| 「あ〜さすがに困ったな…」 思わずつぶやき、この“世界”に入ってしまったであろう、わたしが目覚めた場所で、わたしの気持ちとは関係なく輝き続ける月を見つめた。 街、いや、町と表現した方がなんとなくニュアンスに合うか。とにかく、忍術学園の子たちが教えてくれた町までは、わたしの足ではそう遠くもなく、すぐに着いた。中をよく観察して変化の術で違和感のないような姿にしてから、ようやく町に入った。 町の建物は小さな家や商店が多く、どれも木造といった感じで、とにかくわたしの住む街とはまったく様子が違っていた。もちろんだが、人も服から髪型から、体格も違う。ただし言葉が通じるということは、最大にして唯一の共通点であり、本当に助かった。 まずはここがどこなのか、ワノ国なのかもしれないという可能性を確かめようと、怪しまれない程度に少しずつ人に質問した。そしてわかったこと、それは、ここはわたしのいた“世界”とは違う、ということだった。違う国、街、そうではない。世界が違うのだ。 なぜそう判断せざるを得なかったのか、理由はいくつかあった。例えばわたしの生きるべき世界では当たり前に知られている言葉、" 本当なら、今すぐにでも海まで出向いて確かめたかったが、なかなかに距離があるようで、まったく知らないところへ夕方から行くのは難しく、断念した。できれば明日にでも向かいたいところだが。 とにかく、服装や文化、人種の違いは国や島ごとにあるものだから何も思わないけど、わたしの、世界の当たり前がまったく当たり前ではないこの場所を、同じ世界と考えるには難しく、逆に違う世界だと考えれば辻褄があってしまった。 なまじ異世界で生きた前世があるため、異世界があることについてそう混乱はない。昨日の夜起こった何かの事象によって、わたしはこの世界に来てしまったらしい。 ちなみにだけど、こことわたしの前世の世界も、少し似ているところはあれど、異なるようだ。 商店を観察しながら確認もしたが、この世界の通貨はわたしのものとはもちろん違った。それを稼ぐには仕事を得なければならず、今すぐには難しい。となると、衣食住の確保を町ですることはなかなか困難だ。 つまり食べ物や水も確保でき、かつ誰もいないというわたしにとって都合が良い元の山に戻る以外、選択肢などあるはずなかった。もちろん、わたしの世界に戻るための手がかりがありそうなのも、ここ以外にはないのだけど。 ただ、戻っても結局何か変わるということでもなく、仕方なく野宿の準備を始めた。寝るのは木の上にするとして、一日中歩き回ってのどもお腹もからからだった。近くに清流があるのを見つけて、そこで水と魚を手に入れて、その場で焼き魚にして渇きを癒した。 その後またこの場所に帰ってきて今に至る。 ここからは昨日、気を失う前に見た光景と同じように月が見えていたが、昨日最後に見た満月と比べるとほんの少し欠けているようにも思う。昨日見たような、月光の道も今は見えない。 周りに気配がないことはわかっているから危険はないと、倒れていたはずの場所に同じように寝転がって月を見つめながら、もう何度目かもわからないため息をついた。 なんだってこんなことになってしまったんだろう。わたしはただ、仕事をしていただけだったのに。 耳についた、今は片方だけのピアスへ、自然と指が伸びる。 「ルフィ…」 こうして名前を呼ぶと、すぐにあの笑顔を思い出して、少し心が軽くなる気がした。やっぱり彼はすごい人だ。 「必ず、戻る。戻らなくちゃ」 わたしは、彼との約束を是が非でも叶えなくてはいけない。だからわたしは帰る。わたしのいるべき世界へ。 方法はまだわからないけど、帰るまでの間この世界で生きるだけの力はわたしにはある。この場所に倒れていたことも、きっとなにかあるに違いない。 「諦めない、絶対に」 とにかく明日は海まで行ってみよう。そのあとは仕事でも探して少しお金を稼いだ方がいいかもしれない。ああ、あとは本を読みたい。図書館のようなところはあるのか、それも探した方がいい。 よし、と気合いを入れて立ち上がる。とにかく、今日はもう休もう。ちょっと今日は疲れた。 「ん?」 立って伸びをした状態で、ピタッと動きを止めた。気配がそう遠くないところで動いている。しかも人間の…子供のものだ。こんな山の中で日も暮れているのに、あまり良い予感はしないけど。 もともと薄くなっていたはずの自分の気配を今以上に消してから移動した。 やっぱり、そう心の中だけでつぶやいてから、その光景を見つめる。 「おい、いい加減あきらめて、その袋をよこしな」 「それをよこせば命だけは助けてやってもいいぜぇ」 「優しくしてやってるうちに、言うこと聞けよガキ」 なんていうか、たぶん山賊だろう。 どの世界にも、こういう輩はいるんだと気分が悪くなる。 「渡すもんか!これはおれのだ!」 それから、そう叫んだ男の子に見覚えがある。昼間話を聞いた忍術学園の子のうちのひとりで、つり目の男の子だった。たしか、きりちゃんと呼ばれて気がする。服は昼間と違って町の人が来ていたような服に変わっているけど、おそらく間違いはない。 息も上がっていて、随分追いかけ回されたのか、服や顔にも傷がある。彼は手に持った小さな袋を背中に隠し、気丈にも賊に立ち向かっているけど、その唇の端が少し震えているのに気づいた。 彼は忍術学園の生徒なのだろうし、戦う術があるのかとも思っていたけど、どう大きく見積もってもまだわたしより五つは年も下だろうし、戦えるならもうとっくにやっているだろうから、まだ奴らに勝てるほどは戦えないのだろう。武器になるようなものもないのかもしれない。 学園からはまだ距離もある。気配を読んでも、彼ら以外に人間の気配はない。 このままでは、厳しいか。 「これは、おれが必死で働いた銭だ!絶対渡さない!」 「ほう」 「ならば、奪うだけだ」 ニヤっと笑って刀を抜いた山賊に、男の子は息を詰めた。 まずい。考えるより先に動いていた。 キン 「な、なんだオマエは!」 「どこから現れた?!」 「忍者か?!」 抜いた短刀で刀を受け、勢いよく薙ぎはらう。 突然現れた小娘に、しかも三人一緒に吹き飛ばされた山賊は、なにが起きたのかわからないというような表情でうろたえている。 「えっ?あ、お姉さん、」 襲わなかった痛みにか、山賊の声になのか、切られなかったことに気づいてつぶってしまっていた目を開けた彼は、わたしに見覚えがあることに気づいたようだ。 短刀を構え直して山賊をけん制しながら、わたしは静かに声を出した。 「わたしは通りすがりのただの小娘です。大人が三人も集まって、たった一人の子供を襲うなんて、なんていうか、悲しい話です」 「な、なんだと?!」 「まあとにかく、お互いにケガをしたくもないでしょうし。ここは手を引いていただけませんか?」 別にこんなのにやられるはずもないけど。まあ、事を荒立てるのも面倒なので、そこは心の中だけに留めておいた。 ところが彼らは、わたしの言葉に、わたしが勝つ自信がないのだと思ってしまったらしく、再び好戦的なニヤつき顔に戻ってしまった。 「お嬢ちゃんよォ、それはこっちのセリフだぜ?ケガしなくなけりゃ、とっととその小僧を置いてここを離れた方がいい」 「それとも、オレたちと楽しいことでもするか?」 きもちわる。 …でも、まあ彼を逃がせるなら、乗ったフリをしてもいいか。逃がしてからどうにかした方が楽は楽かもしれない。 「なら、この子を見逃してくれますか?」 「おいおい、そりゃあ聞けない相談だぜ?こいつの銭はオレらがもらうし、その後はどつかに売るのもいい」 後ろにかばった少年の身体が強張るのを感じて、少しイラついた。もちろん、目の前の賊に対して。 まったく、本当に嫌になる。そんな気持ちを噛み砕き、できるだけ優しい声で、小さく声を出した。 「大丈夫、安心して」 「お姉さん?」 視線は動かさずに、左手だけ彼の頭に軽く触れた。 こんな気持ち悪いやつらには早くお引取りいただくのが世のためだ。もうここらには近寄れないくらいに。 「交渉は決裂ですね…」 「あ?」 「その刃物を人に向けたということは、それ相応の覚悟をしている、ということだと受け取ります」 そのまま、目の前の三人にだけ殺気をぶつける。戦わずとも、力もない者への対応はこれで十分だ。 案の定、一人のはその場に倒れて気を失い、一人は腰を落とし、一人は声にならない悲鳴を上げて逃げていった。 「それを連れてここを去るか、たった一人でわたしと戦うか。どうします?」 「ひっ」 あとはそう問えばいい。選択肢など、最初からないのだ。 腰が抜けたような男はなんとか立ち上がり、気を失った男を引きずっていった。 「…お姉さん、なにしたの?」 「なんにもしてないよ」 なにが起きたか理解できなかった彼には、絶対内緒だ。そう思いながら今度は目を合わせてから頭に触れた。 |