ウソップの顔を見れば、答えなど聞かなくてもわかる。 そもそも、メリーの異変にウソップが気づかないはずない。船大工のいない中、ここまでメリーを走らせ続けることができたのは、間違いなくウソップの手入れがあったからであって、それも含め一番近くでメリーを見てきたのはウソップだ。この島に上陸した時のマストの件もそうだけど、その前に指摘のあった軋みや水漏れ、それ以外にもわたし達が気づかない小さな歪みを手入れする本人が気づかなかったなんてこと、ないはずだ。 「んなっ!な、な、な?!そ、そんなわけ…」 「ない、わけがないよね」 「……」 「もしかしたら、竜骨に傷が入ってしまった原因にも、ウソップは心当たりがあるんじゃない?」 無意識か、握った拳に力が入っている。やっぱり、わかっているのだろう。 「誰よりも真剣に、誰よりも深い愛をメリーに捧げてきたのは、ウソップ、あなただから」 誰よりも受け入れ難い真実を、誰より理解できるのがウソップだなんて、なんて残酷なんだろう。 耐え切れないように泣き出したウソップの手を握り、涙が落ち着くまで、しばらくの間黙ったままでいた。 「もう、平気?」 「……あァ」 「そう。じゃあ、これだけ聞かせてくれる?……ウソップは、メリーのことをわかった上で、メリーと共にあるこれからを選ぶということだよね?」 「あァ、そうだ」 「わたし達の負担になりたくなくて、やめるって言ったわけではないんだね?」 「それは違う。…確かにおれは弱ェから、これら先足手まといになるっつうことは自覚してるけどよ、メリーのこととは別の話だ。お前らはメリーを諦めて違う道を行く、おれは諦めない道を行く。それだけだ」 そう。これがわざわざウソップのところに来てまで聞きたかったことだった。 わたしは基本的には仲間が抜けるのをはいそうですか、とは受け入れられない。だってみんな大好きだから。これからも一緒に笑いながら旅がしたい、冒険がしたい。そう互いに思っている間は、共に行く道を諦めたくはない。 …でも、それが本人の絶対譲れないものによるのであれば、その限りではない。 「“勇敢なる海の戦士”になる旅は、メリーと一緒に続けることがウソップの望みなんだよね?」 ウソップ自らの意志で、違う道を選ぶというのなら、それは応援しなければいけないと思う。そこに、仲間として共に在りたい、というわたしの意志は関係ない。 「そうだ、おれが、そう決めたんだ」 「…わかったよ」 苦く、笑ってそう言った。 「止めない、んだな?」 「仕方ない、でしょう…。ウソップ自身で決めたことを、蔑ろになんかできないよ」 残りの手当てを手早く済ませながらそう言えば、ウソップは少し複雑そうな表情で目を伏せた。 「…これはただのわたしの独り言だと思って聞いてほしいんだけど、メリー自身の願いや想いもなかったことにしないで、考えてあげてね」 じゃあ後で、と部屋を出た。言い逃げのようになってしまったけど、それは仕方ないと自分で勝手に納得した。 一足宿の外に出ればもう日も暮れて、昼間駆けた時に見た景色とはすっかり様変わりしている。それはまるで、わたし達の関係のよう。 「頭では、わかっているんだけど」 なかなか気持ちはそう簡単に切り替えられるわけではない。 溜め息混じりの息をゆっくり吐いてから、重い足を前に踏み出した。 ロビンの気配が見つかるかも、と少しだけ期待しながらゆっくり街を歩くも、結局ロビンは見つけられないままメリーの着く岬に帰ってきた。 「ヨウっ!」 「ウソップ何だって?!」 「こんなに時間がかかったってことは、話はしてきたんでしょ?!」 ラウンジに入れば、ルフィ以外の全員がそこにいて、わたしの姿を確認したナミとチョッパーが詰め寄ってきた。 「うん、話はしたよ。あ、チョッパーが置いていったものでちょっと応急手当てだけはしておいたよ。チョッパー程きちんとはできてないと思うけど」 「ほんとか?!良かった……」 それはみんなが気になっていたことなんだろう。ゾロ以外のみんなの表情が緩んだ。 「それでヨウ、説得はできたの?!」 「説得?説得って、一味を抜ける抜けないの話?それとも決闘のこと?」 「どっちもよ!」 「そう。でもまあ、わたしもどっちの説得もしてないよ」 「え?!じゃあ、本当にウソップと話をしてきただけ?」 行く前にゾロとサンジにはそう伝えていたけど、一応ナミとチョッパーにも伝わってはいたようだ。 「…ヨウはおれの代わりに手当てしに行ってくれたのか?」 「違うよ、それは話のついで。ウソップときちんと話して、意志を確認するのが目的、かな」 「意志?」 「うん、一味を抜けるのが、確かにウソップの意志なのかどうかを確認してきたんだよ。…それでその結果、仲間の最後の望みは、受け入れよう、とわたしは思ったよ」 わたしのその言葉に、今度はみんなが驚愕の表情になった。ゾロ以外は。 その彼は一人、黙って目を伏せた。きっとゾロも、この状況を飲み込んでいる一人なんだろう。 「…そ、そんな、簡単に」 「簡単じゃないよ。…簡単じゃ、ない」 「ヨウ…」 「ウソップの意志は固かった。ウソップの、最後までメリーと共に在る、という意志は。それは仲間であろうと、人が口出しできる問題じゃないとわたしは思う」 「…」 「ウソップはメリーが大好きだよね、本当に。わたしはそんなウソップのことが大好きなのに、どうしたってメリーを諦めろなんて……わたしは言えないよ」 うっすらと笑おうとしたけれど、口の端が震えて失敗した。 また大粒の涙を流して抱きついてきたチョッパーを抱き上げてイスに座れば、気づかぬうちにコーヒーを淹れてくれていたらしいサンジがカップを勧めてくれた。今度は失敗せずに笑えていた、と思う。 ついに、その時が来た。 ルフィはみんなに船を降りてこないよう告げて、一人船を降りてウソップを迎えた。 「怖気づかずに来たな…。どんな目にあっても後悔するな!」 「当たり前だ、殺す気で来いよ。返り討ちにしてやる!もうお前を倒す算段はつけてきた!」 姿を現したウソップは強い意志のこもった瞳でルフィを睨みつけている。 「手の内を知らねェ今までの敵と一緒にするなルフィ。おれとお前は長ェ付き合いだ。お前の能力はよく知ってる」 確かにその通りだろう。ウソップはルフィのことをよく理解している。 「聞いて驚くなよルフィ」 「!」 「おれには!八千人の部下がいる!命が惜しけりゃ今すぐ降参しろォ!!」 「お前にそんな部下はいねェ事くらい知ってる!」 「“ウソ〜〜ップ 純粋すぎるチョッパーが、ウソップの“攻撃”に当てられて、ゾロに部屋に入れと言われてしまっている。こんな時じゃなければお腹を抱えて笑えただろう。 さすがのルフィも平時のように楽しめないのか、先攻しようと走り出す。 「“ゴムゴムの”!」 「ウ…ゲホ」 が、咳き込んで“血”を吐いたウソップに足を止めた。ナミとチョッパーは思わず声を張り上げている。が、 「“必殺 ケチャップ星”」 全ては仕込み。さすがウソップ。とても彼らしい戦い方だ。 続いて“ 「“火炎星”」 ウソップの放った火はガスに着火し、辺りを巻き込んで爆発した。その爆風に煽られてメリーも大きく揺れる。 気配で二人とも無事なのはわかっているけれど、やはり見ているのが、辛いことには変わりない。自然と握り締めすぎていた手を、一歩引いた位置で隣で見ていたサンジに酷く優しい手付きで広げられる。 「自分の手を傷つけるくらいなら、おれの手を握ってくれ」 「…あ、ごめん。ありがとうサンジ」 いけないいけない、思わず力が入り過ぎていたみたいだ。サンジの優しさに礼を述べ、祈るように戦況を見つめる。どんなに見たくなくたって、この戦いから目をそらすことだけはできない。 もちろんウソップも、ルフィがまだまだ戦えることなどわかっている。ルフィが繰り出した“ゴムゴムの ただ、“衝撃貝”の衝撃は使用者にも相応のダメージを与えることは聞いていた。辛そうに顔を歪めるウソップがそこにはいた。 デメリットを受け入れてでも使った“衝撃貝”だけど、その“衝撃”でルフィは倒れない。それはなぜか、そんなのは簡単な話だ。“ウソップに向かって”放たれた攻撃力で、ルフィ自身を倒せるわけがない。 倒れないルフィを見て、ウソップは歯を噛みしめている。 「“ゴムゴムの そんなウソップの腹に、ルフィの拳が決まる。その一撃で、勝負は決した。 「バカ野郎…!お前がおれに!!勝てるわけねェだろうが!!!」 ひねり出したようなルフィの叫び声が響いた。ああ、なんて、辛い響きなんだろう。 戦いの最中落とした麦わら帽子を拾い上げながら、ルフィはわたし達の方に足を向けた。 「……メリー号は、お前の好きなようにしろよ。新しい船を手に入れて…この先の海へおれたちは進む」 ルフィの決意の言葉。進み続ける、ルフィの意志はわたしの意志。 わたしはあなたに着いて行くと決めているんだから、わたしは迷わないよ。例えどんなに、辛くとも。 「じゃあな……ウソップ。今まで…楽しかった」 終わった、終わったんだなあついに。終わって、しまった。 思わず飛び出しそうになったチョッパーを、必死にサンジが止めているのが耳には入ってくる。そう、わたし達とウソップは、今を持って正式にもう“仲間”という括りではなくなってしまった。後戻りなどできはしない。 「重い…!!」 重いだろう。辛いだろう。でも、 「――それが、船長だろ…!!」 それが、役割。決めなければならない覚悟の重さだ。 「迷うな。お前がフラフラしてやがったら、おれ達は誰を信じりゃいいんだよ!」 ゾロの言葉は厳しくも正しい。それが、ルフィの背中をぐっと押している。 ならばわたしは、わたしの方法で彼の背を押そう。 「…ルフィ」 「ヨウ…」 「もし進む力が足りない時は、わたしが背中を押すよ」 ルフィが進むその先が、わたし達“一味”の道だから。 ルフィの側まで移動して、両手で彼の背に触れた。 「ルフィのここに、わたしはいつもいるんだから」 もうしばらくは動けないだろうルフィの背に、もう一度、今度は少し強く手を押し当てて、わたしはメリーの中へ向かう。 「船を空け渡そう。おれ達はもう…この船には戻れねェから」 きっとナミも冷静とは言えないだろうから、ロビンの荷物はわたしが代わりにまとめよう。 ゾロの静かな声を聞きながら、そんなことを考えた。 自分の荷物は、もともとそう多くはなかった。ロビンもそんなにたくさんというわけではないから、荷物の運び出しはすぐに終わってしまった。 それからできる手伝いをしながら、少しずつ荷物が減り、生活感がなくなっていくメリーを見つめた。 甲板に出て船首に近づけば、いつもと変わらぬメリーがいる。 「ねえメリー。わたしがこの一味に加わった時、初めて話しかけたのはあなただったよね」 あの時はこんなにも早く、別れることになるなんて考えてもいなくて、ルフィにとても似合う素敵な船だと思った気がする。 「もうちょっと、きちんとお別れする時間があれば良かったんだけどなあ」 例えばここで、みんなが大好きな宴会でもして、美味しいご飯にお酒で、たくさんの歌声、話し声、笑い声を溢れさせて。メリーで行ったたくさんの冒険のことをいっぱい話し合ったりして。それでたくさん泣く。 できるなら、そんな風に、この一味らしいお別れがしたかった。 「…もう、メリーに乗せてもらうのはこれが最後になっちゃうんだね」 まだ、君と共に、君とウソップと共に冒険したかったよ。 泣きながら地面に倒れたままのウソップを視界に入れる。 きっとメリーも、これが望みではなかったのではないかと思う。自分のことで、自分の大好きな人達がケンカをしているなんて、もしわたしがその立場ならとても悲しいから。 でも、もう戻ることもできない。そこにメリーの意志はなくとも。 「これまで、わたしはみんなより短い間だったけど、ありがとうメリー」 手すりをいつもより強く握りながら、メリーの横顔に向けてそう告げた。 「あなたのこれからの時間が、あたたかく充実した時間であることを、願っています」 全員で荷物を持って、少し離れたところから最後にもう一度見たメリーは、やはりいつもと同じ顔をしていた。 |