「おーい!ウソップが目を覚ましたぞ!」 ウソップの様子を付きっきりで見守っていたチョッパーが、そう言いながらラウンジから飛び出してきた。それに一旦安堵すると共に、これから彼に伝えなければならないことを思うと手放しで喜んでいられる状況でもなく、一つ大きく息を吐き出すに留めた。 それにもう一つ、不安材料もある。 「………んー…帰らねェな、ロビンちゃんは…」 「…そうだね」 二人で何となく陸地の方に目を向けても、やはり彼女の姿は見えなかった。 少し遅れてラウンジに入ってみれば、そこには痛々しい姿で奪られてしまったお金のことで謝るウソップの姿があった。そこで一先ず、ウソップが気を失った後の事の次第が大まかに説明された。 「だけど…じゃあ船は…メリー号は一億ありゃ何とか直せるのか?!せっかくこんな一流の造船所で修理できるんだ。この先の海も渡って行ける様に今まで以上に強い船に…!!」 そして、まだ何もメリーのことは知らされていないウソップが抱く、当たり前の疑問と不安。当然彼は、この先の未来を信じて疑わない。 一味がメリーに乗ることになった経緯は、以前大まかに聞いたことはあったし、ウソップのメリーへの想いがより深いのも、その話を聞いて納得したことは記憶にも新しい。 そんな彼だから、もちろんこのことを受け入れられるとは思わない。……だとしても、いや、だからこそ。この先へ進むためには受け入れなければならない。そうでなければ、進めない…。 そうしてふと、昔、シャンクスさんと二人きりで話をした夜のことを思い出した。“前に進む覚悟”、それはこういうものも、その一つなのかもしれない。 「いや、それがウソップ。船はよ!乗り換える事にしたんだ。ゴーイングメリー号には世話になったけど、この船での航海はここまでだ」 そんなウソップに、結論だけを偽りなくルフィは告げた。 「待てよ待てよ、そんなお前…!冗談キツイぞバカバカしい。……何だやっぱり修理代…足りなくなったって事か?!おれがあの二億奪られちまったから……!金が足りなくなったんだろ!!一流の造船所はやっぱ取る金額も一流で…」 「違うよ、そうじゃねェ!!」 「じゃ何だよ、はっきり言え!おれに気ィ使ってんのか」 「使わねェよ!あの金が奪られた事は関係ねェんだ!」 「だったら!何で乗り換えるなんて下らねェ事言うんだ!」 「おい、お前らどなり合ってどうなるんだよ。もっと落ちついて話をしろよ!」 「落ちついてられるか!バカな事言い出しやがって!」 「ちょっと!大事な話なんだからちゃんと順序よく」 「ちゃんとおれだって悩んで決めたんだ!」 「ウソップ体にさわるよ!熱くなったらダメだっ!」 仲間たちは口々に二人を制止しようと口を挟むけれど、二人の言い合いは止まらない。 「メリー号はもう!直せねェんだよ!!」 ルフィの決定的な言葉にウソップは一度言葉を失った。 「どうしても直らねェんだ。じゃなきゃこんな話しねェ!」 興奮を押し殺しながら、ルフィは言葉を続ける。しかし、ウソップはそう言われても納得できない…、いやしないのだ。 ウソップは誰に説得されても、何と言われようと、きっと自分で飲み込めるようになるまで、いや、目の前でメリー自身がもう走れないと彼に告げるようなことが起きたりしなければ、きっと納得できることではない。ウソップにとってメリーとは、そういう存在。…仕方のないことだ。 ルフィは決断した。ウソップは受け入れることはない。 そう、この話し合いに落とし所など、最初から存在しない。どうしようもない結論を思えば声も出ず、ただ溜め息だけが自分の口から漏れるのが聞こえた。 再度声を張り上げ始めた二人の言い合いは平行線のまま、ついにルフィが激情のままにウソップを床に押し倒してしまった。ウソップは大怪我を負っている……止めるべきだろう。 「いい加減にしろお前ェ!お前だけが辛いと思うなよ!全員気持ちは同じなんだ!!」 「だったら乗り換えるなんて答えが出るハズがねェ!」 「………!じゃあ」 「ルフィ、待って」 ウソップの肩を押し付けるルフィの腕を強引に引き上げて、ウソップの顔しか目に入っていないルフィの視界に、強引に自分の顔を写しこんだ。そのまま少し顔を触れれば、やっとわたしの存在に気づいたかのように鋭い視線と絡む。 「ジャマすんな、ヨウ!」 「ウソップは怪我してるんだから、それ以上手を出すのはダメだよ。……それからルフィ、自分の言葉には責任を持たなければならない。これから言わんとしたこと……考えてみて」 わたしのその言葉に、ルフィは目を見開いて歯を食いしばった。 喧嘩の流れで発されて良い言葉ではないはずだ。そのことに彼自身も気づいたとわかる。 が、それに気づくのは彼ばかりではない。 「いや、使えねェ仲間は…次々に切り捨てて進めばいい…!この船に見切りをつけるなんなら…おれにもそうしろよ!」 「おいウソップ、下らねェ事言ってんじゃねェぞ!」 「いや本気だ…前々から考えてた…」 そう言うウソップの表情は、いつも冗談を言う彼とは程遠く、真剣で、似合わないほどに真面目な表情だった。 そんなウソップと、ほんの少し視線が合った。 「…決定打はお前だ、ヨウ」 思わぬ言葉に、わたしは目を少し見開いた。 「ルフィがガキの頃、初めて仲間にしたのがお前だろ?ヨウ。…正直、ルフィがガキの頃に見つけたやつなんか、おれみたいに大した特技もない、普通のやつだと思ってた。…ルフィはニンジャニンジャ言ってたけど、そんなの子供の妄想だと思うだろ?」 諦めに似た薄い笑顔を口元だけに浮かべるウソップ。 「期待してた……おれと同じく役に立たないやつを」 「ウソップ…」 「でも違った。まァ、ルフィの勘の良さをナメてたおれが悪ィんだけどよ。…とにかくヨウ、お前は本当にニンジャだったし、冷静で頭も良いから先の見通しも効くし、この船に居てもルフィ達と遜色ないくらいに強い。何よりお前は優しい、……メリーにだってな」 「!」 「……おれと同じく何もできないどころか、この一味の誰よりもハイスペックなやつだった」 「…そんなこと」 「そんなこと、ないってか?そりゃ謙遜通り越して嫌味にしか聞こえねェよ。…こんな化け物レベルの上がった一味に、正直おれはもう着いて行けねェ!」 全身が痛むのを噛み殺し、ウソップは立ち上がって仲間達を見渡した。その表情は、決意が表れているようにわたしには見える。 「今日みてェにただの金の番すらろくにできねェ。この先もまたおめェらに迷惑かけるだけだ、おれは…!弱ェ仲間はいらねェんだろ!」 海賊王。それはこの一味の船長の意志。つまりわたし達は海賊王の船員だ。その意志を支えるだけの強さが必要だ。…それはもちろん、戦闘力を示す言葉ではないけれど。 「――思えばおれが海に出ようとした時に、お前らが船に誘ってくれた。それだけの縁だ……!意見がくい違ってまで一緒に旅をする事ねェよ!」 そう言ったウソップは、呼び止める言葉を無視してラウンジの外へ、そして遂に船をも降りていく。 「おれは、この一味をやめる」 聞こえてきた言葉に、わたしは黙って瞳をふせた。 みんなの止める言葉も、彼には届かない。今ウソップの瞳に映っているのは、船長たるルフィだけ。 「モンキー・D・ルフィ…!おれと決闘しろォ!!」 メリーを賭けて戦いを挑むウソップの決意は、揺るがない。 決闘の時間を指定したウソップは、そのまま振り返らずに街へと向かっていった。 しばらくその様子を呆然と見つめたあと、チョッパーが急いで手当ての準備を持ってウソップの後を追い、ルフィは黙って男部屋に篭った。 ナミはルフィの説得に向かい、残ったのはサンジとゾロ、わたしだけ。 「なんで、こんな事になっちまったんだろうな…」 サンジはそう言うと、新しいタバコに火をつけて深く吸い込んだ。タバコの量が増えそうだなと、場違いにも思ってしまう。 「メリーのことだから、ね。ウソップとメリーのことは、それこそわたしよりみんなの方が知っているだろうけど…」 わかっている分、複雑な想いになるんだろうけど、ね。 「さて、じゃあちょっとわたしもウソップのところに行ってくる」 「……連れ戻しにか?」 「…いや、わたしの言葉なんかで揺らぐ決意じゃないことぐらいわかってるよ。ちょっと話が聞きたいだけ。すぐに戻るよ」 そう苦笑いで告げてから、“瞬身の術”で姿を消した。もちろん、ウソップの後を追うために。 ウソップとチョッパーの気配は同じ建物、宿屋の中にあった。宿の主人に用事を告げてから部屋の前に行けば、ちょうどチョッパーが泣きながら飛び出して行くところで、チョッパーは泣きすぎてわたしには気づかず走って行ってしまった。 静まる部屋にトントンとノックをするけれど、返事はない。が、中にいることはわかっている。 「トントントン。失礼します〜」 口でそんなことを言いながら部屋に突入すれば、ウソップはベッドの上で黙って寝転がったまま、腕で顔を隠している。横のテーブルには、チョッパーが置いていったらしい消毒液やら包帯やらがあった。 「…お前まで連れ戻しに来たのか?おれは、」 「わかってるよ、違う。ちょっと話しに来ただけだから構えなくっていいよ。そのまま寝てて」 そう言ってイスを勝手にベッド横に移動させ、テーブルから消毒液をガーゼに取り、ウソップの腕を取った。 「やめろ!おれはもう、」 「だから、わかってるから暴れないで。ウソップ、わたしは“友達”がケガしてるの見てそのまま放置するほど冷酷ではないつもりだよ」 「……」 「わたしはチョッパーみたいにお医者さんじゃないから、手当てって言ってもちょっと消毒して包帯巻くくらいしかできない。だから話をする“ついでに”本当の本当に応急手当てをちょこっとするだけ。“友達”にそんなちょっとのこともしてはダメかな?」 「……ぐっ」 「ねえ、わたしの“友達”のウソップ。もしこれ以上嫌がられると、残念なんだけど少し“動けなくする”ことになるけど、どうする?」 「ちょっ!こえーわ!!わ、わかったからその長細い棒をチラつかせるのをやめろ!!」 「ふふ、じゃあ始めますよ」 千本、という細い棒状の器具を指と指の間に挟んで見せれば、顔を引きつらせながら許可を出したウソップに、少し笑いながら手当てを開始した。一応、医療に使われることもあるとはきちんと説明しておいた。…暗殺にも使うとは言っていない。 さあ、手を動かしつつも、ここを訪ねた本題を片付けなければいけない。 「ねえウソップ。一つだけ聞いておきたい事があって来たんだけど、聞いてもいい?」 「…何だよ」 「ウソップ、本当はメリーがもう走れないってわかってるんじゃない?」 閉じていた目を限界まで見開いて、驚愕の表情でわたしの顔を見たウソップに、やっぱりなあと少し目を伏せた。 |