05

 昼食後、わたしの回復を聞いた救難船のみんながお見舞いに来てくれた。
 急に能力者となって海の上を歩くという奇行を見せてしまったみんなには、気持ち悪がられていたり、こわがられていたりするかもしれないと内心覚悟していただけに、みんなが来てくれて、しかもわたしが目覚めたことを喜んでくれたことにほっとしていた。
 それどころかみんなから口々にお礼を言われ、男の子はやっとわたしが起きた、としばらく泣きやまなくてちょっとだけ困ってしまった。もちろん、良い意味で。

 みんなが分かれて面倒を見てもらっているという話はマキノさんから聞いていたが、わたしが寝ている間も昼間になると集まって、それぞれの街に帰るために乗せてくれる船を探していたのだそうだ。
 まだ全員分ではないものの、船はおおむね見つけられていて、幸運にもわたしの街まで乗れる船もあったのだという。

 しかしわたしには、もう家族が、いない。
 お母さんはわたしが生まれて間もなく流行り病で亡くなって、たった一人の家族だったお父さんも、わたしの目の前で、切られた。
 つまり、わたしは家に帰っても、もうひとりなのだ。
 ひとりの家に、帰りたいか。そう問われて、わたしは返事ができなかった。

 だからもし良ければ一緒に来ないかと、わたしのために泣いてくれた少年の父親が言ってくれた。
 彼は貿易会社の社長をしているらしく、今回のことでわたしに恩があると思ってくれたようで、街で残って心配していた母親も、わたしのことを連れてきなさいと言ってくれているらしい。
 子どもをもう一人養うことくらい問題ない。息子もその方が喜ぶしな、と彼は明るく笑いかけてくれた。

 わたしの街へ行く船が出るまで、あと一週間あるという。
 短いけれどその間でどうしたいか決めてくれ、そう言ってみんなは出て行った。

 この誘いは、とてもありがたい申し出だった。
 確かにわたしはもうひとり。これからひとりで生きるのか、それとも、あたたかい家族にむかえいれてもらうのか。
 普通なら、どう考えても選ぶのは後者だろう。いや、それ以外の選択肢はないはずだ。きっと彼らの家はあたたかい。

 それでも、迷っていた。なぜか、すぐに返事ができない自分がいた。
 純粋に他人に頼ることができるほど、わたしの精神はもう子どもではない。幸か不幸か、わたしはひとりで生きることができる術もある。
 どうするべき、なんだろう。

「はあ」

 マキノさんが部屋に用意してくれた夕飯を食べ終えたわたしは、今一人、海を見ていた。
 彼らが帰ってからはずっと考えていて、火照った頭を冷やすには夜風に当たるくらいでちょうどいいと思ったからだ。
 マキノさんにはバレないように気配を消して出てきたし、念のため“影分身”も残してきた。“影分身”は実体のある分身で、攻撃でも受けなければ消えることはないし問題ないはずだ。

「こんなところに気配消してたたずんでると、オバケかと思われちまうぜ、ヨウ」
「…シャンクスさん」
「てかなァ、暗くなってから病み上がりの女の子が一人でこんなとこにいるのは、ほめられた話じゃねェな」

 ま、おれも最近ケガしたのにフラフラして怒られたんだけどと笑いながら、シャンクスさんは隣に座った。

「驚かねェな。おれが来るのわかってたのか?」
「…はい。気配が近づいてきてたので」
「便利でいいな」
「でもまだ慣れなくて…」

 苦笑いしながら言うと、そら大変だなと頭を混ぜられた。

「シャンクスさん、せっかく会えたんですし、時間があれば冒険の話、今聞いてもいいですか?」
「まァ普通なら家に帰れって言うとこだよな」
「…じゃあ、忍術一つ見せるので」
「よーしこの前行った島の話をしよう!」

 現金だなあとちょっと笑いながら、シャンクスさんの話に耳を傾けた。
 今はまだ、結論は出さなくてもいいんだ。考えるのは少し休憩にしよう。

 冒険の話をするシャンクスさんの顔はきらきらとしていて、とても楽しそうで、それを見てなぜかルフィくんを思い出した。一緒に冒険しようと、そう誘ってくれたルフィくんを。

「自分の想像してた景色なんか一瞬で吹き飛ぶくらい、とんでもねェ世界がこの海の先には広がってる」

 今は暗い、でも目の前にどこまでも広がる海を見た。自分が知ってる世界なんて、きっとシャンクスさんの知ってる世界の小指ひとつ分もないのかもしれない。
 それを自分で見て回れたら、どれだけ楽しいだろう。昼間の想いが心をめぐった。

「ヨウの前世がいたっていうとこにだって、ひょっとしたら、この広い海のどこかには繋がってるのかもしれないぜ?」
「そう、でしょうか」
「あァ。ない、って思ったらそれで終わりだ。だがな、あるかもしれねェって思ってるうちは、あるかもしれねェ」
「……」
「それに、あるかもって思ってた方が楽しいだろ?」
「はは、それ、とってもステキですね」

 もし、本当にあの世界に行く道があるのだとしたら、行ってみたい。わたしの、前世の生きた世界。

「行けたら、とってもわくわくするんでしょうね」
「あァ、冒険はわくわくするもんだ」

 へへ、と笑う。暗い暗い海の先に光があるような、そんな錯覚に目を細めた。

「だけどな、ヨウ」

 声色の少し変わったシャンクスさんに目を向けると、彼は海の向こうを見据えていた。

「冒険には、危険もあるぞ」
「…はい」
「身を引き裂かれた方がましに思えるくらい、辛ェこともある。そういうもんも全部引っくるめて前に進んでく覚悟がいる」

 すべて背負って前に進んでいる、海賊船の船長の顔がすぐ横にあった。真横にいるにも関わらず、それはまるでいる世界がまるでちがうかのよう。
 覚悟もなく海に出れば、それは命取りにもなる。そういうものも、彼はきっと見てきたんだ。
 わたしには、そんな覚悟が、できるのだろうか。

「って、なんか関係ねェ話になっちまったな」
「いえ、いろいろと聞かせてくださってありがとうございました。そろそろ帰りますね」

 立ち上がって、ぐっと伸びをした。
 今日はとりあえず休んで、また明日から考えよう。

「あ、シャンクスさん」
「ん?」
「マキノさんには無断で出てきているので、内緒でお願いします」

 口に指をあてて少しイタズラっぽく笑うと、ああと笑って返してくれた。

「では約束どおり、術をひとつ、お見せいたしましょう」
「お!ほんとか!」
「はい。本当に今日はありがとうございました」

 頭を下げてから、では、と言って印を結んで、“瞬身しゅんしんの術”でマキノさんの店の前まで移動した。見えない速度で移動する術だから、きっとシャンクスさんにはわたしが消えたように見えただろう。
 喜んでくれてるといいなあなどと思いながら、静かに部屋の窓を開けた。

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