新しい友人
ホグワーツ特急がホグズミード駅に着くまでの間、シンシアとエリザベスの話は尽きなかった。お互いの家族の話、楽しみな授業の話、不安なこと。とにかくたくさんのことを話した。
日が沈んだ頃、ようやく汽車が駅に着いた。ハグリッドという大男に連れられて、一年生だけが別ルートで学校まで向かうことになり、ボートに乗り込む。黒髪の紳士的な男の子が、ボートの乗り降りをエスコートしてくれたおかげで、入学前にひっくりかえってびしょ濡れだとか、恥をかくことは避けられた。
そうして湖を渡ると、崖の上に立つホグワーツ城に到着した。初めて見るホグワーツ城は想像より大きくて、圧巻だった。
「同じ寮でも違う寮でも、これからもよろしくね」
「もちろんよ」
大広間の天井は、星が煌めく壮大な夜空だった。ずらりと並ぶ4つのテーブルは寮ごとで、赤黄青緑のネクタイやローブの上級生たちが、こちらを見ていた。
エリザベスが満面の笑みで返すと同時に、副校長のマクゴナガル先生が一年生の名前を呼び始めた。シンシアの順番は早めのはずなので、隣にいるエリザベスに心臓の音が聞こえてしまいそうなほど、緊張が高まっていく。
「シンシア・カーライル!」
シンシアは思わずビクッと肩を揺らす。エリザベスに頷かれ、そろそろと他の一年生の隙間を縫って前に躍り出る。シンシアを見たマクゴナガル先生は唇をキュッと引き結び、とても厳しい表情でシンシアにスツールに座るよう誘導する。シンシアがこわごわスツールに座ると、頭に組み分け帽子が乗せられた。
「ふーーーむ、長年組み分けをしてきたが、これ程数奇なこともあるまい。私は今度こそグリフィンドールを勧めよう」
「私が選べるの?それに、ハッフルパフじゃなくって?」
「勿論だとも。自分のことを決めるのは自分だけだ。私がしているのは、潜在的な資質を測っているだけにすぎないのだから。君はハッフルパフでも十分やっていけるだろうが、うーん」
今まで帽子を被ったらすぐに寮名が叫ばれていたのに、シンシアには意味深なことを言ってグリフィンドールを勧めてきて、とても驚いた。しかも、本人に選ぶ余地があるなんて知らなかったのだ。
横目に見えるマクゴナガル先生の手に力が入って、一年生の名簿である羊皮紙が区舎利と音を立てていた。わずかに震えているようにも見える。マクゴナガル先生がグリフィンドールの両監であることが関係しているのだろうか。
シンシアは混乱した頭でぐるぐると思考を巡らせる。上級生や一年生がじっとシンシアの組み分けを見守っており、早く決めなければこのままずっと注目を集めることになってしまう。
ふと、エリザベスと目が合った。キリッとした表情だが、その瞳が悲しげに揺れた気がして、それが目についた。その瞬間、ハッとする。このままシンシアがグリフィンドールに組み分けされたら、スリザリンに組み分けされるであろうエリザベスとは、どうしても距離ができてしまう。いくら本人たちの仲が良くても、ホグワーツが創立された時からグリフィンドールとスリザリンの仲は致命的に険悪なのだ。エリザベスと仲良くしにくくなるのを考えると、途端にグリフィンドールが嫌になった。
「スリザリンは?」
「ふぅむ、やはり君はそうなのか」
シンシアが聞き返す前に、組み分け帽子がスリザリンと叫んだ。
「またまことの友を得られるだろう」
組み分け帽子をマクゴナガル先生に取られ、スリザリンのテーブルへ誘導される。スリザリンの上級生はシンシアを歓迎してくれた。
スリザリンのテーブルに着いた後、一年生の集団に残るエリザベスと目が合った。エリザベスににっこり笑いかけると、彼女もふわりと笑い返してくれる。待ってるね、という気持ちは伝わったのだろう。エリザベスのアメジストの瞳が、キラキラと輝いていた。
「まさかシンシアがスリザリンだなんて!」
「組み分け帽子にはグリフィンドールを勧められたんだけど、エリザベスと一緒に居られないのは嫌で、スリザリンはどう?って聞いたらオーケーだったみたいで、スリザリンって叫ばれてた」
「もう、貴方って本当に、最高よ!」
エリザベスが随分砕けた態度で接してくれる。それでも夕食を食べる所作はとっても綺麗なのだから、本当にすごいと思う。エリザベスがこんなに喜んでくれるのなら、ダメもとで組み分け帽子に聞いてみて良かったと思った。
豪華な夕食を終えると、監督生に連れられてスリザリン寮へ向かう。スリザリン寮は大広間からほど近い地下にあり、階段でいう踊り場のような、三叉路のちょっとしたスペースの前で、立ち止まる。監督生が合言葉を唱えると、地面のタイル模様の一部が蛇のように変化して壁を這って、壁に現れた扉を縁取るような形で止まった。
監督生を先頭にして、スリザリンの寮に入る。扉を潜ると石像があり、その横を抜けて、中央に水が流れ落ちる螺旋階段を降りていく。降りきると、まるで神殿のような広々とした空間が広がっていた。全体的に白い石造りで、大理石の石柱や豪華な敷物が高級そうだ。天井はややドーム型のようで、ステンドグラスから薄ぼんやりとした光が差していた。
「ここに掲示板があって、合言葉や授業のことなどの伝達事項はここに掲示されるので、寮に出入りするタイミングで確認するようにしてください」
柔和で王子様っぽい監督生が、掲示板を示す。談話室は後にして、先に各自の部屋を案内するようだった。確かに、まだ荷解きができていないので、早めに部屋に入ったほうがいいのかもしれない。
そこからは男女で左右に分かれた。男子が女子の部屋へ行こうとすると、階段がフラットになって滑り落ちるから気をつけるように、なんて注意もあった。石造りの神殿のような談話室と打って変わって、部屋への道は有孔鋼板という鉄網の通路に、足元には水が流れていて、まるで水路のようだ。少しうねった道の両側に、数字の振られたステンドグラス付きの可愛らしいドアがあり、そこが部屋になっているようだ。番号ごとに名前を呼ばれて、部屋の中へ入っていった。
シンシアとエリザベスは同じ19番の部屋だった。一緒に入ると、円形の部屋で、中央には金色の装飾付きのストーブが置かれており、その四方にベッドと机やクローゼットが置かれていた。
「私はエリザベス・ハワードと申します。これから7年間よろしくお願い致します」
「あ、私はシンシア・カーライル。よろしくね」
エリザベスが先陣を切って自己紹介し、ルームメイト同士で挨拶する。シンシアもそれに続くと、二人のルームメイトも察して自己紹介をしてくれる。
「フレデリカ・ペラムと申します」
「ローズマリー・フィッツロイ、よろしくお願い致します」
フレデリカは明るい茶髪にオレンジっぽい瞳の、とても穏やかで柔和な感じだ。対するローズマリーは黒髪ストレートにイエローゴールドの瞳の、静かそうな子だ。ちなみに、彼女たちのファミリーネームはどれも聞いたことのあるもので、エリザベスと同じく貴族であると分かる。さすが家柄においてピカイチのスリザリンである。
「えっと、どのベッドが良いとかある?どれも同じかなって思ったんだけど、なんか微妙に違うみたいで。どうせなら好みの選ぶのが良いかなって」
シンシアは自分だけ一般人なのが浮いているのが気になって、そうみんなに提案する。シンシアはどれでもよかったし、先に皆に選んで貰えば角が立たないと思ったのだ。
他の部屋を見ていないので分からないが、少なくともこの部屋はシンシアの想像していた部屋と違った。学校らしい白のリネンに、簡素な学習机やクローゼットなど、実用的なものをイメージしていたのだ。しかし、実際にはリネンは緑を基調として色々な柄であるし、それぞれがカバーやプレイドなどで個性ある感じだ。学習机やクローゼットも同じで、それぞれ違う趣きがあった。
「エリザベスからどうぞ」
「…良いのに。言っても聞かないだろうから、お言葉に甘えてお先に失礼するわ」
フレデリカがエリザベスに促して、なんとなく貴族の家格としてはハワード家が高いところにいることが分かった。エリザベスが左奥のベッドを選んだ。その後フレデリカが、右手前のベッドを選んだ。残るベッドは左手前と右奥で、ローズマリーとシンシア。
「私は本が読めればそれで良いし、シンシアが好みとかあれば先に選んで良いよ」
「え!?えっと、うーんとね…」
左手前のベッドはとてもシンプルな印象だ。深い緑のベルベッドが高級感のある感じで、飴色のデスクは彫刻付き、揃いの椅子にはフカフカそうなクッションが添えられている。入り口近くだから、学生らしく共有の書棚も置かれている。もう一方の右奥のベッドは、黄緑の草花がイメージとなった比較的明るい印象のベッドだ。デスクなどはとてもシンプルなように見えて、足に彫刻などの装飾があり、全体的に華奢な印象だ。
「私はこっちのベッドにしようかな。黄緑が好きなの。それに、ローズマリーは読書が好きなんでしょう?共有の書棚もあるし、このクッションは座り心地が良さそうだもの。どうかな?」
「こだわりがないから、本当にどっちでも良かったの。でも、確かにシンシアのいう通り、書棚を私物化してふかふかの椅子で本を読めるのは素敵だわ」
にやっとイタズラっぽくローズマリーが笑って、それぞれのベッドが決まった。そう決まれば、大慌てで荷解きをしなければならない。明日は平日なので、いきなり授業が始まるのだ。とは言っても、一年生の最初の授業といえば教室を把握したりガイダンスが基本なので、そんなに気負わなくて良いのだが、羊皮紙やペン、教科書を準備しておかなければならない。
からっぽになったトランクをベッドの前に積み重ねる頃には、みんなクタクタだった。ホグワーツ特急で昼前から日が暮れるまで座りっぱなしで、その後も組み分けで緊張し、とにかく移動や緊張、環境の変化でてんてこ舞いだったのだから、仕方ないだろう。
「ねぇ、ホグワーツ特急の車内販売で買ったお菓子が余ってるんだけど、みんなで食べない?」
「最高」
「シンシア、貴方って天才だわ。私も多めに買っておくんだった」
「あ、私ティーセットを持ってきてるの。暖炉でお湯を沸かして、みんなで頂きましょう」
最低限の荷解きを終えて、少し飽きて本を読んでいたローズマリーがパッと顔を上げた。エリザベスもぱぁっと顔を輝かせて、シンシアにハグをする。飲み物は水か、かぼちゃジュースでもあれば良いのにな、なんて思っていたら、フレデリカが茶器を掲げたので、シンシアはエリザベスと共にフレデリカにハグをしに行った。
「うちって一応貴族だけど、本当に名ばかりなんだよね。多分、シンシアの家の方が余裕あるくらいだと思う」
「えっ、でもうちは本当に一般家庭だよ?まあ、父が国際魔法使い連盟勤務だから、それなりなんだとは思うけど。連盟に勤めてるのも、多分父がダームストラング出身だからだと思うし」
「確かにイギリス魔法界は他国と比べてかなり閉鎖的だから、ホグワーツ以外の魔法学校出身者だと国際魔法協力部の関連組織には勤めやすいとは思うけど、前提条件、優秀じゃないと務まらないもの」
「フレデリカの言う通りよ。それに、ローズマリーも、爵位や財産が全てじゃないのよ」
ルームメイトとストーブの周りで、簡単なお茶会を楽しむ。色々と腹を割って話しているおかげで随分打ち解けて、みんなの令嬢らしいお堅い口調が砕けて気軽な感じになった。
ローズマリーのカミングアウトに、シンシアはどう返していいのか分からず、とりあえずハードルを下げておく。するとフレデリカがフォローしてくれるので、本当に優しい人だと思う。ローズマリーはあっけらかんとした感じで、シンシアが気を遣う必要はなさそうだった。
「気になってたんだけど、貴族なら許嫁とかいたりするの?」
話しの流れを変えたくて、シンシアは気になっていたことを聞いてみた。エリザベスやフレデリカはそこそこ貴族の中でも高い地位に居るようだし、そういうことがあってもおかしくない世界にいる。ローズマリーはシンシアと感覚が近いようで、興味津々といった様子で二人を見ていた。
「まだホグワーツに入学したばかりだから、まだ特には…。ホグワーツ在学中に良い人ができたり、お話しが来る可能性はなきにしもあらずだけど…。私って跡取りなのよ。だからハワードの名前を残せる結婚相手となると、実際は結構ハードかも」
「私は跡取りじゃないから、エリザベスほど大変じゃないかな。在学中か2、3年働く中で良い人がいればって感じ。適齢期に決まりそうになければ、縁談が来るだろうけど」
「これで実はクラスメイトが許嫁、とかだったらヤバそうって思ってたけど。ちゃんと自分で選べそうなのは良かった」
「とは言っても、純血を守るには相手選びがシビアなのよ。血が近すぎると子供が出来にくかったりするし。ブラック家みたいに純血の家門もかなり先細りだし」
「なんか本当、色々大変なんだね」
「人ごとだと思ってー!!」
エリザベスがぷんぷん、とわざとらしく怒った様子で、シンシアのお菓子を攫う。シンシアも負けじとエリザベスのお菓子をさらって、頬張った。