03

 時間をかけてミルクがゆを完食し、オレンジジュースを少しずつ飲みながらマキノさんと話していると、この家に次々と人が入ってくることに気づいた。
 マキノさんは飲食店を経営しているということだから、たぶんお客さんなんだろう。

「マキノさん、お客さんがいらしてるみたいですよ」
「え?」

 見たわけでもなくお客さんが来たと言ったわたしに、マキノさんは不思議そうな表情を浮かべた。

「マキノー!おきたか〜?!」

 が、その声で訪問者がわかったようで、マキノさんからふふっと笑みがこぼれた。

「ヨウちゃんは耳が良いのね。ちょっと行ってくるわ」
「…はい」

 わたしの発言の理由は彼の声が聞こえたからだと思ったらしいマキノさんを、わたしは笑顔で見送った。
 能力者になって、わたしは人の“気配”というものが読めるようになった。これはやはり前世の人が使っていた能力の一つで、ある程度の範囲内なら人がどこにいるのか、人数もわかる。
 まあ今後は、あまり一般の感覚からズレたことを言うのは少し考えてからの方がいいかもしれない。そんなことを考えて、また一口ジュースをすすった。


 部屋の中にある本棚に目を向けながら、気配だけでしばらく外の様子をうかがっていると、マキノさんと、たぶんルフィくん、そしてあともう一人の気配が近づくのを感じた。というか、ルフィくんの大きな声がどんどん近づいているから、別に気配なんか読まなくてもわかるんだけど。

「あ、ちゃんとおきてるな!」
「おいルフィ、あんまり騒いでやるな。病み上がりだぞ」

 どーんとドアを開けてのぞいた顔は、案の定きのうの男の子、ルフィくんだった。今にもこちらに突撃しそうな勢いの彼の頭をつかんで動きを制したのは、麦わらぼうしをかぶった赤い髪の男の人。
 その二人の後ろから顔をのぞかせたマキノさんが、その様子を見て笑っていた。

「ふふふ。ヨウちゃん、紹介するわね。この子はわかるかしら?ルフィよ。それでこちらの方が、救出に船を出してくれた船長さんのシャンクスさん」

 そう二人を紹介をしてくれたマキノさんは、他にもお客さんがいるからともどって行った。

 とにかく、わたしがまず一番にするべきことは決まっている。ルフィくんと、そのうしろからこちらの様子をうかがうように立っている船長さん、シャンクスさんに向かって、できるだけ姿勢を正して頭を下げた。

「もうご存知かもしれませんが、わたしはヨウと申します。このたびは、本当にありがとうございました。」
「おいおい、頭上げてくれよ。別に大したことはしてねェから」
「そんなこと、」
「なーなー」

 ルフィくんがベッドのわきまでぐーんとやってきて、ない、と言葉を続けることができなくなってしまった。
 文字どおり、ぐーんと、手がびよーんとのびて近づいてきたルフィくんにびっくりして、思わず声がつまってしまったからだ。

「え、あれ?…今、のびました?」
「あァこいつ、ゴムゴムの実を食っちまって、全身ゴム人間になっちまったんだ」

 シャンクスさんが苦笑いしながらしてくれた説明ですぐに納得した。なるほど、なるほど。
 そんなことはどうでもいいとでも言いたいかのように、ルフィくんは再びわたしの顔をのぞきこんだ。

「シャンクスに言ってやってくれよ!ヨウ、お前海の上歩いてたよな?な?シャンクスのやつ、ぜーんぜん信じねェんだ」

 ああ、そうか。彼がわたしを助けてくれた時、わたしの倒れる前の姿も見ていたんだろう。

「悪ィな。ルフィのやつ、ずーっとコレ言ってて確かめるって聞かねェんだ。まだ病み上がりなんだから今度にしろっつってんのに」
「だってよ、早くしねェとシャンクスたち行っちまうだろ!」

 それは、出港してどこかに行ってしまうということだろうか。だとすると、その前にお礼を伝えられて本当に良かった。
 それはそうと、苦笑いのシャンクスさんの反応はあたりまえだろうなあと思う。海の上を歩くなんていう芸当、能力者の中でもできるものはそうそうはいないだろうし。
 …でも、能力者でもそうそういないような能力を持っているんだと、そんなことをこの人たちに言ってもいいのだろうか。さっきも普通ではないようなことは、あまり話さない方がいいと思ったところだし。それに変な能力を使うことで、この命の恩人たちに気持ち悪いとか、おそろしいとか、そういう風に思われてしまうのは、少しイヤだった。

「…ルフィくんは、なんでそんなこと確かめようと思ったの?」
「だって、そんなのすっげェカッコいいじゃん!」

 なんとかごまかせないかと、少し方向のちがう質問をすれば、さも当たり前だというような表情でルフィくんはそう言い放った。

「え?こわいとかおかしいとかじゃなくって?」
「は?お前変なやつだな!海の上歩けたらカッコいいに決まってるだろ。なーシャンクス」
「ん?ま、そりゃあその話が本当だったらすげェよな」

 あっけらかんと、普通なことでも言っているかような顔で答えた二人に、胸のつかえがすっと抜けるような思いだった。
 この人たちになら、わたしの能力のことを話してもいいかもしれない。そう思って覚悟を決めた。

「えっと、その子、ルフィくんの言っていることは本当です」
「ほらみろ違ェよな〜って、ん?」
「本当なんです。わたし、海を歩いてこの島にきました」
「な!ほらな!ホントだったろ〜」

 驚いた顔のシャンクスさんに、なんかすいません、とあやまって、ゆっくり立ち上がった。

「あ、おいヨウ、まだ立つのは早くねェか?」
「いえ、少しくらいなら大丈夫そうなので。ちょっと見ていただけますか?」

 ゆっくり壁側まで移動してから、足元に集中して、壁に足をかけた。

「よっ、と」
「ほう」
「すっげー!おまえ壁も歩けんのかよ!」

 足をかけた壁を、そのまま垂直にのぼり、天井まで移動してぶら下がる。
 壁や天井がまるで床であるように移動したわたしを見て、シャンクスさんは驚いたような、感心したような反応をしていて、ルフィくんは目をキラキラさせて喜んでいる。

「わたしは救難船の中で悪魔の実を食べてしまって、能力者になったんです」

 足を天井から離して、床に頭からつっこまないように方向転換して着地した。ついこの間まではこんなに身軽でもなく、ただの子どもだったはずなのに。

「これとはまたちょっとちがうんですが、まあ似た感じの力で海を歩きました。でもカナヅチになってしまったはずなので、沈んだらダメだと思いますが」
「…今までいろんな能力者を見てきたが、そんな能力初めて聞いたぞ」

 そう疑問を投げかけてきたシャンクスさんに、はい、と返事をする。
 ルフィくんはそんな中、いまだにすげーすげーと部屋の中を走り回っていた。純粋にこの能力を楽しんでくれているようで、自然と少し気が楽になっていた。

「これは悪魔の実の力、というわけではない、と思います」
「ほう」
「わたしにも、くわしいことはよくわかりません。でも、わたしの身におこったことの中でなんとなくわかるのは、わたしの食べた悪魔の実には、自分の前世の記憶や経験、能力などを受けつぐ力がある、ということです」

 救難船の上で食べた瞬間、あまりの衝撃に倒れかかったのは記憶に新しい。

「わたしの前世の人は、あたりまえのようにこの能力を使って戦ったり、仕事をこなしていましたし、能力に個性はあっても、彼の周りにもたくさん同じ能力を使える人がいたようです。彼らは忍と呼ばれていました」
「シノビ?」
「こちらで言うところの、忍者、です。確かどこかの国でそういう人達がいましたよね?」
「あァ、ワノ国ってとこにいるな。…けど、そのニンジャと、ヨウが言うところのシノビってのは違うってことだな?」
「はい」

例えば通貨や文化、国や忍の暮らす隠れ里のこと、細かいところで言えば言葉や使う道具、服装など、とにかくわたしの知るこの世界の常識とはちがっている。

「つまりわたしは、こことは全然ちがう世界の忍……ニンジャだった人が前世だったということを思い出して、その時の能力が使えるようになった悪魔の実の能力者、なんです」

 なんで前世が別の世界の人なんだとか、そういうことはわたしにはまったくわからないけれど、いわゆるこれが、運命とでもいうものなのかもしれない。

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