25

 コーヒーを淹れに行った食堂から部屋へ向かうと、出かけていたサンジが帰ってきた事に気づく。そのまま部屋へ向かって歩いていけば、サンジと合流できそうだ。
 そのまま進めば、前に見えてきた彼は比較的ゆっくりとした足取りで、その背中はなんとなく疲れがにじんでいるように見えた。

「おはようサンジ」
「あァヨウ、おはよう」
「お疲れさま。コーヒー淹れてきたんだけど、一緒にどうかな?」
「有難くいただくよ」
「今ナミいないんだけど、わたし達の部屋でいい?まあ他のみんなも部屋にはいないから、わたしが行ってもいいか」
「いないって、誰もかい?」
「うん、気配ないから。…屋上みたいだね。ナミは新聞もらいに行ったよ」
「そうか。じゃあ、レディの部屋にお邪魔するわけにいかねェから、おれ達の部屋でいいかい?昨日の今日だから、そんなに散らかってもねェだろ」
「そうだね。荷物も解いてないんじゃないかな」
「……そうかもな」

 そのまま男部屋として借りた少し広めの部屋――案の定荷物はそのまま置かれている、に入り、小さなテーブルで部屋付きのカップにコーヒーを注ぐ。

「どうぞ。モーニング用に深煎りの豆を淹れました」
「…良い香りだ」
「落ち着くよね。……それで、ロビンは来なかった?」
「……残念ながら、な」

 昨晩の出来事は、急に起こった事態だった。もしロビンが夜中にメリーに帰ってくれば混乱させてしまう。それを防ぐため岩場に行こうとして、同じことをしようとしていたサンジと宿の入り口で鉢合わせたため、自分一人で良いというサンジの申し出にうなずいて役目を引き受けてもらっていた。
 ただ、こうして彼一人が帰ってきたということは、ロビンは帰ってこなかった、ということ。
 つまり、ロビンは帰れない状況にあるという事だ。…それが彼女の意思なのかそうでないかは別として。とにかく、このまま、というわけにはいかない。

「ヨウは、今日どうする?」
「うん、わたしは本腰を入れてロビンを探すよ。サンジも?」
「あァ」
「だよね。分かれて探すんでもいい?」

 わたしの提案に、サンジは少しだけ首を傾けた。彼のたまに出るそういう仕草が可愛いと思っているのは、男性にとって決して褒め言葉ではないとわかっているため内緒にしている。

「一緒じゃなくてかい?」
「うん。実は、できるだけ気配を絶ってロビンを探そうかと思ってるんだ」
「…そうか」

 わたしのその言葉に、サンジにも思うところがあるのか、納得した様子だった。
 ロビンが自らの意思ではなく、わたし達の知らない“何か”によって強制的に一味に戻れない状況であれば、ロビンを探すのと並行して、その“何か”が何なのかを調べる必要がある。それがわからなければ、おそらく根本的な解決にはならないと思う。
 その調べる役目として、わたしの能力は役に立つだろう。

「問題が単純ならいいんだけど……。ロビンは、たぶん、一味に迷惑をかけることを恐れている、んだと思うんだ」
「……青雉の時か?」

 黙ってうなずく。
 ロビンが姿を消してから、青雉に遭遇して氷漬けから目覚めた夜のロビンの顔がチラついて離れない。彼女の抱える闇が彼女を呑み込んで、動けないように自由を奪っているのだとしたら……。

「ねえサンジ。わたしはロビンが何だっていいんだ。過去に何があったって、今、わたしの知っているロビンであるなら」
「あァ」
「もしロビンの荷物が重ければ、みんなで持てばいい。迷惑をかけられたって構わない……そんな存在が仲間だってわたしは思うよ」
「そうだな」

 この先何がどうなっているのか、まだわからないけれど、ロビンと直接話をして、もし、ロビンの願いがこの一味と共に行く道なのだとすれば、わたしは諦めない。
 ふと、思いついたことを口に出す。

「もし、サンジに何かあった時も、わたしは必ず助けに行くよ」
「ヨウに助けに来てもらえるとは、おれはとんだ幸せ者だな……。では、貴女を助けに行くのは、この私、サンジにお任せ下さい」
「よろしくお願いしますね、わたし達の騎士さま」

 そう言って、二人で少しだけ笑った。

 コーヒーを飲み終え、そのまま連れ立って屋上に向かう。ナミ以外のクルーがそこに集まっているからだ。
 サンジが扉を開け、先を行かせてくれることにお礼を言いながら扉をくぐれば、チョッパーがこちらに目を向けた。ゾロは鐘の台に寄りかかって目をつぶっていて、ルフィは背を向け小さく座り込んで遠くを見つめている。
 サンジが昨晩とこれからの予定についてチョッパーに話している間、わたしはゾロの近くに寄った。

「おはようゾロ」
「……あァ」
「ルフィは朝からあの調子?」
「そうだ」

 立ち直ってない、わけではないだろう。覚悟も決まってはいるんだろう。
 ただ、何もなかったことにはできない。そんな感じだと思う。

「……お前は、もっとアイツを甘やかすかと思ったが、そうじゃねェんだな」
「ん?そんなことしないし、する必要ないよ。わたしはいつもルフィの決断を信じているだけ。ゾロだって、クルーに甘やかされてる船長じゃ嫌なんじゃない?」
「そんなんじゃ、任せらんねェな」
「そうだろうね。やっぱりゾロは頼りになる右腕って感じだ」
「あ?」

 訝しげな表情でこちらを見た彼に、笑顔を返す。

「バカにしてるんじゃなくて、褒めてるんだよ」
「……そうかよ」
「そうだよ。まあ、わたしはわたしの出来ることをしてくる」
「お前は動くんだな」
「うん」

 お前は、というのとは、ゾロはまだ動かないということだろう。
 そんな風に会話を続けていれば、慌ただしい気配が屋上に近づいているため扉に目を向けた。何かあったみたいだね。

「ルフィ!」
「ナミさん……」
「大変なの、今町中この話で持ちきりで……!ルフィ…!昨日の夜、造船所のアイスバーグさんが…!何者かに襲撃されたんですって!!」

 その思わぬ言葉に、目を見開いた。何かあるんだと思ったけれど、予想外が過ぎる。
 …何か、嫌な予感のようなものがあって、今度は眉を寄せた。

「アイスのおっさんが……!?」
「ええ、撃たれて今意識不明だって…!」
「誰だいそりゃ、ナミさん」
「昨日造船所で私達がお世話になった人よ。造船会社の社長でウォーターセブンの市長」
「そりゃまた、ずいぶんと大物が…」
「この都市ではこの上ない大事件よ」

 昨日、メリーの査定に同行する間際、海賊であるわたし達に気さくに話しかけてくれた方だったはずだ。ルフィ達はメリーに向かったわたしと違い直接話をしたはず。カクさんの話し振りからしても、かなり人望の厚い人物のようだし、ルフィとナミの顔色からして、その印象に間違いはなさそうだ。
 そんな人物が襲撃されるなんて、穏やかな話ではない。

「――あんなにみんなに慕われてるおっさんが…。ちょっと行ってみる」
「待ってルフィ、私も行くから!ヨウも行くでしょ?」
「いや、わたしは今は遠慮しておくよ。二人に任せる」
「えっ!?あ、ちょっとルフィ待ってなさいよ!」

 塔の上から飛び降りるルフィが一度こちらを見たので、いってらっしゃいと口だけ動かした。
 ぴょーんと飛び降りたルフィと、階段に走ったナミを見送って、そろそろわたしも行こうか、とストレッチがてら伸びをした。

「おれ達はじゃあロビンちゃんを探しに行くぞ。お前は?」
「……いや、おれはもう少し……成行きを見てる…」
「…?」
「わたしはしばらく単独で動くけど、戻れなくても夜には一度ここに連絡するようにはするから」
「ヨウ、一人じゃ危なくないか?」

 いろいろとあった所為か、チョッパーはいつにも増して心配そうだ。それを和らげるよう、安心させるように笑顔でチョッパーの顔を両手のひらで包んだ。

「大丈夫。危険なことはしないよ」
「ホントか?」
「うん、約束する」

 そうして小指を差し出せば、チョッパーの小さな蹄が差し出され、そこに添えた。

「おれにも、約束だ」
「ふふ、うん、約束します」

 加わってきたサンジも加えて三人で指切りをした。ゾロは呆れたような顔でこちらを見ているので、

「ゾロもする?」
「するかっ!」

 提案は即座に破棄されてしまった。残念。


 宿屋を出る前に、部屋で“変化の術”を使い、わたしでも、念のため“何でも屋”でもない、この世界には存在していないはずの第三者に姿を変え、部屋から気配を絶って宿を出た。
 万が一存在を認識された場合に違和感を与えないよう、行動は一般の人に合わせ、普通に歩いて町を探る。“何でも屋”の頃もそうだけど、役に立つ情報というのは案外そこら辺に転がっていたりするから馬鹿にはできない。人々の話に耳をそば立てながら、ゆっくり町を捜索した。
 ただ、町は今アイスバーグさんの件で話が持ちきりで、それ以外の話はほとんど入ってこないと言っても過言ではなかった。
 普段のロビンが立ち入りそうな店や人気のない場所などを中心に町を歩いていると、徐ろに警報音が鳴り響き、それに続いてアナウンスが聞こえてくる。

『お知らせ致します――』

 鳴り響く音と声に、雑踏の中耳を傾ける。

『こちらはウォーターセブン気象予報局――。只今――島全域に“アクア・ラグナ”警報が発令されました』

 聞き覚えのない名前に疑問符を浮かべていると、周りの町人たちは口々にもうそんな時期か、と言い合っているのがわかる。
 そのまま耳を傾けていれば、聞かなくともそれが何のことなのかわかった。この大きな町すらを飲み込む程のとても大きな“高潮”らしい。避難場所がどうのと言っている辺り、家に引き篭もれば大丈夫だというわけでもなさそうだ。
 ……ウソップは知ってるのかな、この事。


「おいおい!アクア・ラグナっていう“高潮”がここへ近づいてるんだってなァ――っ!!」
「そうそう!今日の夜中にはこの町は海に浸かっちゃうんだぞ!この海岸だってどっぷりさ!!」
「大変だ!じっとしてちゃダメだな!!早く高ェ場所へ避難しねェと!」
「そうそう!早く避難しよう!避難避難っ!!」

 気になってメリーが泊まる岩場の岬まで移動してみれば、そんな聞こえてくる大声に笑いを堪える。サンジとチョッパーがいることは、ある程度近づけばわかっていたけれど、これは予想外で、最高だ。
 ウソップがメリーから姿を現すや否や、猛烈なダッシュでそこから去って行った二人に再び笑いをかみ殺しつつ、ちゃんと忠告するべきだろうなあと岩場の岬に繋がる入り口からこの町の一般人として歩いて向かう。

「おーい、そこのあんた!そんなとこに船停めて、海賊かい?」
「え?あァそうだけど、アンタ誰だ?」
「この町のもんさ。今日“アクア・ラグナ”が来るって放送は聞いたか?」
「“高潮”のことか?や、直接は聞いてねェけど…」
「そうそれだ。普通の高潮、なんて比じゃねえぞ。この町ごと飲み込む高潮だ!だからこんなとこに停めといたんじゃ、あんたもその船も一溜りもねえ!さっさと移動させな!“アクア・ラグナ”に耐えられるように作られた倉庫がそこら中にあるから声かけな。それを忠告しに来たんだ」
「そうなのか…」
「わかったな?必ず移動させろよ!じゃあな」
「あァ。わざわざありがとな」
「気にすんな」

 そう言って踵を返す。そう、忠告だ。あまりにも親切過ぎれば、ただの一般人ではなくなってしまう。少し歯がゆい気持ちを抱えながら、振り返ることなく町の入り口に戻り、再び気配を消して歩いた。
 しばらく、何の収穫もないまま歩いていると、新聞の続報が出た頃か、町の噂話の質が変わった。しかも内容は、わたし達一味にとっては少し風向きが悪い。
 新聞をもらって見れば、アイスバーグさんの襲撃は“麦わらの一味”の犯行、ということになっていた。困ったことにアイスバーグさんの証言によるものらしい。おやおや、である。
 昨晩はいろいろあったんだからそんな余裕なかった。…まあでも、仲間内のことだから証拠はないと言えばないし、そもそもわたし達“海賊”に言い訳できる機会などあるはずもない。濡れ衣を着せられた、と考えて間違いなさそうだ。
 実行犯がロビンとされているところから見ても、

「ロビン、随分面倒な“何か”に関わってるのかなあ」

 風は“アクア・ラグナ”の訪れを示すように、強く、より強く吹いている。

 ロビンの有力な手がかりは見つからないものの、麦わらの一味に関する情報は溢れんばかりに入ってくる。宿の場所がどこかとか、手配書の男が逃げたとか、ガレーラカンパニーの一番ドッグで船大工とフランキーと麦わらが戦いになったとか、一味の船が岩場の岬に停まっているとか。ただ、ルフィとゾロ以外の顔がまだ知られていない関係で、二人以外の一味は探せないらしい。
 とりあえず、今夜は宿には戻れそうにないし、ルフィがガレーラカンパニー内から逃走したという情報があるから、もしかしたらアイスバーグさんと少しは話せたりしているかもしれない。一度ルフィ達と合流して、情報をすり合わせるべきか、逆にこのまま赤の他人として町に潜伏するべきか。迷うところだ。

 人気のないところでは、もうこの辺りで最後。木を隠すなら森の中、と言うし、もしかしたら案外町中にいるのかも…。

「!」

 やっと見つけた気配に、鳥肌が立つ。今は動いている気配はない。念には念を、近づく前に万が一に備えておいた。

 慎重に丁寧に、気配をさらに消してその建物に近づく。なぜならロビンは一人ではない。気配はロビン以外に二人分。しかも可笑しいかな、内一つは昨日少し付き合いのある男だ。かなり強そうだとは思っていたけど…。
 風が強い事が災いし、かなり近づいても声が聞こえづらく、聴力を上げるように耳にチャクラを集めた。ただ、ロビン以外の二人の実力は相当高い。あまり不用意には近づけず、最低限の距離を取って耳を澄ませる。

「……今夜……!もう一度アイスバーグの屋敷へ……『トム』…弟子……“CP9”の名……正義の任務……!」

 聞き覚えのない単語もあるが……“CP9”に正義の任務……これはきな臭い。
 ただ、ここではほとんど情報がつかめない。もう少しだけ近づこう。
 息も殺して近づけば、先程よりは声が近い。

「わかっているわ……。その代わり、約束は守ってちょうだい」

 約束?

「わかっている。しつこいぞ、何度も言わせるな」
「……ええ、念のためよ」

 わたしの位置からでは顔も見ることができないロビンの声からは、諦めや懇願、疑心が伝わってくるけれど、相手の男の声から伝わる感情は“無”。
 そんな相手に何とか“約束”を守らせようと、ロビンは従っている、ということだろう。
 その内容も、ロビンが何をさせられるのかも、今の会話だけではほとんどわからないと言って良い。ただ、彼らが“本来”所属している何かから与えられている任務のため、今晩、アイスバーグさんは相当危険な目にあわされる。それに“約束”とやらがある限りロビンはそれに関わってしまうし、おそらく一味に戻っても来られない、という事はわかった。

 このまま彼らの動向を探りたいところだけど、彼らの実力が”強い船大工”の比ではないことは明白。おそらく、このまま尾行するのは危険だ。一旦離れた方が良い。
 幸か不幸か、ロビンが今晩、アイスバーグさんの屋敷に現れるということだけはわかっている。彼らはそもそもそこにいるんだから何とも言えないが、とにかく何かがアイスバーグさんのところで起きるということ。
 みんなに知らせて……。

「“嵐脚ランキャク”」
「!」

 まずい!と思うより先に距離を取ってから地面に伏せた。ロビン達のいた倉庫が真横に斬れ、そのまま倒壊した。
 避けなければ、倉庫ごと身体を切り裂かれていたに違いない。…正直、バレるとは思わなかった。
 軽く息ををこぼせば、倒壊する倉庫から避難していた相手方と目が合った。

「…何者だ」
「…何者って、この町の人間だよ!“アクア・ラグナ”の様子を見に来ただけだってのに、何でこんなことされなきゃならねんだ!?」
「…ただの町の人間、が“嵐脚”を避けられるわけないじゃろ」

 一先ずとぼけてみたけれど、さすがに簡単には誤魔化されないか。とは言え、今のわたしはわたしではない。

「こ、腰を抜かして転んだだけで!オレはあんた達が何してたか知らねえけど、こ、攻撃されるような人間じゃねえって!!」
「…麦わらの一味じゃな?」
「いいえ、こんな人は一味にはいないわ」
「嘘を吐くな」
「嘘ではないわ。こんな男性、私は知らない」

 そう、嘘ではない。ロビンは“この男”は知らない。まあ、中身がわたしであるとは思っているかもしれない。
 焦った表情で地面に尻餅を着いた体勢のまま後ろにジリジリ下がる。

「な、何でこんな目に!だ、誰かっ!?」
「このまま見逃すわけにはいかない。…一味ではないのであれば、コイツを始末しても“約束”には違わないな」

 おや。つまり一味の者を始末すると、ロビンの“約束”には違うということか。

「んなっ!し、ししし始末ぅう!?」

 随分積極的な解決法だ。本当に一般人だったとしたらどうするんだろう。……変わらなさそうだ。

「仮にも正義を名乗る貴方達の台詞とは思えないわね」
「正義を貫くための犠牲はやむを得ない」
「……そう」

 表情だけは怯え切って、助けを求める目をするが、ロビンは目を伏せ、こちらを見ないようにしている。それとは逆にこちらに真っ直ぐ向けられる二つの視線はやはり“無”。これは本格的にまずそうだ。命と任務、重さなど比べるまでもないらしい。そう、訓練されている?…やはり、政府、というのが濃厚か。

「残念だが、お前に割く時間はない」
「た、たすけっ」
「せめて苦しまず逝け」

 これ以上の情報は取れないか。仕方ない。
 彼らに背を向けて、ドタドタと逃げ出す。まあ、逃げて追われるよりは、“終わり”にした方が良いだろう。

「“指銃シガン”」

 何かが高速で食い込む気配に、歯を食いしばった。

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