22

 町を駆けるカクさんの少し後ろに続いて造船所へと向かう。その途中の水路に仲間の気配を見つけた。
 メリーの件、これから全員で話し合いがなされるだろうことは想像に難くない。買い物はとりあえずで済ませてもらって、今は早めにメリーに戻ってもらうように伝えておく方が良いかな。と、少しスピードを上げた。

「カクさん」
「ん?」
「用ができたので先に行っていてください。少し遅れますがすぐに行きますので」
「わかった」

 了承を得て進む方向を変えれば、一呼吸で見えて来た金と茶の二人組。ヤガラブルの後ろに大きな荷を積んだ船を繋げているから、買い物は概ね済んでいるのかもしれない。そうなら都合は良いんだけど。
 水上にいる二人を驚かせては危ないからと、一度近くの陸地に降りた。

「サンジ!チョッパー!」

 わたしの呼び声でこちらを見た二人に軽く手を振ってから、再度地面を蹴る。船を揺らさないよう気をつけながら、今度は荷船の方に降りた。

「ヨウ!」
「あれ?ナミさん達と造船所に行ったんじゃ?」
「うん。それで今、造船所の船大工さんにメリーを診てもらった帰りなんだ。これからまた造船所に戻ってルフィ達と合流するつもりなんだけど……メリーのことで話があるから、二人にも一度メリーに戻ってもらった方がいいって伝えようと思ってちょっと寄ったんだ」
「…わかった。おれらも戻ろうって言ってたところだから」
「そっか。ところでロビンは別行動?ゾロからはロビンとチョッパーが一緒に出かけたって聞いたんだけど」

 そう言えば、二人の顔色に少し影が射したのがわかる。ただの別行動、とは違うらしい。

「何か、あった?」
「いや、まだよくわからねェんだ。……けど、チョッパーと買い物してたロビンちゃんが急にいなくなっちまったらしくて」
「急にって、チョッパーに何も言わないで?」
「そうなんだ、おれ本に夢中で…。ここは水路が多いから、ロビンのニオイも途切れちゃってて追えなかった」
「そんで、たぶんその後のロビンちゃんが、変な仮面を被ったやつと一緒に歩いてるのをおれは見かけたんだ。だが、声をかけようとしたところで……消えちまった」
「消えた?」
「…あァ。よくわからねェんだが、ロビンちゃんとその仮面野郎を追って角を曲がったのに、そこに二人の姿はなかった。しかも行き止まりだったんだ」

 その不可解な話に、少し眉を寄せた。
 まずロビンが同行者だったチョッパーに何も言わずに姿を消したこと。ロビンは何か気になることがあっても、それに夢中になって周りが見えなくなるような性格ではない。彼女なら、もし別行動をとりたければ必ず一言告げるはずだ。しかしそれをしなかったということには、何かしらの理由があるのかもしれない。
 それから、サンジの目の前から忽然と姿を消したロビンと、同行していた仮面の人物。サンジはどちらかと言えば気配には聡い方だ。そのサンジが消えたのだと言うんだから、それはその言葉通り、そこからいなくなったか、もしくは見えなくなったのだろう。その場に隠し扉か何かがあれば話は別だけど、単純に考えれば悪魔の実の能力の可能性が高いように思う。ロビンは自分自身の姿を消したり現したり、というような力の使い方はしていなかったし、仮に出来たとして、他人の姿をも消すことができるのかは疑問だ。可能性とすれば、仮面の同行者の能力、という考えもある。
 いずれにせよ、わたし個人の印象ではあるけれど、少し、嫌な感じはしないでもない。

「そう。…確かに、ロビンにしては少し不自然な行動にも思えなくはないかな」
「そう、だよなァ」
「ど、どうしよ〜?!おれが勝手にロビンから離れたからっ…」
「いやいや、落ち着いて。決めつけるにはまだ少し早い気もするし。ロビンがいなくなってから、まだそれほど時間経ってないんだよね?」
「う、うん」
「なら、用事が済めば普通に戻ってくるかもしれない。ロビンに限って、帰りの道がわからない、なんてことはないだろうしね?」

 冗談まじりに笑いかければ、二人の表情が少し和らいだ。
 そう、まだ何か起きている確証などどこにもない。焦るには時期尚早だろう。予感など、ただの予感に過ぎない。

「まあ、それは冗談として。造船所に行く途中、ロビンの気配があればわかると思うから、見つけたら声をかけておくよ」
「あァ、頼むよ」
「そうだな!ヨウは気配で見つけられるもんな」
「うん。だからとりあえず、今のところは先に戻ってて」
「わかった。よろしくな、ヨウ!」
「要らぬ心配かもしれねェが、道中気をつけて」
「ん、ありがとう。それじゃあ後で」

 最後にまた一つ笑いかけ、再度あまり船を揺らさないように気をつけながら跳び上がった。
 それからロビンの気配に気をつけて造船所に向かうも、道中で彼女の気配を見つけることはできなかった。まあこの町は広いし、わたしの感知範囲も限られる。とりあえずは三人と一度船に戻ってから、必要があれば今度はきちんも探しに行けばいい。それからでも遅くはない。
 そう考えごとをしながら造船所の前に着地すれば、そんなわたしのすぐ横を、声をかける間もないほどのスピードでルフィが跳び出して行ってしまった。
 わたしにも気づかないほど一目散だということは、何か理由があるんだろう。たった十分程度の間に何があったのか…。とにかくまだ造船所内にいるナミの下へと急ぐことにした。

「"フランキーハウス"だ」
「その"フランキーハウス"っていうところにルフィは向かったの?」
「ヨウ!」

 声をかければ、少し顔色の悪いナミがこちらを見た。焦っているような怒っているような、複雑な感情が彼女からは読み取れる。

「ルフィが飛び出していくのを見たんだけど、その様子だとやっぱり何かあったみたいだね。そう言えばウソップもいないし」
「そうなの!二億とウソップが"フランキー一家"とかいうやつらに追われてるみたいなの!ルフィはそれを探しに行ったんだけど、アイツどこへ行けばいいのかもわからないまま飛び出して行っちゃった!ああ、それにメリーのことも…」

 そっか。メリーのことを聞いたばかりで混乱してる時に、ウソップがいないことに気づいたんだろう。わたしの方も、ロビンのことに気を払いすぎて、ウソップが造船所におらず町中にいたのかもしれないことに気づけなかった。
 とにかく、焦っていても事態は良くならない。落ち着くようにと、彼女の目を見ながら肩に優しく触れた。

「わかった。ナミ、わたしはメリーのことは知ってるから、大丈夫」
「あ、そっか。そうよね…」
「うん。その話もみんなでしないといけないし、まずはウソップを探すのが先決だね。わたしはルフィを見つけてからその"フランキーハウス"っていうところに向かうから、ナミは一度メリーに戻ってくれる?少なくともゾロと、たぶんサンジとチョッパーもいると思うから」

 わかったと頷く彼女に、もう混乱はない。それに少し微笑んでから、近くで様子を黙って見ていてくれたカクさんを始め船大工の方々に頭を下げた。

「お仕事の邪魔をして申し訳ありません。出直して参りますので、その際はよろしくお願いします」
「おう、わかっとる」
「ありがとうございます。…それと、その"フランキーハウス"とやらの場所、もう一度伺えますか?」

 ゴーグルを頭に着けている、先ほどナミに話していた方に声をかければ、少し面食らったような顔で、岬の北東にある岩場だと教えてくれた。アウトローな雰囲気もあるけれど、きっと根は優しい人なのだろう。
 お礼を述べ、再度船大工の方々に軽く頭を下げてから足早に造船所を出た。のんびりしている時間はない、ウソップが心配だ。

 ナミの出立を見届け、わたしは水門エレベーターの頂上から町を見下ろした。
 この町は、人探しには広すぎるし、気配も多すぎる。その多すぎる気配に紛れて動く個人を探すのは、いくら仲間とはいえそう簡単なことではない。先ほどはたまたま近くで見知った気配があったから良かったけれど…。
 ただし、ルフィはきっと、その能力を駆使して町中を跳び回ってウソップを探しているはず。異質に動く気配を探すのであれば、できない課題ではないはずだ。ルフィを探し出すことだけに全神経を集中させるように目を閉じた。


 そのまま建物の屋根を足場にして、周囲を探りながら少しずつ町を進んでいけば、案の定町を跳び回る知った気配。
 見つけやすいと踏んでいたルフィの行動も、縦横無尽にこれだけの速度で動き回られたのが裏目に出てしまい、思っていたより時間をロスしてしまった。

「ウソップ〜!どーこだあ〜〜!」
「ルフィ」
「ウーソーップー!!」
「ルフィ!」
「ん?ってヨウか!あ、お前がいない間にメリーとウソップが大変なんだ!」
「うん、知ってる。ウソップのこともナミから聞いたよ。で、その様子だとまだウソップは見つからないみたいだね?」
「あァ、あの船大工のマネすりゃ簡単に見つかると思ったんだけどよ、全然見つかんねェ!」
「うん、発想はルフィらしいけど、ただ闇雲に探してても見つからないって。わたしも一緒に探すから、とりあえず一旦止まって。せっかくウソップを見つけても、ルフィがそばにいてくれないとすぐに駆けつけられない」

 ウソップを追いかけているらしい輩はこの町の無法者達らしい。もしお金を取られるだけで済むならまだ良い。でも、ウソップがそう簡単にあの二億ベリーを手放すとは思えない。だってあれは、メリーを直すための資金になるはずだったものだ。メリーのことを特別大切に思っているウソップが、抵抗しないはず、ない。
 とにかく今は、一刻も早くウソップ探しに舵を切らなければ。

「わたしも急いで探すから。とりあえず一度止まって」
「…ま、ヨウが言うなら仕方ねェか」

 近くの屋根の上に、その柔軟さを利用して足を止めたルフィのそばに、わたしも着地した。仕方ないと言いながらも口が尖っているルフィに礼を言いながら、気持ちを切り替える。
 さあ、次はウソップの気配を…。

「どうだ?いたか?!」
「いやいや、ちょっと待って。さすがにそんなにすぐには見つけられないって」

 苦笑いでそう答えたものの、ルフィが黙って待ってくれる時間など高が知れている。またルフィが闇雲に走り出す前に、早くウソップを探さないと。

「急ぐから…ん?」
「お!いたか?」
「いや、ウソップではないんだけど…、近くに三人いるね。ゾロと、サンジとチョッパーだ」

 メリーにいるはずの三人。その三人が町にいるということは、何かあるのかもしれない。ルフィを探すのに手間取ったから、その間に何か進展があったという可能性もある。

「とりあえず三人と合流しよう。何か知ってるのかもしれないし」
「ああ、わかった!」
「ってルフィ、そっちじゃないよ!こっち」
「お?」

 ルフィらしいのは良いんだけど、今は時間が惜しい。手を出せば何の迷いもなく握り返してくれたルフィに少しの苦笑いを返しつつ、その手を離さぬように三人の元へと足を動かした。

 ルフィの腕を引きながら飛ぶように町をかける。少し前に移動をやめた三人はもうすぐそこにいるはず。

「ルフィ、あそこ」
「ん?あ、あいつら!おーーーい!」

 見え始めた三人の方向を指し示せばルフィも仲間の姿を見つけたらしく、大きな声で呼びながらスピードも殺さず、わたしを残して飛び出して行った。
 まあもういなくなる心配はないかと、わたしは繋いでいた手を離した、のが間違いだったのだろうか。ルフィは飛び出した勢いで近くの家の外壁にぶつかってしまった。
 普通の町ならいざ知らず、ここは水路が巡らされた特殊な町。ぶつかった勢いで外壁と間逆に弾かれたルフィは、ゴロゴロと転がってそのまま後方の水路にドボン。

「あらら。わたし一人しかいない時じゃなくて良かった」
「あ、ヨウ!」
「そういやお前もカナヅチだったな」
「うん。…それで、みんなもウソップを探しに?」
「ああ。ナミから聞いてここに来たんだが、一足遅かったらしい」

 わたしはわたしできちんと陸に着地して、溺れたルフィをサンジが助けに行ってくれているのを見守りつつ、状況を確認した。
 ゾロが指し示したところには、点々と続く血の跡。それがウソップのものだということは言われずとも明白で、思わず眉を寄せた。やはりウソップは、黙ってお金を盗られはしなかったらしい。

「もしかしたらウソップ、もう一人で…」
「……この近くに、もうウソップの気配はない。急いだ方が良さそうだね」

 顔色を少し悪くしたチョッパーの頭に軽く手で触れてから、一足先に血の跡を追い始めているゾロの背を追う。
 わたしの隣へ来たチョッパーは、少し不安そうな表情でわたしの顔を見た。

「なァヨウ、ロビンはどっかにいたか?」
「いや、いなかったよ。とりあえず今はウソップのところへ向かうとして、それが済んでからまた探してみるから」
「うん…」

 そう話している間に二人もすぐに追いつき、五人でフランキーハウスだと思われる方向へと急ぐことしばらく、彼の姿が見えてくるより前にわたしはその弱々しい気配に気づいて手を握りしめた。

「ウソップ…」

 わたしの声が聞こえたのか、みんなの走る速度が上がった。

 その姿は奇怪な形の家の少し手前にあった。大きな声がその家からもれているにも関わらず、彼を取り囲むわたし達の空間はとても静かだ。

「息はあるか、チョッパー……」
「死んじゃいない…!大丈夫、助けられるよ…!完全に気を失ってるけど…」

 全身が血だらけで、それはウソップが戦ったということを示している。しかしそれよりも、何よりもわたしの胸を押し潰したのは、ウソップの目から溢れる涙だった。

「ちょっと待ってろよウソップ」

 湧き上がった怒気が空間を支配する時にはすでに、全員が歩き出していた。

「あのフザけた家…吹き飛ばして来るからよ……!!」

 "FRANKY HOUSE"と堂々と掲げられた家の前に着けば、図ったようなタイミングでドアが開いた。そこから出てこようとした大きな人物を建物内に押し戻す。誰一人、ここから逃すことはしない。
 中には似たようなメガネと服を身につけた、フランキー一家と思しき輩が多くおり、何やら下品に笑いながら何かを言っているけれど、残念ながらわたしには、何一つ聞こえてこなかった。ただ、ザワザワとうるさい、というだけ。
 ルフィの"攻城砲"を皮切りに、ゾロ、サンジ、チョッパーの技が繰り出され、フランキー一家は混乱を余儀なくされている。そんな姿をわたしは、ただ黙って後ろから見ていた。

「つまりここでどれだけ暴れようとも、あの"二億ベリー"はもう戻りゃあし……」

 ルフィ達の攻撃に恐れをなしたのか、何かを言い訳のように叫び出したフランキー一家の一人。ただ、違う、そういうことじゃない。
 わたし達の気持ちを代弁するかのようにその声の主に向かってルフィは拳を放つ。

「……もう何も喋ってくれるな……。そういう事っちゃねェんだよ…」
「そうだな……もう手遅れだ」
「――お前ら骨も残らねェと思え」

 仲間の声だけは耳に入ってるけれど、それ以外の雑音はまったく入ってこず、ただ四人が、ウソップのためだけに振るう攻撃を眺めていた。

 フランキー一家とルフィ達四人との力の差は歴然、わたしが手を出す必要などあるはずもない。
 この場は彼らに任せて、わたしは自分に出来る限りの手当てを始めておいた方が良いだろうと判断して、その場に背を向けた。が、

「おい!そこの女、さっきから攻撃もしてこねェし、きっと弱いに違いねェ。アイツを捕まえて人質にしろ!」

 その声と気配に、仕方なく足を止め、自身に迫るカトラスの刃を、振り返り、指に挟むことで受け止める。

「くっ!抜けねェ!!な、なんで動かねェんだ?!」
「そんなこと、あなた方に教える義理はない」

 そのまま刃を受けた手と逆の手で、カトラスを奪い、その剣先を向かってきたその男の首元に添えれば、周りにいたフランキー一家の輩も動きを止めた。

「な、何なんだよお前ら!金はここにはねェって…」
「あなた方は何もわかってない」

 もう何も言葉を発して欲しくないと、刀を首元にさらに寄せれば、ひゅっと息を吸う音と共に雑音はなくなった。

「わたし達は、ここにお金があるとかないとか、そんなことを確認するために来たのではない。お金を奪われたことで傷つけられた、大切な仲間の気持ちに寄り添うためにここにいる。ねえ、傷つけられたウソップの心とあなたのこの首、一体どちらが重いかな」

 そんなもの、考えずとも答えは出ている。だからわたしはここに居る。
 もう首の皮に触れる位置まで剣先を動かせば、指先には震えが伝わってきた。

「首を落とされる覚悟もないようなあなた方に、覚悟を持って挑んだ誇り高いウソップのことを卑下する権利など……あると思うなよ」

 これ以上何も言うことはない。手刀を撃ち込んで、転がった男の横にカトラスを捨てる。一つ溜め息を吐き捨ててドアがあった場所へ向かうも、もう誰も攻撃をしかける気配はなかった。

「ルフィ、わたし先にウソップの所に行ってるね」
「あァ」
「ヨウ、おれももう行くよ」
「うん、わかった」

 もうすでに半壊しているフランキーハウスを背に、先程からまったく態勢の変わっていないウソップの元へ。
 全身傷だらけのウソップの手当てをするチョッパーを手伝いながら、こんなに傷だらけになってでも守りたかったメリーの現実をこれから彼は受け入れなければならないなんて、なんて無情なんだろう。と、そんなことを考えた。


 結局、フランキーハウスを全壊させるまで一家を絞め上げたところで、お金を持って行ったボスの居場所はわからないままだった。
 チョッパーの手伝いも終わり、元々は月のモニュメントだった瓦礫の上に立って珍しく何か考えているらしいルフィの横に、声をかけるでもなく並んだ。

「なァヨウ」
「ん?」
「おれはメリーが好きだ」
「うん」
「メリーもおれ達の仲間だと思ってる」
「うん、わたしも」
「でも、おれはこれからもみんなと冒険を続けてェ」
「うん。…わたしはルフィに着いて行くよ。ずっと、何があったって」
「あァ」

 それからまた少しの間、お互い黙ったまま、ただ隣にいた。

「船よォ……」
「ん?」
「決めたよ…」
「?」
「ゴーイング・メリー号とは、ここで別れよう」

 船に戻ろうとサンジから声をかけられたルフィは、そう言った。

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