「私の言いたい事は三つよ…鑑定士さん…」 黄金の鑑定を黙って聞いていたナミが、その美しい足を机に振り下ろしたのは、黄金の鑑定額が“一億”に決まりそうになった時だった。彼女のそれが意味することは言うまでもなく、その額では不服、ということなんだろう。 わたしは黄金の価値に詳しくはないから、鑑定額の正当性はわからない。ただ一つ言えることは、このおヒゲ鑑定士よりうちの美人航海士の意見をわたしは信じる。 「一つ…言い忘れてたけど、コイツは一億の賞金首」 にっこり笑ったナミはそう言いながら状況を把握していないルフィを指し示した。 「二つ…今の鑑定に私は納得しない」 その言葉の後、一瞬彼女と目が会う。 おや、と思ったのは束の間、続いた言葉で言わんとしていることは理解できた。 「三つ…もう一度ウソをついたら、あなたの首は今ここで飛ぶことになる」 スッと鑑定士の背後に移動し、その肩に軽く手を添えた。 「おや、鑑定士さん。こんなところにゴミが付いていますよ?」 「…!!」 「取っておきましたので、ご心配なく」 ニッと口元に笑みを作ってまた元いた場所まで戻って見せれば、鑑定士の顔色は先程よりも余程悪く見えた。 「さあ。もう一度、鑑定金額を聞きましょうか?」 まあ、彼女相手に金額を誤魔化そうとした罪は重い、ということだ。 「さ…三億ベリーっ!!」 「夢じゃねェのか……!」 「空島の冒険が遂に実を結んだわ!大金持ちよ、私っ♥」 「私達だろ!」 「これなら費用は十分そうだね。良かった良かった」 アタッシュケース三つ分にもなったお金を持って、ご機嫌で店を後にしたわたし達は、船に一度戻るのは手間ということになり、一人一つのケースを持って直接造船所へ行くことに。 ちなみにアタッシュケースはナミとウソップ、わたしが持つことで落ち着いた。 もちろん、ルフィは自分が持つと言ったけど、持たせてみればケースを振り回して大変なことになったため、そこは愛のある暴力にて結論が出ました。まあ、こればっかりは仕方ないよ。 「戻ってきたぞ、造船所の入口!」 「よかった、さっきの人だかりは消えてる」 「とにかく探そうか、その……」 「“アイスバーグ”さん」 「何者なんだろうな。――中に入っていいのかな」 「いや、誰か関係者に声を…ってこらこらルフィ」 言ったそばから、おじゃまします!とお邪魔しようとしているルフィ。まあルフィだし、待つより行動しようっていうのはわかるんだけど。 でもさすがになあ、と止めようとすれば、それよりも先に制止がかかった。 「おっと待つんじゃ。他所者じゃな?」 「ん?」 「とりあえず外で話そう。工場内は関係者以外立入禁止じゃぞ」 入ろうとしたルフィを素早く制止したその人は、大きな目と長い鼻が特徴的な人だった。まあ腰に大工道具をぶら下げているし、ここの船大工さんで間違いないだろう。 「あ〜〜どっこいしょ。このドックに用か?」 「はい、失礼しました。実は船を診ていただきたくて、ある方から紹介を受けてこちらへ」 「ああ…ウソップか」 「おれはここにいるぞ!ルフィ!」 「そうよ、この人四角いわ」 「…重ね重ね失礼を」 「ワハハハ、気にすんな」 苦笑いで謝れば、その人は本当に気にしていないというように快活に笑ってくれていた。最初に話せたのがこの職人さんで良かった気がする。 「そうだ、あの…アイスバーグさんに会わせて欲しいのっ!」 「…アイスバーグさんに?」 「ココロさんという方からご紹介していただいたんです。その方に船を頼めば良いと」 「あ、これ紹介状よ」 「ほう。なら納得じゃな」 「え?お前おっさんか?」 「ワシャ二十三じゃ」 「“二十三じゃ”って、じいさんみてェな話し方だぞ」 「ワハハハ、よう言われるわい」 その理論で言えば、ルフィは十七歳とは思えぬ少年っぽさが溢れ出ているけどね。という言葉は飲み込んでおく。 そんなことはともかく、この人はココロさんとアイスバーグさんの関係も含めて事情がわかるようだ。運が良い。 もしかすれば、話を取り次いでもらえるかもしれない。 「知ってる?アイスバーグさんって人」 「知ってるもなにも…アイスバーグさんはこのウォーターセブンの“市長”じゃ」 「“市長”さん、ですか?」 まさかの肩書きに、思わず目を丸くした。市長って、この都市のトップじゃないか。 「へーっ、そんなに偉いやつなのか!」 「さらにワシらガレーラカンパニーの社長でもあり、“海列車”の管理もしておる」 「最強かそいつァ!」 「まァウォーターセブンで彼を知らぬ者はおらんわい」 市長に社長に海列車の管理…。むしろそんな偉い人にあんな簡単に紹介状を書けるココロさんって、一体何者なんだろう。 そんなことを考えていれば、船大工の人は少し何かを考えている表情を浮かべていた。 「――じゃが、あの人も忙しい身じゃしのう」 「会っていただくのは難しいですか?」 「うーん、まあそれは出来るだろうが…。まァ、お前達の話は要するに船の修理じゃろう?」 「ええ」 「船を泊めた場所は?」 「岩場の岬…」 「よし、じゃあワシがひとっ走り船の具合をみてこよう。その方がアイスバーグさんに会った時話が早い。金額の話もできるじゃろ」 そう言った彼は、大工道具を外して置くと、準備体操のような軽いストレッチを始めた。 「ひとっ走りって…“ヤガラブル”で?」 「ワハハハ、そんな事しとったらお前達待ちくたびれてしまうじゃろう。まァ10分待っとれ」 「10分…?」 ストレッチを終え体制も整ったらしい彼は、そこから高速で地を蹴り、造船所の端に向かって飛び出して行った。やはり、そういうことなんだろう。 「速ェっ!!」 「え…でも待って、あっちにあるのは…」 「絶壁!!」 水門エレベーターで上がってきた先にある造船所。それだけ高低差もある場所から、彼は当然のように、下の町へと飛び込んだ。 わたしが言うのもなんだけど、身軽な人だなあ。 そんな彼に注目していれば、わたし達に向けた声が背後からかかる。 「ンマー!心配するな」 「え?誰?!」 「奴は町を自由に走る。人は“山風”と呼ぶ」 “山風”か…。山から吹き下ろす風のように町を駆ける、ということかな。気持ちの良さそうな二つ名で素敵だ。 “ガレーラカンパニー”一番ドック、大工職・職長、カク。そう紹介を受けて、そう言えばまだ名前も聞いていなかったことに気づいた。あとできちんとこちらから名乗らなくちゃな。 さて。 「ねえルフィ、わたしもちょっと行ってくるよ」 「ん?行くって、船にか?」 「うん。まあたぶん誰かしら残ってるとは思うけど、一応きちんと、その場で査定を聞いておいた方が良いと思うんだ」 「そっか。わかった、いいぞ!」 「ありがと」 船長の許可はもらえたから、あとは二人にこの場をお任せしよう。 「ウソップ、これ持っていてくれる?」 「え?おれがか?!に、二億になっちまったっ…」 「わたしが戻るまでの間だけだし、お願いね。ナミ、聞いてた?」 「ええ。まあ、査定額誤魔化されちゃ困るし…、いいわ。行ってきて」 「うん。ここは任せるよ」 「わかったわ」 わたし達の話がみえていないらしい、先程声をかけてきた何やら地位の高そうな人と眼鏡の美人に一つ会釈をし、念のため見られないように背中を向けて印を結ぶ。 「“瞬身の術”」 そして音もなく地を蹴った。 全力ではないのだろう、悠々と町を駆けるカクさんに追いつくのはそう難しいことでもなく、彼が降り立ったすぐそばに、わたしも足をつけた。 「お…あの船じゃな…?」 「そうです」 「!お前…」 背後から急に話しかけたのが悪かったのか、驚かせてしまった。それに、癖で気配を絶っていたのも良くなかったかもしれないと、軽く頭を下げた。 「すみません。査定に立ち会いたいと思ったので、追ってきてしまいました。ご一緒しても?」 「あァ、そりゃ構わんが…」 「ありがとうございます。もちろん、貴方を信用していないということではないんです。ただ、わたし達の大切な船のことなので、きちんと理解すべきだと思ったものですから」 そういえば、何だか少し複雑そうな、よくわからないとでも思っていそうな表情で彼はこちらを見ていた。何だろう。 「何か?」 「…いや、何でもない。ただ、お前さんは全然海賊っぽくないと思っただけじゃ。ってのは不名誉な表現だったか?」 「いえ、お気になさらず。あ、申し遅れました。わたしはヨウと申します」 「ワシは“ガレーラカンパニー”大工職のカクじゃ。それと、もうちょい気を緩めてもらえんか?このままじゃどっちが客だかわからん」 「…はは、それもそうだ。じゃ、行きましょう」 「そうじゃな。時間は10分しかないからのう」 「そうでしたね」 お互いに表情を少し緩めながらメリーへと歩を進めた。 どうやら船番はゾロ一人らしい。敵意もない相手に無闇に斬りかかるような人ではないけれど、説明はすべきだろう。 「案内はした方が?」 「いや、勝手に必要なところは見て回る」 「わかりました。よろしくお願いしますね」 「ああ。じゃ、失礼」 そう断ってから船に上がったカクさんは、早速査定を始めてくれた。そんな彼の邪魔をしないよう、わたしは船首側で寝ているゾロの横に着地した。ゾロはわたしだとわかっているのか、昼寝の体勢のままでいる。 「ゾロ、起きてる?」 「…一緒に戻ってきたのか?」 「はは、そうだけど、ちょっと違うかな」 どうやら、ゾロまでカクさんのことをウソップと見間違えているらしい。それがおもしろくて笑えば、様子が違うことに気づいたのか、今度はきちんと目を開けて、訝しげな顔でカクさんをうかがった。 「ってあいつ誰だァ!」 「はは、船大工のカクさんだよ。メリーを診てくれてるんだ」 「…船大工か」 「うん。その付き添いでわたしもね。誰かはいると思ったけど、一応さ」 「そうかよ」 説明を終え、そのままの足でカクさんの見えるところへと移動した。邪魔をしてしまうのは良くないが、査定が気にならないかと言えばそれは違うので、甲板からは降りずにカクさんを伺う。 わたしが様子を伺っていれば、黙って隣にやって来たゾロが柵に腰掛けた。彼も思うところは同じなんだろう。 ここからではどのようにメリーを診ているのかはわからないけれど、もうすぐ結果が出るのだと思えば、自然と少し緊張した。 「大丈夫」 思わず、小さくそう呟いていた。 それは誰に言っているのではなく、他でもない、この査定で明らかになるかもしれない可能性を抱えて緊張している自分を落ち着かせるための言葉だった。 が、隣にいるゾロには届いていたらしい。 「珍しく余裕ねェな」 「…そりゃあ、大事な仲間のことだから」 そう苦笑いまじりで言えば、ゾロはふっと口元だけ緩ませていた。ゾロのこういうところ、わたしは好きだなあ。 そのまま二人、黙って結果を待つ。そう長い時間はかからず、カクさんは一つ息をついてわたし達の方を見た。 「査定は終わりましたか?」 「あァ、終わった」 カクさんの表情からは結果は見えない。早く結果を聞きたいはずなのに、促すべき言葉はなぜか喉元に詰まって出てこない。 そんな一瞬の沈黙のあと、静かに、ゾロがその答えを促した。 「それで?」 「まあ、引き延ばしたところで結論は変わらんから率直に言うぞ。…この船はもう直せん。もし手一杯修理したとして、次の島までもたんじゃろう」 可能性の中で最も悪い結果に、胸元を思い切り殴られたかのように、一瞬息が出来なくなった。 「ホントか?!そりゃ……」 「わしゃあ本職じゃ。ウソは言わん」 嘘などでは、ないんだろう。ならば、聞かなくては、いけない。メリーの真実を。 握った拳の力を抜いて、詰まった息を、やっと吐き出した。 「…理由を、聞いても構いませんか?きちんと、理解したい」 しなければ、いけない。どんなに辛くとも、受け入れなければならない。この先も、進むための冒険を続けるなら。 「この船はいろんなところが傷んでる、まさに満身創痍と言って良い。ただ部品が傷んでるだけならまだ良かったんじゃが、…お前らは“竜骨”ってのを知っとるか?」 「なんだそれ」 「船の底にある、船の核になる木のことですよね」 「そうじゃ、“船の命”とも言われとる」 「それが……傷ついてしまっている、ということですか?」 「あァ、しかも酷くじゃ。お前の言った通り、船は竜骨を核として造られる。つまり、竜骨の損傷は船の死を意味する。もう直すことは不可能じゃ」 船の死。その言葉は何よりも重く、その現実を表していた。 「むしろこの船の損傷具合から言えば、ここまで保っていたことの方が不思議なくらいじゃな」 「そう、ですか」 「……」 それ以上の言葉は出なかった。 きっと、この結果が誰よりも辛く、悲しいのはメリーだ。メリーこそ、これからも一緒に冒険をしたいはずだ。みんなをもっともっと、乗せたかっただろう。 でも、それが叶わないこともまた、誰よりもメリーが一番わかっているだろう。もし無理に修理を施して次の島へ旅立ったとして、自分の仲間を安全に運ぶという本分を達成できなければ、結局また一番辛い思いをさせることになる。きっとメリーはそれを望まない。 ここでメリーとは、別れなければならない。 何より辛い、しかし避けては通れない現実。 しかしその痛みをも受け止め、その痛みと共に強く進めなければ、この先の旅はできない。それが前に進むということだ。 …そうやって、自分を納得させるほか、選択肢などなかった。 「さて、査定は終わりじゃ。ワシは戻るが…」 向けられた視線に一つ頷いて返す。 まだ心の整理は付けきれてはいなくとも、状況は理解した。それはおそらくゾロも同じだろう。彼にはここを任せられるし、それにわたしは造船所に残してきた三人にも話をしなければいけない。 ナミはともかく、ルフィとウソップは、おそらく冷静ではいられないはずだ。 「わたしも行きます。こっちはお願いね」 「あァ」 降りる前、メリーの顔に目を向ければ、当たり前だけど、メリーはいつもと同じ顔でこちらを向いている。ただどうしても、今のわたしにはその顔が寂しそうに見えた。 「メリーがわたし達の仲間であることは、この先もずっと変わらないから。何があったって」 こんなこと言ったって、ただの自己満足にしかならないのに…。 一人、苦笑いを浮かべ、カクさんの元へと急いだ。 |