月明3.5

「きり丸が帰ってこない?」

 そんな声が聞こえ、食堂から自室へ戻る途中だった私は足を止め、同じく足を止めていた小平太と顔を見合わせた。

「そうなんです!きり丸、アルバイトの納品日間違えてたとか言って、急いで出かけて行ったんですけど…」
「ああ、それは私が外出許可を出したから知っているが…。でも、あの時間に出かけてまだ帰ってきてないのか?」
「はい…」
「そうか…、それは心配だな」

 話をしていたのは土井先生と乱太郎、しんべヱだった。

「お前たちは部屋に戻っていなさい。私が迎えに行ってくるから」
「はい…」
「きり丸、大丈夫かなぁ」
「大丈夫だ。きっと寄り道でもしているだけだろう」

 そう言って土井先生は笑っているが、きっとそれは一年生を安心させるためだろう。
 何か、あったのかもしれない。

「土井先生」
「中在家と七松か」
「きり丸探しに行くなら、私たちも手伝いますよ。なあ長次」
「はい、きり丸は、委員会の後輩です」
「もう日も暮れてるし、急いだ方がいいですよ」
「ああ、そうだな…」

 土井先生は学園長や山田先生への言づけをしてから町へ行くというので、私と小平太が道すがら怪しいところを見て回ることにした。土井先生はきり丸のアルバイトを手伝わされているから、アルバイト先へ行くならその方がいいのだろうと、私たちも了承した。

「確か、この辺りだったか?」
「ああ」

 最近この辺りで山賊が出ている、という情報があるのを、校外での実習が多い上級生は聞いていた。そのため私たちはここが一番危険だと当たりをつけてやってきた。
 もし、その山賊にきり丸が出会ってしまっていたら大変だ。

「ん?」
「声、か」
「ああ。きり丸の声ではないけど、行ってみるか」

 何か、手がかりでもあればいいが。


「なあ長次、今のが例の山賊じゃないか?」
「だろうな」
「じゃあ、あいつらは何から逃げてんだ」

 見つけた山賊たちは、何やら鬼でも見たかのような表情で、一目散に逃げていた。一人は気を失って、片方が必死の形相で無理矢理引っ張っている。

「わからない。ただ、もしその方角にきり丸がいるとしたら…」
「マズイだろうな」

 目だけで合図し、一目散に山賊が来た方向へ移動を始めた。
 …が、あまり移動するまでもなく、目標はそこに存在した。ただし、その存在感はまるで希薄。そこに誰もいないかのように、存在感がない。
 しかし、その背には、見慣れた頭。

「いたぞっ、きり丸だ!」

 小平太は考えるより先に身体を動かすタイプだ。ただしこいつの野生の勘は、その辺の動物よりも余程効く。その勘がそうしなければと危機感をあおったのだろう。
 すぐに苦無をそいつの脚に向かって放った。足止めのつもりだろう。
 小平太は苦無での戦闘を得意としている。その狙いは正確、なはずだった。

 その、おそらくは女だろう者は、特にこちらを見るでもなく、後ろに数歩分下がるだけで、その攻撃を避けた。
 それに言葉を一瞬失っている間に、静かな声を発したのは、向こうだった。

「どちら様ですか?この子に刺さったら危ないでしょう」

 その声色にも表情にも、焦りや怒りもなく、ただただ冷静さしか伝わってこない。

「おいオマエ、きり丸をどうするつもりだ」
「彼を忍術学園までお連れしてますが」
「嘘をつけ!オマエ、変な着物を着てるし、南蛮人の人攫いだろう」
「…違います」

 小平太は怒車の術で相手の様子を伺うつもりのようだが、相手は特に乗るでもなく、何やら疲れたような表情をし始めた。

「はあ」
「なんだ?!」
「いえ、あなた方は彼の関係者ですね?では、彼はお任せします。今少し寝てしまっているので…って、なんですか。危ないな」

 再び小平太が飛ばした苦無も、ほとんど身体を動かすこともなく避けられた。
 …まったく、向こうの手が読めない。攻撃をしてくる様子もなく、私はただ様子を伺うしかできなかった。下手に手を出そうものなら、おそらく、返り討ちにあう。

「きり丸はなんで寝てるんだ。傷だらけだし、オマエきり丸に何をした」
「わたしは何もしてません。彼は疲れて眠っているだけです」

 確かに、きり丸の表情は緩んでおり、これが人攫いされている顔には見えない。…どういうことだ。
 おもむろに、女がしゃがみ込むときり丸がもぞもぞと動き出すのが見え、とりあえずは大丈夫なようだと安心した。

「ヨウさん?」
「きり丸くん、君の知り合いかな?あの人たち」
「え?あ、中在家先輩と七松先輩!」
「きり丸!オマエ、この女に何されたんだ!」
「え?え?」

 もう、術なのか小平太が思ったまま叫んでいるのかわからない。女ののらりくらりとした態度が、小平太の気に障っているのだろう。
 きり丸も展開についていけないといった様子だが、あの女の名前を呼んだ辺り、やはり人攫いされていたわけではなさそうだ。

「きり丸くん、もう大丈夫そうだね。あとは頼りになりそうな先輩もいるし。じゃあ、わたしは行くよ」

 女はそう言って、まさかと思う様な跳躍力で木の上に移動する。隣の小平太からも、驚きの気配が伝わってくる。

「え、ヨウさん?!ちょっと待って!」
「おい!」
「あ、七松先輩違うんです!ヨウさん!」
「素敵な先輩たちだね。じゃあ、バイバイ」

 手を軽く振った女は、その後、霧を散らしたかのように姿を消した。なんだあれは。
 あんな忍者がこんなにも近くにいるのかと思うと、背筋に汗が伝う。
 ただ、最後に少しだけ微笑んだその笑みには、きり丸を本当に想っているよう気配が滲んでいるように、私は感じた。

「あ、おい待て!って消えたぞ」
「…小平太、深追いはよそう。きり丸、身体は大丈夫か?」
「こんな傷だらけになって、どうしたんだ一体」
「あ、これは山賊に追い回されて…、危ないところをヨウさんが助けてくれたんです」

 あの逃げていた山賊たちが元凶だったようだ。今回の件で、あの山賊はここを離れるだろう。

「あいつが?なんでだ」
「たまたまおれが追われてることに気づいて助けに入ってくれたみたいで、もし、あの時ヨウさんが来てくれなかったら、おれ…」
「…そうか」

 きり丸を助けたということは、事実なんだろう。ただ、こんな時間、こんな場所に女一人でいるということを怪しまずにはいられない。

「あ、おれ、お礼もちゃんと言えてないや…」
「…とにかく、今は一度学園に帰ろう。みんなが心配している」
「そうだな!よし、きり丸行くぞ!」
「え、ちょ、七松先輩!小脇に抱えないで〜!」
「いけいけどんどーん!」
「……」
「ぎゃー!ヨウさん助けて!」

 あの女、一体何者なんだ。

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