「ねえヨウ。島に着いたらロビンと三人で出かけましょ」 「ん?それは良いけど……珍しいね。あの島に何かあるの?」 「別に何かあるってわけじゃないけど、たまには良いじゃない?女子会よ女子会!水入らずで買い物したりランチしたりしましょ♥」 そう可愛らしいウインク付きの笑顔で言われれば断る理由などあるはずもない。喜んで、と特に何も考えずに是の返事をした。 普段、買い出し等々の割振りは上陸直前でされることが多いけど、今回は大丈夫だからと送り出されて、ナミ・ロビンと連れ立って島の中心街へと繰り出す。 歩きながら気になるお店を見て回り、良い時間になったらカフェでランチ。まるで絵に描いたような女子会だ。なかなか冒険の最中にはできるものでもなくて新鮮な感じもあり、とても楽しい時間を過ごすことができた。 しかもナミとロビンと一緒なんて眼福以外の何物でもない。羨ましかろうサンジには少し申し訳なくも、楽しませてもらった。 ランチ後は再度買い物へ、ということになったのだけど、ただ少し、その買い物は様子が違うようで……。 「これどう?っていうか絶対良いわ!」 「あら、これも素敵ね」 「ホント!じゃあどっちも買いましょう。あとは、靴よね」 「ええ。その服に合わせるなら、やっぱりさっきのお店で見つけた物がいいかしら」 「うんうん、そうね!それが良いわ」 「それじゃあ、そちらは私が行ってくるから、ナミはヨウをお願いね」 「任せて!ということでヨウ、着替えましょ」 「えっと、その……理由を聞いても?」 「うーん。ま、別にいいじゃない、そんなこと!それより着替え着替え!」 「えっと、まあなんて言うか、拒否権は…」 「ないわ」 「……オーケーです」 店に入るなり洋服を選び始めた二人を見守っていれば、何やら選ばれているものは彼女達のものではない様子に首を傾ける。理由はわからないものの、やはりというか何というか、二人が選んでいたのはわたしのものらしい。 お金のことも気にしなくて良いから、とにかくヨウは黙って私たちのお願いを聞いてくれればいいの、と早々にナミからご指示もいただいてしまい、もうすでに断れるような雰囲気ではなくなっていた。 そうなればわたしにできることは一つ、苦笑いでナミから服を受け取ることだけだった。 「どう?もう着た?開けるわよ〜」 「うーん」 「キャー!素敵っ!やっぱり、私の見立ては正しかったわっ。ヨウって普段、機能性重視で服選んでるけど、素材が良いからこういう服も似合うだろうなって思ってたのよ!」 「そう、かな。まあ確かに自分では選ばないような服だね」 「あら。やっぱり素敵ね」 「ロビン!靴はあった?」 「ええ。あと、これもきっとヨウに合うだろうと思って買ってきたわ。どうかしら?」 「最高ね!よーし、じゃあヨウ、サロンに移動してヘアメイクもするわよ!」 「えっと、ちなみに理由はもう聞いても?」 「まだダメよ♥」 「安心して。悪いようにはしないわ」 まあよくわからないけど、こんなに楽しそうな彼女達の顔を見れば、わたしに選択の余地などあるはずもない。ただしそう不愉快というわけでもないのだから、美人というのは素晴らしいと思う。もちろん良い意味で。 何が何だかわからないままナミとロビンに付き従うこと数刻、何かの準備が整ったからとサニー号に戻ると、何故か甲板に一人残されたわたし。呼ぶまで絶対入ってこないようにと何度も釘を刺されてしまったし、何やら楽しそうな二人の意に背くのも本意ではないため、夕陽に照らされて海を見つめるサニーの近くから彼と同じ方向を眺める。 結局二人に言われるままに、普段は動きづらいため着ないマーメイドラインのロングドレスをまとい、同じ理由で履かないピンヒールを履き、アクセサリーを身に付けて、その格好に相応しいヘアメイクを施してもらった。 理由は最後まで教えてもらえなかったけど、こんな格好をしたんだから、何かのお祝い事でもするのかな、ということくらいは想像できる。ただ、こんな格好をして祝う何かが今日あっただろうか。少なくともわたしには思い当たらなかった。 それにわたし以外のみんなは、二人が入ってはいけないと釘を刺したキッチンに集まって、何やらしているらしいことは気配でわかるけど、わたしはその準備に参加しなくていいのかな?まあ二人からは何もしないことを言いつけられているわけだから、むしろやらない方が良いのだろう。 夕陽に照らされ、向こうに広がる海と同じように手首のアクセサリーも輝いていて、何だか自分の手ではないような、ちょっとおかしな気持ちになった。 着飾った姿で何かして、崩したり壊したり汚したりするわけにもいかず、ただ黙ってサニーが見る景色を楽しんでいれば、キッチンのドアが開くのがわかる。 「おーい!ヨウ〜!どーこだー!?」 「ここだよ、ルフィ」 「お?」 ドアが開くなり、まだ探す前から叫ぶルフィに少し笑いつつ、彼から見える位置まで移動してから声をかければ、笑顔になったルフィと目があった。 「もうそっちに行っても大丈夫?」 「おう!えすこーとしてこいってナミに言われたんだけどよ、そう言えば“えすこーと”って何だ?食えんのか?」 「ん?エスコート?うーん、とりあえず食べ物ではないんだけど……まあそうだなあ。なら、ルフィに一回こっちまで来てもらって、一緒に行けばいいんじゃない?」 「あァ、なるほどな!」 何やら納得した様子のルフィは、そのままキッチン前から腕を伸ばしてわたしの立つ船首側の甲板の柵をつかんで、まっすぐこちらに飛んできた。突然のことだけど、ルフィという人物を知っていればそう想像に難くない、というよりはむしろ彼らしい行動に、自然と口角は上がっていた。 ちなみにルフィも、黒いスーツに赤いネクタイで、とてもスタイリッシュでカッコ良く決まっている。 「あ、なんかヨウのカッコの感想も言ってこいって言われたんだよなァ」 「へえ。何でかな?」 「あ、それは言えねェんだ!悪ィなヨウ」 「ふふ、そっか」 「おう!うーん、おれは服のこととかはよくわかんねェけど、ヨウのそのカッコはなんか海みたいにキラキラしてて好きだ」 「海?」 「あァ、海だ!」 「うん、ありがとう。わたしも海は好きだし、そう言ってもらえて嬉しいよ」 「そうか!ヨウが嬉しいんならいいな!」 「ふふ、そうだね。あ、ルフィも今日すごく素敵だよ」 「ニッシッシ、そうか?うし、じゃー行くか!」 太陽の光のようにあふれる笑顔で伸ばされた手に、自分の手も重ねることで肯定の意を表す。 子供の頃、フーシャ村で冒険した時のように繋いだ手は、たぶんナミの思っている“エスコート”とは違うような気もするけれど、わたしにとってはとても大切な思い出で、とても幸せな気分になった。 そんなことを思っていれば、わたしの手を引きながらおもむろにこちらを振り向いたルフィと目があった。 「楽しいな、ヨウ!」 「これからやるやつのこと?」 「まあ、それも楽しみだけどな!でもこうしてると、昔フーシャ村で冒険した時みたいだろ?」 まさかルフィも同じことを考えているとは露にも思わなかった。が、それが嬉しくて顔が綻ぶ。 「わたしも、そう思ってたとこだよ」 「ニッシッシッ!あの時は楽しかったよなー」 「うん、ホントに」 それはもう、こうして今、彼と共に冒険しようと思う程には。そう思えば、自然と言葉が溢れる。 「ルフィ、ありがとう」 「?何がだ?」 「わたしを、仲間にしてくれたこと」 こうしてルフィと、仲間達と共に進める幸せ。それはあの時のルフィがあってこそだ。ルフィがいなければ、わたしはこうして海に出ることもなかっただろう。もし故郷の島を出たとして、おそらく海賊にはならなかったはずだ。ルフィが仲間に誘ってくれたからこそ、わたしは今、海賊をしている。 そんな幸運に微笑めば、ルフィは少し不満そうな表情でわたしの手を握る力を強めた。 「ヨウはいっつもおれにありがとうって言うけどよ、おれの方がずっとずっとありがとうって思ってるんだからな!」 「え?」 「フーシャ村に来て、おれの最初の仲間になってくれてありがとう!ヨウが仲間になってくれてたから、ヨウと冒険すんのを楽しみにがんばれた。ずっと、ヨウがここにいたから」 いつの日か返す約束を交わした大切な帽子のリボンに触れるルフィ。かつてそこには、今わたしの耳にあるピアスがついていたはず。 「こうして触れば、いつもそこにいてくれた。だから力が湧いた」 懐かしげな表情から一変、満開の笑顔と目があった。 「今はここにいてくれる。ありがとう」 その笑顔が眩し過ぎて、目を細めた。 なんて、幸せなんだろう。 「な?おれの方がすげェだろ!」 「……いやいや、わたしだってそこは負けるつもりないよ?」 「いや、おれの勝ちに決まってる!おれが決めた!よし、行くぞっ、ヨウ!」 「あ、言い逃げだ!」 笑いながら、手を引かれてルフィが開けてくれた扉からダイニングの中に入れば、そこには色とりどりの装飾が施された室内に、テーブルには食べきれるかわからないほどの料理達――もちろんルフィが食べきるに違いない――の真ん中には、そびえ立つと言っても遜色のない大きさのケーキが存在感を表している。 一瞬の思考停止の後、一体何のお祝い?と問おうとした時、わたし以外全員が手に持っていたクラッカーから紙吹雪が飛び出した。 「「「「「「「「ヨウ、20歳の誕生日おめでとう!」」」」」」」」 パーン!というか、一部ドーン!に近い大きな音が鳴ったかと思えば、部屋中に紙吹雪が舞い散った。普通のより演出がド派手だから、ウソップかフランキー辺りが改造したのかもしれない。それにみんなもルフィと同じようにドレスアップしていて素敵だ。眼福である。 予想外の出来事に目を白黒させながら、ちょっと今はどうでも良いことを考えてしまった。……ええと……誕生日? 「おめでとうヨウ!うおっしゃー宴だあああ!!」 「ちょっとルフィ待ちなさい!まだよ!」 「ええ!?おれのメシ!」 「お前のじゃねェよアホ!ヨウ、君のために今日は腕によりをかけましたあぁああ美しいいぃい〜♥」 「ちょ、サンジ鼻血出てんぞっ!」 「それ止めて出直してこいエロコック」 「んだと!」 「おいこんな時にケンカすんなよ!?」 「おうおう!いつもと雰囲気違ェじゃねェか」 「ええ、とてもお美しいですヨウさん。ではパンツ見せていただいてもよろしいですか?」 「よろしくねェよ!」 「ふふ、いつも通りの騒がしさね。あら、ヨウ?」 騒ぎに加わらず、顎に手を当てて首を傾けるわたしにロビンが気づき、その声でみんなが改めてわたしの方を見たことがわかる。が、今わたしがわからなければならないのは、それではなく、ええと、誕生日……。今日の日付は、確か…。 「……誕生日……ああ、わたしって今日誕生日か!」 考えてみれば、今日の日付は確かにわたしの誕生日だった、かもしれない。いつも海域ごとに季節も違う海の上にいると、カレンダーの感覚が薄い。 ぽん、と手を打って納得の表情を作れば、みんなの顔に若干の呆れが浮かぶのがわかる。 「ちょっと、おかしいと思ってたけど、ヨウったら自分の誕生日忘れてたの?」 「うーん。実は誕生日を祝ってもらった記憶ってほとんどなくって。だからあるようでないような感じで生きてきたから自覚がね」 「え?」 「あ、もちろん父がいた頃は祝ってもらってたんだと、思うんだけど……それって本当に幼い、ただの子供だった頃の事だから。ほら、みんなもあんまり小さい頃の事って思い出せない事が多いでしょ?」 わたしの場合、悪魔の実を食べて前世の記憶まで入ってきちゃった所為か、余計にそれ以前の事は思い出せないことが多い。 ただ、昔の記憶というものは、少しずつ少しずつ思い出しづらい引き出しにしまわれていくのは人間誰しも同じこと。みんなもまァなと頷いた。 「それに一人で暮らすようになってからは修行と仕事にっていろんなところ飛び回ってたから、」 誕生日を祝おうと思ってくれるような深い付き合いをしている人はいない、と言いかけてやめた。わたし、友達もいない寂しい人感が凄すぎる。 たぶんその自覚がなかったのって、一人でいる間もずっとルフィと仲間だって意識があったし、まだ見ぬ仲間達との冒険に想いを馳せていれば、寂しさなんて感じることはなかったからだと思う。 とりあえず、そんなことは一先ず置いておこう。 「だから、誕生日っていうものの認識が薄くって、まさか自分の誕生日を祝ってもらえるなんて考えてもいなかったから驚いちゃったけど……でも、とっても嬉しい。本当にありがとう、みんな」 心を込めてお礼を伝えれば、みんなも笑ってくれた。 「ま、喜んでくれてるみたいだからいいわ」 「よーし、なら始めっか!!」 「まだよルフィ。ヨウ、それは一応私達からのプレゼント」 「うん、ありがとう。それから今日は一日とっても楽しかったよ。また女子会デートしてね」 ドレスやアクセサリー、それ以外にも選んでもらった洋服や靴が女子部屋に運んでもらっている。自分では選ばないものばかりだけど、二人が選んでくれたのだから、わたしに良く合うものばかりだろう。 お礼と再びのデートの誘いに、当たり前じゃない!というお返事をもらったので、これもプレゼントのようなものだ。 「じゃあ今度こそ始めるか!」 「…ルフィ、お前はちょっと黙ってろ」 「ぐふっ!」 「それから、他のプレゼントなんだけど…」 「悪ィなヨウ、お前の誕生日が今日だって知ったのが3日前で、上陸が今日だったろ?だからロクなプレゼント用意できてねェんだ」 ゾロに拘束されたルフィをみんなが華麗に無視を決め込み、ウソップが代表してなのか謝られる。が、まさかそんな、と目を丸くした。 「え!だって今日一日、みんなでこれ用意してくれたんだよね?こんなに大きなケーキに美味しそうなご飯、飲み物だってたくさんあるし、この部屋の飾り付けだって…もう充分もらってるよ」 「…まったく、ヨウならそう言うと思ったわ」 「でもそれじゃ、おれ達の気が済まねェ」 「そうだぞ!だからこれをヨウに!」 そう言って、小さな両蹄で渡してくれたのは、一つの封筒だった。 「手紙かな?」 「違うぞ!」 「ヨホホ、開けてみてください」 にこやかな声に勧められ、封筒から中身を取り出す。 「“ヨウの頼み事を断れない券”?」 表紙にそう書かれていたそれは、9枚つづりのチケットになっていて、それぞれにわたしを除く一味の名前と顔のイラストが書いてある。イラストはとてもよく似ているので、おそらくウソップの力作に違いない。 「これは…」 「名前の通りよ!」 「一人につき一回、何でもヨウの頼みを断れないチケットだぞ!」 「おれの力作だ!」 「わたしがイラストを描くと提案したのだけど、断られてしまったの。何故かしら?」 「ロビンさんのイラストは独創的ですからねェ」 「おれはこんなの使わなくてもヨウの頼みなら断らないけどな〜」 「そもそもヨウは基本頼み事しねェけどよ」 「使えるもん使わねェと損だぞ。例えばそこのラブコックの頭を踏みつけるとかどうだ?」 「このクソマリモに泥を塗り付けるっていうのもオススメだぜ?」 「ちょ、お前らマジでやめろよ!」 「もがもが!」 幸せ、だなあ。わたしは、本当に。 「ありがとう。ずっと、大切にする」 「もうっ、ヨウったら!それ、一年以内に使い切ってよね!」 「え〜、もったいなくて使えないよ」 「ダメ!必ずよ!義務!」 「プレゼントが義務って、そりゃあおかしな話だぜ」 「うるさいわね!こうでも言わなきゃヨウは使わないじゃない!」 「ふふ、わたしの事わかっててくれて嬉しいな」 こんなやり取りも、わたしとしては幸せの一部なのだけど、そろそろ限界が来ていそうな我らの船長を見る。 「さあ、もう待てなさそうじゃない?」 「……そうね。いいわ!始めましょ」 ナミの目配せでゾロが手をパッと離せば、 「うおーー!!うーたげだああぁあ!!!」 爆発するように声を張り上げたルフィに、全員で笑う。ああ、もう本当に。 「ヨウの誕生日にっ!!」 「「「「「「「「「「カンパーーーイ!!!」」」」」」」」」」 「みんな、ありがとうっ!」 わたしは、幸せだ。 ずっと誕生日は祝ってもらう日として認識していなかった。けど、みんなにこうしておめでとうと言ってもらえるのは、少し気恥ずかしくも本当に嬉しかった。腹の底なのか心の奥なのか、中から熱が上がってくるような幸福感。 それはただ誕生日を祝ってもらえたからではない。誕生日を祝ってくれたのが、一味のみんなだったからこそ、得られた幸せだ。 こうしてみんなと出会って旅をして、共に歩んでいけるこの世界のこの時代に生まれた奇跡。違う世界で生きた前世を知るわたしだからこそ、より強く感じるのかもしれないけれど、今ある幸せのため、わたしはこれからも前に進んでいこう。 「みんな、大好きだよ」 この笑顔と共にある奇跡を祝して。 |