19

 わたし達は結局、二人の体調を第一優先とし、ロングリングロングランドに四日間停泊することになった。

 その間わたしは一度、トンジットさん達を訪ねた。海もまだ凍ったままだったし、ランニングがてら様子を見に顔を出すことにしたのだ。
 チョッパーも行きたがっていたのだけど、彼が船を留守にするのは少し不安が残っていたため、わたしがシェリーの塗り薬を預かることで納得してもらった。
 村を訪ねると、トンジットさん達は無事村に合流できていた。声をかければ熱烈に歓迎を受けることになってしまい、少し話をするだけのつもりだった予定が狂ってしまったけれど、トンジットさんとシェリーが仲間に囲まれ、とても幸せそうにしていたので良しとしたい。
 今度こそ、腐っていないミルクやチーズ、ウインナーなどをご馳走になり、薬のお礼にとお土産もいただいて船に戻れば、コックのサンジを筆頭にみんなを喜ばせることになった。

 すっかり元気を取り戻したルフィが船を出そうと言い出し、それにロビンが同意したことで、わたし達は出航を決めた。もちろん、チョッパーがオーケーを出したというのがあっての話だけど。
 出航から三日、ゴーイングメリー号は穏やかな海を進んでいた。

「んヌワ〜ミさァ〜〜〜ん♥」
「?」
「じゃがいものパイユ、作ってみたのですマドモアゼル。よろしければ」
「んん、おいしい」
「幸せー!!」
「うるせェなてめェ、眠れねェだろ!」
「はいはいすいませんでしたサボテン君」
「何だと?!“ダーツ”コラ!」
「ダ…!!」

 眼下で繰り広げられるサンジとゾロのハードな喧嘩。ルフィなんか凍った自分のマネなんかをしてウソップとチョッパーを笑わせている。そんな光景にわたしは笑って落ちないよう、少し気合いを入れた。
 その騒ぎを聞いてなのかはわからないけれど、もう随分と体調も良いらしいロビンも船室から顔を出した。
 うん、今日もこの一味は最高だ。

「ロビンちゃん何か…体のあったまるもん作ろうか!食欲はあるか?」
「……じゃあコーヒーを頂ける?」
「喜んでーー♥」
「コーヒーって言えば、ヨウはどこ行ったのかしら」
「あ〜、ヨウなら見張り台に上がるって…」

 そんな声に再度状態を伸ばしたところで頭上に目を向ければ、指をさしながらこちらを見たウソップと目が合う。

「って何やってんだ〜?!」
「ん?筋トレだよ」
「そんなとこでするな!」
「いやあ、結構効率が良いんだよこれ」

 足の裏にチャクラを溜めて見張り台に吸着、そのまま状態を起こしたり伸ばしたりするトレーニング。落下しないようにチャクラをコントロールしつつの上体起こしは、チャクラコントロールと体力の二つを同時に鍛えることができる、一石二鳥のトレーニングだ。
 そろそろ、少し休憩でもしようかな。と足のチャクラを解く。そのまま空中で方向転換、ロビンの横に衝撃を殺しながら着地した。
 その動きがルフィ・ウソップ・チョッパーには“ニンジャっぽい”と好評らしく、今も拍手をいただいた。

「よっ。あ、わたしもコーヒー飲みたいな」
「じゃあ一緒に淹れてくるよ〜」
「ありがとうサンジ」
「パイユも作ったんだ!食べないかい?」
「もちろん、いただくよ」
「あ、サンジ!それおれも欲しいぞ!」
「わーってる。野郎どもは黙って待ってろ!」

 器用にタバコの煙をハートにしながらキッチンへと入っていくサンジを見送りながら、ロビンの隣で手すりに寄りかかって彼女の顔色を伺う。

「もう寒気もない?」
「えェ、大丈夫よ」
「そっか。なら良いんだけど、コーヒーはホットで飲んでも身体を冷やすから、まだ飲み過ぎには気をつけてね」
「ふふ、わかったわ」

 案外心配性なのね、と笑うロビンにわたしも笑顔を返しながら、ラウンジの扉を開けた。

 注がれたコーヒーを受け取りながらパイユをつまめば、香ばしいチーズとジャガイモの相性は最高で、頬は緩む一方だ。

「おいし〜!」
「ありがとう♥ヨウがチーズをもらってきてくれたおかげさ」
「じゃあトンジットさんにもお礼だね。あ、コーヒーもありがとう。いただきます」

 もちろん、コーヒーとの相性も抜群だった。
 外はうるさいとラウンジに入ってきたナミも含め、四人で談笑しながら再びパイユに手を伸ばそうとした時、甲板の方から大声が聞こえてきた。

「ん?今カエル、って言ったかな?」
「あ!あいつらまた何か勝手に!」

 急いで外に出たナミを追う形でロビン、サンジと外に出れば、食うのかよっ!というツッコミが聞こえた。
 ルフィは、カエルが食べたいのかな。

「ん?あれは……灯台…?!どうしてあんなところに灯台なんて…。誰かいるのかしら…」
「灯台?あ、ホントだ。うわ、ホントに大きなカエルがクロールで泳いでる」
「カエルがクロールしているなんて、初めて見たわ」
「ね」
「ルフィはアレが食いてェって叫んでんのか」
「そうみたいだね」

 下でオールを操作している四人には様子が見えないため、カエルが灯台の方に向かっているのがわからないらしい。

「どうした島が見えたのか?!」
「ううん灯台があるの!別に記録指針ログポースが指す場所じゃないわ」
「カエルは?!カエルの方角指示してくれ!」
「いやよ!」
「カエルも灯台を目指してるわよ」
「カエルって、実は鶏肉みたいな味で結構イケるらしいよね」
「カエルはまず白ワインでぬめりを消し、小麦粉をまぶしてカラッとフリート」
「ちょっと三人とも!」
「よっしゃ全速前進〜〜っ!」
「おー!!」
「その団結力は何なのよ!!」

 ナミには怒られてしまったが、まあ少しの寄り道も楽しみの一つ。楽しんだもん勝ちだ。
 …と思っていたのも束の間、聞こえ始めた何かの金属音。あまり良い予感がする音ではなく、急いで見張り台の上に跳ぶ。
 カンカンと、徐々に近づく金属音の方角に目を向ければ、何か大きな黒い塊がこちらに迫っていた。おそらく、ぶつかればこの船ではひとたまりもない。

「ヨウ!何か見える?!」
「すぐに止まって進路を変えて!何かがこっちに来てる!」
「うわ!何かに乗り上げた!」

 全員で、何とか船首の向きを変えた直後、船尾をこするかこすらないかの瀬戸際、本当にギリギリの距離でその大きな黒い何かは通り過ぎる。

「どわあああ〜〜!」
「何だコリャ〜!」
「あ!おいカエル逃げろ!何してんだー!」

 ルフィの叫び声に目を向ければ、何故か先ほどのカエルは迫り来るその黒を睨みつけ、まるで止めんとばかりに海上に立ち塞がっていた。
 もう逃げるのは間に合わない、というよりも、逃げる気はないようにわたしには見える。

「何なんだこの鉄の怪物はァ!」
「…!船?!」
「違う…!こんな形で海を走れる訳がない!!」

 そんなカエルの気迫も虚しく、猛スピードで突っ込んで来たそれにカエルは吹き飛ばされてしまった。
 巨大ガエルをもろともせず、煙を吐き出しながら走り去ったそれをただ目で追う。何だったなんだ、と誰かがそう呟いたけど、それに答えられる者は誰もおらず、みんな言葉を失っていた。
 そんな中、灯台の横にある建物から子供の声が聞こえ、その時になって人の気配があることに気づく。先程の件が思いのほか衝撃的で、注意力も散漫になっていたらしい。

「面倒だな、建物から誰か出てきた……!応援呼ぶ気だぞ…」

 建物から出てきたのは子供とおばあさん。それから一匹のウサギのような動物。おばあさんは電伝虫をフラフラとした足取りで取り出し、どこかに繋いでいる。
 ゾロの言うように、応援を呼ぶのかもしれないけど……それにしても随分フラフラしている。

「あー…!もひもひ?!え〜〜〜と!………!何らっけ?!忘れまひた!ウイ〜〜ッ!」
「「酔っ払いかよっ!」」
「ははっ、おもしろいな〜」
「ちょっとヨウ!笑ってる場合?!」
「ははは。いや、まあ応援呼ばれるのは回避できたわけだからさ。ん〜、じゃあとりあえず先手を打って貢ぎ物でもしてご機嫌取る?」
「貢ぎ物?」
「それ、とか」

 さっきまで男性陣が食べていたまま放置されていたパイユのお皿を指差せば、ナミはなるほどと頷いた。

「サンジ、まだパイユ残ってる?」
「あァ」
「じゃ、お願いね。サンジくん」
「喜んで〜♥」
「ふふ、策士ね」

 さすがサンジのおやつ、お土産の効果は絶大で、敵扱いされずに済んだどころか、いろいろと話を聞かせてくれた。
 おばあさんはココロさんといい、この建物の駅長らしい。女の子はココロさんのお孫さんでチムニーちゃん、猫だと紹介されたニャーと鳴くウサギはゴンベというらしい。
 駅長というのも理由があって、先ほどの大きな黒いものは、何と海を走る蒸気機関車らしく、そのシフト駅がこの場所なんだとか。よく見てみれば、先ほどメリーが乗り上げたところは線路で、海面の少し下で浮いていた。
 ちなみに先ほど海列車に吹き飛ばされたカエルはヨコヅナという名前で、海列車と力比べをしている困った子らしい。
 ココロさんによれば、私たちの記録ログは“ウォーターセブン”という島を指しており、そこは造船業で栄えた都市で、世界最高の船大工が集まっているのだとか。元々、私が合流する前から船大工を仲間に加えようという話をしていたようで、それは一味にとっては願っても無い機会。

「…よーし決めた!そこ行って、必ず“船大工”を仲間にするぞ!」

 ルフィがそう言い出すのは当たり前の話だろうし、誰もそれに異議を唱える者もいなかった。

「ほいじゃあコレな!簡単な島の地図と“紹介状”。しっかり船を直して貰いな。ウォーターセブンは広いからね、迷わねェこった」
「あたし達も近いうちウォーターセブンへ帰るのよ」
「あァそうさ。もしまた会ったら、行きつけの店で一杯おごるさ。んががが」
「そうか!んじゃまた会えるといいな!」
「ウォーターセブンでの記録は一週間らよ。ゆっくりしていきな!」
「じゃ、行くわ!色々教えてくれてありがとう、ココロさん、チムニー!」
「野郎共!出航準備!」
「おォ!」
「気をつけてね!」
「ニャー」
「政府の人間に注意すんらぞ!」

 元気にお別れをし、メリーはウォーターセブン目指して走り出した。
 ただ、ココロさんが最後に言った政府の人間に注意しろ、という忠告が少し気になった。

「ルフィ!船大工探しはおれに任せろ!ものすごい美女を見つけてみせるぜ!」
「バカか!大工だぞ?!山みてェな大男に決まってんだろ。五メートルだ」
「おいルフィ、あんまりデケェとこの船で生活できるかどうか」
「腕がありゃ誰でもいいだろ。その前に海賊船に乗ろうって物好きがいるかどうかが問題だ」
「確かにそうかもね。でも大工さんってアウトローな感じのイメージもあるけど」

 そう話していれば、何やらルフィはスケッチブックに絵を書き出した。それを横から覗いていると、どんどん面白い絵が出来上がって笑ってしまう。
 そんなわたしには構わず、完成したそれをルフィはみんなに見せつけた。

「だからこういう奴をみんなで探すんだ!」
「もしいたらおれは逃げる。怖すぎだ」
「ああおれもだ。船があれば海へ逃げる…だがタコの血を引いてそうだから海でも追ってきそうだ」
「はははっ。わたしはロボットっぽいかなって思ったんだけど」
「おおヨウ!そりゃ名案だな!よし、五メートルのロボットの船大工を仲間にすんぞ!」
「まずロボットの船大工なんかいるわけねェだろ!」

 理想の船大工談義で楽しんでいれば、呆れた様子でゾロが様子を見に甲板の方へ向かっていった。このまま見張りは彼に任せておけば大丈夫だろう。
 ナミから一週間分だというお小遣いをそれぞれ分けられ、あとは島への到着を待つばかりという時、ウソップがメインマストの継ぎ接ぎに抱きつきながら頬ずりしていた。

「どうした?ウソップ」
「――このブリキの継ぎ接ぎもよ…戦いと冒険の思い出じゃねェか…。これからきれいに治っちまうのかと思うと、感慨深くもあるわけだおれァ…」

 そういえば、船大工のいないこの船の修理は、手先の器用なウソップが主に担当していると聞いていた。

「それもわかるが…特に“偉大なる航路”に入ってからのメリー号への負担は相当なもんだ。甲板のきしみも船底の水洩れもひどい。このまま放っときゃ、船もおれ達も危険だぜ」

 そして、今まで専門の修理は一度もせず、“東の海”からここまで航海してきたということも。
 それを聞いた時にはさすがに驚いたし、冒険の証だとは言え、思っていた以上にメリーはダメージを蓄積しているのかもしれないと、口にはせずともそう思った。

「ああ!でも今はいっぱい金もあるしよ!完璧に元気にしてやれるよ!パワーアップもできるぞ!」
「よし、大砲増やそうぜ!」
「じゃ銅像ものせよう」

 きれいに、直れば良い。祈りにも似た願いを込めて手すりに触れた。手のひらで感じたのは、いつものようなメリーの温もり。
 わたしはまだ、君との冒険がしたりないよ。

「おい。アレじゃねェのか」
「島だ〜っ!島が見えたぞ〜っ!」
「よし、みんな!漕げ!」
「ムダな力を使わすな」

 ゾロの声で甲板に向かえば、遠くではあるけれど、確かに肉眼で見える距離に島が見えた。
 さあ、次の島はもうすぐそこだ。

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