだろう。
 とにかく、今日のところは山を降り……、ん?

 おかしい…。確かに、身体には異常がない。ただし、なんとなく、山がおかしい。
 その気持ち悪さを確かめなくてはいけないと、近くにある中で最も高い木に登った。

 そして冒頭に戻る。

 見たこともない景色に、口が閉じない。
 どう考えても、知らない場所だった。しかも、遠目に見ても見たこともない造りの屋敷、のようなものがある。なんだあれ。あんな建物、わたしは知らない。

 とにかく、落ち着け。いらだっても、なにも状況は良くはならない。
 あの建物に、おそらく人がいるはずだ。そこで少し、話を聞こう。

 ひとつ深呼吸をして、足に力を込めた。


 近づいて見ても、やはり見たこともない建物だった。
 四方を壁に囲まれ、その敷地はとても広いようだった。建築様式は街にあるものとは違い、少なくともわたしは見たこともない造りで、わたしには違和感がぬぐえなかった。
 また、木製の正門のようなものが一つあり、そこには「忍術学園」と記してある。
 忍術学園?そんなものわたしは知らない。
 というか、忍術?それをこの辺りで使えるのはわたしだけのはず…まさかここは、シャンクスさんに聞いたワノ国?何かテレポーテーションができるような能力で……いや、でも…。

「あーあ、」

 もう、とにかく、あの建物の中の人に話を聞こう。中にはすごい数の気配もあるし、人はいるはずだ。そして、街までの道を聞くしかない。
 と、その時、門に付いた身の丈ほどの扉がギギっと音を立てて開いた。

「掃除当番めんどくせー」
「まぁまぁきりちゃん。さっさと終わらせて遊びに行こうよ」
「あ、ぼく、美味しいおまんじゅうもらったんだけど、あとで食べない?」
「「食べる食べる!」」

 学園、ということは、ここは忍術を学ぶ学校なんだろう。彼らはその学生、ということなのかな。まだ幼くて垢抜けない感じもするが、彼らも将来は忍になるんだろうか。
 とにかく、とにかくだ。彼らに少し話を聞こう。

「あの、すみません」

 怪しまれないように正門らしきところから距離をとり、そこからわざと気配も出して近づいた。
 話しかけると不思議そうな顔が、そろってこちらを見た。

「少しお聞きしたいことがあるんですが」
「なんですか?」
「街に行きたいんですが、ここからだとどう行けばいいのか教えてくれませんか?」
「町ですか?えっと、それなら、この道をずーっと道なりに行けば着きますよ」

 メガネの子がそう教えてくれた。彼らはそろいの服を着ているけど、あまり見たことのない服だ。

「ありがとうございます。あ、それから、この辺りはなんという地名なんでしょうか」
「地名?んーと、一応地方でいうと近畿って地方ですよ」
「きんき…」

 知らん。キンキなんて国も街も聞いたことない。いよいよ頭が痛くなってきて、こめかみを軽くおさえた。

「?お姉さん、ここがどこだかわからないで歩いて来てしまったんですか?」
「あ、はは、そう、ちょっと迷ってしまって」
「ふーん。てかお姉さん、変な格好だな〜」
「南蛮の人みたい!」

 また知らない地名が出てきた…。でも、これ以上彼らに質問するのは、怪しまれる可能性が高いかな。
 とりあえず、その街まで行って、情報を集めよう。それと、格好もあとでどうにかしなくては。どうやらこの服だとわたしの方が浮いてしまうらしい。

「いろいろと聞いてしまってごめんなさい。ありがとう」
「「「いいえ〜」」」

 頭を軽く下げると笑顔が返ってきて、少し表情をゆるめた。なんだか可愛い子たちだな。
 お気をつけて〜と手を振ってくれる彼らに、小さく手を振り返しながら、わたしは教えてもらった道を進んだ。忍術学園が見えなくなるところまではそのまま進み、念のため気配を注意深く探ってから足に力を込めた。
 のんびり旅をしている時間はない。ざわざわする気持ちを抑えながら、山道を力強く蹴った。

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