20

 一味の誰もが、その光景に感嘆の表情を浮かべていた。もちろん、わたしもそれには違わない。
 “水の都”と評されたウォーターセブンは、一目見ただけでもわかる産業都市だった。都市の中央には大きな噴水がそびえ、その水は都市の中を流れ、海に流れ込んでいる。そこに島があるというよりは、海に都市が建っているとでも表現する方が正しいようにわたしには見えた。

「うは〜!こりゃすげー、まさに産業都市!」
「“海列車”も走るわけだ」
「正面にあるのが駅ね。ブルー駅って書いてある」
「さっきすれ違った海列車は、ここから出たんだね」
「そうね。でも、港はどこかしら…」

 ナミの言う通り、この場所からは港が見えない。普通の島なら正面に港を構えていることが多いけど、ここには駅があるから違うのだろう。
 とりあえずと船を進めれば、駅の目の前で釣りをしていた男性から声がかかり、海賊は裏町へと助言をいただいた。造船業が盛んだという話だったし、船に乗る海賊は客。それなりに待遇は悪くないのかもしれない。
 その助言に従って横に逸れて進む。

「わーっ!すごいっ!水上都市?!」
「すげー!いいなここ。きれいな町だ」
「町が…!水浸し!家が海に沈んでるぞ?!」
「違うわ。元々沈んだ地盤に造られた町なのよ」
「?」
「家の下の礎を見て」
「本当だ、柱だ!」
「成程…それで“水の都”」
「水と共存してるんだろうね」
「うほーー!おい、早く船着けろ!」
「こらこらルフィ、さすがに町中に乗り着けるのはマズイよ。きちんと停められるところじゃなきゃ、メリーもかわいそうだし」
「うーん、それもそうか!なら早く停めるところ探すぞ!」
「そうだね」

 停められる場所を探していれば、またも別の男性から、海賊が停めても問題ないらしい岬を教えてもらうことができ、そのままそこに向かった。
 錨を下ろし、帆をたたむためにゾロがロープを引く。が、その直後に嫌な音が響いて目を向ければ、メインマストが折れ曲がっている様子に目を見張る。

「わー!何やってんだてめー〜〜!」
「違……―おれはただロープを引いただけで。驚いた……ここまでガタがきてたのか、ゴーイング・メリー号…」

 嫌な予感しかしない事態に眉をひそめた。
 ゾロの言う通り、彼は“今までなら”耐えられた力を掛けただけ。ただ、それだけの力に、メリーは耐えることができなかったんだ。
 わたしは船のことはあまり詳しくはない。ただ、素人のわたしが見ても背筋の冷える事態であることは間違いなかった。

「――ところで島の人達、何で海賊を恐れないの?」
「海賊だって“客”だからだろ、造船所の」
「慣れている感じではあったよね」
「海賊に暴れられても構わないくらいの強い用心棒がいるとか…」
「いるだろうなそれくらい…。これだけの都市だ」
「ほんとかよ!えーっ?!おいどうする?!やべェじゃねェか」
「やばくねェだろ。おれ達は客なんだ」
「お客としての最低限を守れれば大丈夫だよ、きっと」

 もし船を直してもらってもお金を払わなかったりすれば、きっとそれはマズイだろう。残念なことに、海賊の中にはそういう輩もいないとは言えないから、それに対処できるだけの何かはあるのかもしれない。まあともかく、わたし達が正しい態度でいれば問題ない。
 新しい島へのワクワクを隠しきれないルフィと、一刻も早くメリーをと駆け出したウソップを、ナミが自分に着いてくるようにと制するのを耳に入れながら、わたしはもう一つ、気になることを思い出していた。
 それはシフト駅を出る時のココロさんの言葉。この島は政府御用達の造船所があり、政府関係者のみが使える路線があるとも言っていた。何もなければ良いけれど…。
 まあ少し、町を見ながらでも情報は集めておいても損はないかもしれない。

「それから、ヨウも一緒に来てね」
「え?」
「あ、ヨウったら話聞いてなかったわね!」
「いや、ココロさんの紹介してくれた人を探して船の修理を依頼する。それから黄金の換金所を探すんだよね?ルフィとウソップがいれば手は足りるかなあって」
「あら、聞いてたのね。違うのよ、ヨウはルフィのストッパー役!」
「ストッパー?」
「そ!あいつが何か起こしそうになった時に止める役よ。私だけじゃ手に負えないわ」
「そっか、確かにそうなると手が足りないね。ならば、お供いたしましょう」

 そうイタズラっぽく笑えば、ナミもおもしろそうに笑い返してくれた。

「ん?何か今、おれのことバカにしてたか?」
「そんなことないって。さ、行こうよルフィ」
「よし!じゃあまァとにかく!行こう“水の都”!」

 黄金の包まれた大きな袋を積みこんでから、残りのメンバーに声をかけて街に向かって歩き出せば、早々にウソップが不安げに声を出した。

「まず換金所へ行かねェか?」
「何で?造船所行こう!」
「――つってもお前こんな黄金抱えて島をウロウロできねェよ。ヒヤヒヤするぜおれァ」
「金に換えても価値一緒じゃねェか」
「そりゃそうだけど、このでかさは人目につくだろ!悪い賊にでも会ったら」
「賊はおれ達だって」
「はは、確かにそうだ。でもウソップの言うことにも一理あるよね。さすがにこの量だと運搬自体に手間がかかるから、何かあった時に面倒かも」
「うん…そうね…。それに紙幣に変えれば私達でも持てるもんね」
「……ん?今の言い方、お前トゲがあるぞ?おれが持ってるとダメみたいじゃねェか」
「ええ、落としたり失くしたりしそう」
「するよ、ルフィだもんなァ」
「お前ら何だ、おれを信用してねェのか!」
「うん」
「はははっ」
「あ、コラヨウ!笑うな!」
「ごめんごめん。でもルフィ、それ引いてたら買い食いした時に手が塞がっちゃうんじゃない?」
「うわ、それはダメだ!よし、まずは換金所だな」
「……ヨウ、すっかり操縦方法把握してんな」
「ほら、連れて来て正解だったでしょ?」

 そんな話をしていれば、すぐに岬から中へと入る橋に着く。ただその橋は街に繋がると言うよりは、一つの店の門に直結していた。

「んん?“貸しブル屋”?」
「何だ?」
「何を貸してくれるとこなの?」
「“ブル”って何だ?」
「知らねェ。ブルドッグか?いや、なわけねェよな」
「すいませーん、ブル貸してください!」
「まず何なのか聞けっ!!」
「はは。まあでも、入り口から店舗に直結してるってことは、町に入るのに何かしら関係してるのかもよ」
「それはそうなのかもしれないけど…」
「ま、ルフィも行っちまったし、とりあえず行くしかねェか」

 ため息交じりの二人の背を押して、ルフィに少し遅れて中に入れば、ルフィが人数を店主らしき男性に示しているところだった。

「何ブルにしようか。ランクは“ヤガラ”“ラブカ”“キング”。まァ四人なら“ヤガラ”二匹ってとこでいいね」
「ああ、おいしく焼いてくれ!」
「おかしいおかしいその会話!」

 いつものことながらウソップの炸裂するツッコミに笑いながら、どうやらブルとは生き物らしいとわかり、見渡せばこちらを見ている何かと目が合った。

「あそこで泳いでるのがブルですか?」
「なんだおめーら、ブル知らねェのか?」
「ええ。私達“記録”をたどってここまで来たんだけど、今まで会ったことないわ」
「ほう“記録”を辿ってここまで来たのかい!やーそりゃたいしたもんだのおめーら。じゃ“ブル”を知らなくて当然だな」

 そう言った店主さんは、ソリのようなものを準備しながらブルについて教えてくれた。
 ブルとはウォーターセブン近海に生息する、頭を出して泳ぐ魚のことで、その大きさによって“ヤガラ”“ラブカ”“キング”と呼び名が付いているのだそうだ。その胴体の部分に人が乗れるように小さなソリのような船を取り付けて、陸でいう乗馬や馬車のような感覚で乗ることができるらしい。
 ここウォーターセブンは水路が歩道よりも多い“水の都”。この街で生活するにも観光するにもブルは欠かせないのだという。

「そんじゃ、二人乗りの“ヤガラブル”二匹で二百ベリーだ」
「へーかわいい」
「ふふ、鳴き声が可愛いね」
「馬みてェな魚だな」

 話を聞きながらブルがたくさん泳いでる生簀を覗き込んでいれば、おもむろに近くにいたブルがルフィの顔をなめ、それを見ていた店主は気に入られたなと、その子を選んで用意してくれた。
 店主が準備する様子を近くで伺いつつ、そう言えば黄金もあるのにブルは大丈夫か気になった。あまり無理をさせるようではかわいそうだ。

「店主さん、大きな荷物があるんですが二匹で大丈夫ですか?荷物の方は結構重いんですが」
「まァブルは力持ちだから大丈夫だろ」
「そうですか。なら良かった」
「それにしてもでけェ荷物だよな。中身は何だい?」
「黄金」
「わははは面白いな」
「あ、ルフィ」
「ほら」

 静止が遅かった。ジャラジャラと、ナミが空島からもらってきたのだと言っていた黄金の山が姿を見せ、店主は目が飛び出るほど驚いている。そらそうだよ、本物だもの。

「うおーーー!くれ!!」
「やるかっ!」
「恐ろしく正直なおっさんだな」
「あんたも軽々しく人に見せるな!」
「何だ、減るもんじゃねェだよ」
「いやいや、おどろいたよ……。さて“ヤガラブル”二匹で百万ベリーだよ」
「値段上がったぞおっさん!」
「逆に清々しいね」

 ただ、うちの美人航海士にそんな手は通用しない。彼の方も本気でそう言ったわけでもないのだろう、ナミから二百ベリーのみ受け取っていた。
 たぶんだけど、ナミの顔が怖かったわけではないと思う。たぶん。

「ねえっ、この辺に換金所はある?」
「んー…あるにはあるが…そんな量の黄金だと……店に金がないだろう。造船島の“中心街”へ行った方がいい」

 観光用に常備しているのか、町の地図ももらい、なんだかんだでとても良くしてくれた店主に別れを告げて、ブルは勢いよく町へと繰り出した。
 私はルフィの後ろで、黄金の上にバランスを崩さないように座り、ナミとウソップは別のブルという組み合わせだ。

「うあーっ、こりゃいいなー」
「ホント、気持ち良いね」
「そうね。ゆれもないし快適」
「この辺は住宅地みたいだな」
「本当に水路中心の町の作りね」
「素敵だよねえ」

 うん、観光資源としては最高だ。ただ、ここで暮らしていくには、こういう町のには町の問題というのもあるのかもしれないけれど。

「おっ坂道。流れが逆だけどいいのか?」

 ウソップの声にそちらを見れば、その言葉通り坂道があった。もちろん水は上から下に流れるものだから、こちらからすれば、水流と進む方向は逆だ。
 ただブル達は、任せろとでも言っているかのように、ニー!と一つ鳴き、その坂道へと進んで行った。

「あ!待って、道が違うっ!」
「やっほー!水が下ってても関係ねェんだな!」
「泳ぐ力がすごいんだね。うわ、もうこんなところまで上ってきた」
「屋根の上にも水路があるぞ」
「ねェだけど!道が違うわ。まず商店街に出なきゃ…」
「まーそう急ぐなよ。せっかくだから水路散歩しよう」
「今度は下りだー!」
「お、すごい。見てよナミ」
「え?」

 迷いなく進んできたブルの進行方向にはたくさんの人の気配。ブルは違う道を進んでいたのではなく、商店街への最短ルートで乗せてきてくれていたんだ。

「もしかして、今の近道だったの?すごい!賢いのね、このコ達!」

 ナミの賛辞に誇らしげなブルはとても可愛らしく、それに笑っていれば、前方から“ヤガラブル”とは比較にはならないほど大きなブルが進んできているのが見えた。近づくとそのブルは一層大きく見え、その背には多くの人々を乗せていた。
 その中に、仮面を着け、仮装している人がいることにウソップとナミが興味をひかれている中、私とルフィを乗せたブルは、どうやら他の何かに興味がひかれているらしい。

「何だ、どうした」
「何か見てるみたいだね」
「わっ!おいどこ行くんだ!」

 乗せられたままに勢いよく進んだ先にあったのは一つのお店。そこでは“水水肉みずみずにく”という食べ物が売られており、ブルの大好物なのだという。
 誘われるままに買ってみれば“水水肉”という名の通り、噛めば噛むほどしみ出る肉汁が口いっぱいに広がり、食感は言いようの見当たらないやわらかさ。ブルがこれに目がないのも納得の味だった。
 二つ買った内の一つをブルにあげ、ご機嫌のブルに乗せられて町中を行けば、気づけば目的の場所へはもうすぐそこだった。

「さて…いよいよ“造船”"へ入るわよ。“水門エレベーター”で」
「“水門エレベーター”?」
「あの塔みたいなのがそうよ」

 ナミのいう通り塔のような大きな建物には、これもまた大きな門があった。そこが“水門エレベーター”の入り口なのだろう、そこに吸い込まれるようにたくさんの人が入って行く。これで“造船島”へと上がるのだ。

「中で何が始まるんだ?」
「成程。“水門エレベーター”か…!」
「門が閉まると建物内の水位が上がる仕組みかあ。ここならではだね」
「おー水門がしまった」
「おー上がってく、上がってくぞ」
「おお〜!面白ェな〜ウォーターセブン!」
「水で何でもやっちゃうのね!」

 エレベーター内を上がる水面と共に自分達も上がって行く感覚は新鮮で、上昇する水位と共に感情も高まっていくようで、自然と全員が笑顔になっていた。

「着いたーっ!ここが世界一の造船所!」
「“ウォーターセブン”の中心街!」
「中心街、というだけあって、下よりも都市感が強いような気がするなあ」
「ここは陸の方が多いな、さすがに」
「巨大だなー色々〜!」
「こんなでっかい町初めて見た!」

 初めての場所はやはりおもしろい。
 目に見えてワクワクしているルフィにつられるように周りを見渡せば、大きく“1”と書かれた門の前に人が集まっていた。

「何だあの人だかり……!」
「あそこが造船所かな」
「行ってみよう!行けヤガラ」

 ブルが陸に身体を寄せてくれ、すぐに人だかりに近づいて行ったルフィの後を追えば、やはり人だかりは造船所の前にできていたらしい。

「なァおっさん、何かあったのか?」
「ん?ああ、この一番ドックでまた海賊達が暴れたらしくてな。――まァ結果は当然職人達にノされておわりよ。バカな輩が後をたたない」

 成程、ロビンが船で言っていた仮定は合っていたようだ。
 海賊も客。きちんと客には商品を提供するけれど、誠実な売買ができない相手には容赦はしない。それを可能にできる腕があるということは、それだけ厳しい鍛錬を積んでいるということなのだろう。仕事も、腕っ節も。

「船大工が…海賊やっつけちまつのか」
「あァ君は航海者か。あの人だかりは…まあつまりヤジウマだ。“ガレーラカンパニー”の船大工達は住人みんなの憧れの的さ。強くて腕があって…。彼らは…“ウォーターセブン”の誇りなんだ!」

 そう言ったおじさんからは“ガレーラカンパニー”の職人達に対する尊敬の気持ちが見て取れた。こんな風に町の人から慕われているということは、とても素敵なことだと思う。
 これだけ町の人に慕われている人の中から、もし仲間が見つかるなら。そう考えれば、より気持ちは高まっていく。

「へえ…そりゃ楽しみだ」
「素敵なとこに上陸できて良かったね」
「ニシシ、そうだな!よーし、そんじゃあ張り切って船直して船大工仲間にすんぞ!」

 きっとルフィのことだから、また一癖も二癖もあるような、でも、そんなことは気にならないほどの素敵な仲間に出会えるに違いない。
 それを楽しみにしつつ、ブルの方へ足を向けた。

「うん。それじゃまず換金所ね」
「ん?あ、そうだったそうだった!行くぞ、ヨウ!」
「はいはい」

 わたしを飛び越えて先にブルに乗り込んだルフィはまるで楽しみが全身から溢れ出ているかのよう。わたしもそんなルフィにつられるように笑みを深め、後部座席へと乗り込んだ。

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